侍女になったきっかけ
ティナ視点のお話です
「ねぇティナ、お家の方から結婚の話が来ていると聞いたのだけど」
「まぁ、どなたがそんな話をユーシェ様のお耳に入れたのですか?」
「ということは、本当なのね?」
「もう断った話ですよ。最近はそういう話ばかりで困ったものです。それよりも、そんなどうでもいい話がユーシェ様のお耳に入ったことの方が問題です」
「どうでもいいだなんて、もう、ティナったら」
「さ、ユーシェ様、陛下とのお食事の時間でございますよ。参りましょう」
「…分かったわ」
我が主様は全くもって納得されていないという顔をしていたけれど、私は気付かない振りをした。その事に、我が主人、ユーシェ様も気づいていると分かっていたけれど。それでも陛下のお名前を出せば、ユーシェ様はそちらに行くしかない。ようやく、ようやく結ばれたお二人なのだから。
私がユーシェ様に出会ったのは、半年以上前のこと。
私の家は一応貴族ではあるけれど、末端も末端で、世に認知されている貴族とは全く異なる生活をしていた。収入源が少なく貧しいため、家に使用人はおらず、家事は家族で分担していた。切り詰める所は切り詰めていたけれど、私の下にはまだ妹と弟がいて、貴族学校に通うお金にさえ困窮する状況だった。私は学校を卒業し、所謂貴族女性の適齢期というものに差し掛かっていたけれど、そんな状況では持参金のいる結婚などできるわけはなく、お金を手に入れるために働くしかなかった。縁続きをしたところで何の得にもならない末端貴族を引き取ってくれるようなお金に余裕のある上位貴族なんているわけがないのだから。
王宮での仕事に就けたのは本当に幸運だった。末端であっても貴族だった事に感謝した。末端の貴族だからこそ働かねばならない状況になったのだけれど、そんなことはどうでもいい。王宮で働けば箔がつくし、お給金も他よりいい。住むところにも食事にも困ることはない。お給金の大半を家に仕送りしても、私は生きていくことができた。
とにかく必死で働いて、お金を送る生活を繰り返していると、後宮をまとめ上げている女官長から声をかけられた。
当時私は後宮の掃除や洗濯を担当していて、侍女ではなかった。侍女になるにはそれなりの身分や所作が必要で、私のような末端貴族は後宮にいらっしゃるようなご令嬢からは厭われるからだ。王宮で働く貴族の娘は、侍女になることを誇りに思うらしいが、私は掃除も洗濯も家でやっていたことの延長として苦とは思わなかったので、侍女にならなくても特に何とも思ってはいなかった。ご令嬢のご機嫌取りも大変そうなので、むしろ侍女にならない方が楽かもしれないとも思っていた程だ。
けれど、女官長に言われた事は
「侍女の仕事をする気はないかしら?」
だった。
何故私に?と顔に出てしまったらしく、女官長は理由を説明してくれた。最近新しく入られたお方が、侍女を1人もつけていないのだという。
あり得ない!そう叫ばなかったのは奇跡だ。
私のような末端貴族はさておいておいて、貴族の娘というのは侍女やら使用人に世話を焼かれて焼かれて生活するものだ。侍女なしで生活できる貴族令嬢なんて聞いたことがない。
「ご実家でワガママ放題で誰も付いてこなかった…とかでしょうか?」
失礼を承知の上で発言をしたが、さすがに言い過ぎだろうか。私の中の普通の貴族令嬢のイメージはそんな感じなのだけれど。
女官長は苦笑しながらそれを否定し、また難しい顔に戻った。
「ご自分で遠慮されたらしいのです。自分のことは自分でできるからと、ご実家からは連れて来ず、こちらから付けることも拒まれるのです」
「…お人が…お嫌いなのでしょうか?」
「…あなたを信頼して話すわね。その方は孤児で、後宮に入るために伯爵家に引き取られたと言うの。ご自分の出自を気にされているようなのですよ」
「え、えぇ……!?」
この淑女らしからぬ声は、そのご令嬢の事情のヘビーさと、それを簡単に私に話してしまった女官長への非難が含まれている事を説明します。そう言う事を知らされるのは良くない気がするのですが…。私の逃げ道が塞がれているのは間違いないはず。
「いくら養子縁組をして貴族籍になったからといって、自分に仕えたいと思う人はいないでしょうと言うの。元は孤児であるし、それを隠し通せるとも思っていないから、と。そして残念な事にその方に仕えるのを嫌がる者もいるだろうというのは私も予想しているのです」
でしょうね…。そう口にしなかったけれど、私の気持ちはきっと女官長に伝わっている事だろう。
私のような末端貴族を拒否するご令嬢がいるのだから、その逆だってあるのだ。成り上がり貴族を嫌がる侍女がいるのも仕方のない事だ。所詮階級社会なのだから。
「何故私にお声をお掛けになったのですか?私は侍女の経験はありませんし、特に目指してもいなかったのですが…」
「あなたの仕事ぶりは把握していました。真面目で正確で、急な頼まれごとにも嫌な顔1つしません。下働きの者達を邪険にすることもなく、しっかりと声をかけていることも知っています。見習いの者が、あなたに仕事を教えてもらってすごく助かったと言っていましたし、ミスをしても怒らずにフォローをしてくれたと感謝していました。そんなあなたの人柄ならば、あの方をお任せできると思ったのです」
なんだか誉め殺しすぎて恥ずかしくなってきました。
そんなに貶されるような生き方をしてきたつもりはないものの、ここまで褒められるような事もなかったので。後宮をまとめ上げているこの方にそこまで言ってもらえるのは、とても嬉しいことだ。
そして、この方にそこまで気にされるご令嬢がどんな方なのか気になってきてしまった。
「あの方の側ではきっと侍女としての仕事はさほど多くないでしょう。ご自身のことはご自身でできます。人を使う事をしたこともないでしょうから、頼まれごともほとんどないでしょう。ですが、こちらの面子の問題を置いても、あの方を1人にしておくことは良くないと思うのです」
「どういうことでしょうか?」
「何故かは分かりませんが、全てを諦めているように見えるのです。孤児が貴族籍を手に入れて、後宮に入るというのは幸運なことのはずです。ですが、あの方はそれをそうとは受け取っていないのでしょう。こちらに来られてからも最低限の食事しかされませんし、何も欲しがりません。外にも出られません。ずっと部屋でお一人なのです。あまりに孤独ではありませんか。しかし、これ以上私が関われば、後宮の均衡も保たれません。ですからあなたにあの方をお願いしたいのです」
女官長はそのご令嬢を気に入っているというのではなく、気にかけたいけれど立場が許さないから私に託したいということでいいのかしら。こんなに必死に頼まれて、断る理由もないのだけれど…。
「とても控えめな方なので、陛下の寵愛を頂く機会はないと言ってもいいかもしれません」
そもそも現段階で、陛下はこの後宮のどのご令嬢も寵愛してはおられない。なので、多分それはさほど問題にはならないだろう。上昇志向のある貴族令嬢ならば問題かもしれないが、私はそういうものは気にしない。
「ですが、侍女になれば手当てが付きます。今よりお給金は上がるでしょう」
え。それは魅力的な話だわ。
「どうですか?一度あの方にお会いしてみてはくれませんか?返事はそれからでも構いません」
「…分かりました。お会いしてみます」
決して、決してお金ではない。私がユーシェ様の侍女になることを決めたのは、お金のことだけではない。ただのきっかけだ。そう、きっかけの1つがお金だったというだけで。




