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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
本編
1/47

 この国の後宮には50人ほどの女性が住んでいる。5年ほど前、国中からそれはそれは美しい顔をした女や、豊満な肉体の魅力溢れる女が集められた。全ては皇帝のために。にもかかわらず、現皇帝にまだ子はなく、寵姫すらいないという。たまに後宮に足を運ぶことはあっても、そのまま朝を迎えたことはなく、一度も寝所に足を踏み入れたことがない。

 そのため諦めて後宮を辞するものもいれば、我こそはと新たに後宮入りするものもあり、結局常時50人ほどの女性が皇帝が寝所に現れるのを心待ちにしている。

 と、言うのが巷で知られているこの国の後宮の事情だ。


 さて。

 後宮というところは色々な思惑やら陰謀やら何やらが溢れているわけで、皇帝がそこに足を踏み入れるのは情報を得るためだ。得るというよりは、側近が手に入れてきた情報の確認をしている。

 例えばある娘が後宮の護衛騎士と恋仲にあるらしいとか、ある娘は後宮の金で得た宝石や豪華な服をこっそり家族の元へ送っているとか。ある娘の侍女が後宮の備品を盗んでいるとか、女官が横領しているとか。もっと深刻なものとしては、ある娘が皇帝を目の敵にしているものと通じて皇帝の暗殺を目論んでいるとか、皇帝をその座から引きずりおろしたい貴族の娘が、家族に機密情報を流しているとか、だ。

 噂の域を超えないものもあれば、それより酷いものもあり、皇帝は自らの目でその事実を確認し、対処していた。

 後宮は、皇帝にとって情報の宝庫であり、何処よりも簡単に情報が得られる場所と考えられていた。

 何せ皇帝は見た目麗しく、且つ的確に威圧感を使いこなすため、何重にも猫を被った大臣たちならまだしも、十数年生きてきただけの小娘は簡単に皇帝に陥落するのだ。それは色気であったり、恐怖であったり、その場に応じて。


 さてさて。

 その後宮において、現在懸念されていることが一つ。


「陰謀?」

「の、可能性だ」

「なんだ、それは」

「俺にもよく分からん」

「何故よく分からんことを俺に話すんだ」

「次々と情報が上がってくるからだ。だが、全てが今ひとつ決定打に欠けていて、俺にも判断がつかない」

「はぁ、俺も暇じゃないんだがな。取り敢えず分かっていることを話せ」


 なかなか広い、けれど装飾は少なめなシンプルな部屋で話し込む男が2人。

 1人がけのソファにどっかりと座り、眉間にいくつもシワを寄せている男が、この国の皇帝、アレクだ。金色の髪の毛に、澄んだ空のような青い瞳、すっと通った鼻筋と、一目で美男子とわかる顔をしている。

 その横でこちらも眉間にシワを寄せながら皇帝に話しかけているのが、側近のディルだ。皇帝ほどではないが、少し茶色に近い金髪に、海のような青い瞳をしている。


「女官やら護衛騎士からの情報では、侍女を一人しか持たず、せめてもう一人侍女を増やすよう要望しても絶対に許可しないという」

「本当に不要なのではないか」

「他の令嬢は最低5人は侍女を持っているんだぞ。1人は少なすぎる。それに、護衛騎士を下げようとすることもあったらしい。最近はないらしいが」

「なるほど。情報漏洩を防ぐためと、外部の人間に探られないようにするためと捉える事はできるな。今いる侍女は既に手の内のものかもしれないな」

「次に、食事量が少ない。他の令嬢の半分しか食べないらしい」

「小食なのかも?」

「どこか他で食料を得ているのかもしれない。外部とつながっている可能性が考えられる」

「なきにしもあらずだな」

「衣類を洗濯場に出さない。自分たちで洗っているらしい」

「ドレスの裏に何か隠し持てるようにしているのを気づかれないように、か。特殊な毒を仕込んでいる可能性もあるか?」

「皇帝が後宮に顔を出しても、決して接触を図ろうとしない。むしろ部屋にこもって会わないようにしているようだと」

「顔を覚えられるのを避けているのか」

「与えられた予算にほとんど手をつけず、入宮してから一枚もドレスや服を新調していない」

「慎ましやかで良いではないか」

「入宮は半年前だぞ。さすがに一枚も新調しないのはおかしいだろう。しかも、外部と正規の手段で連絡を取ったこともない。贈答品の類も一切ないとのことだ」

「独自の外部との連絡方法を持っている可能性があるな。その娘の後見人は誰だ」

「ドルガ伯爵だ」

「あれに娘がいたか?」

「ドルガならどこからか適当に拾ってくるだろう。傭兵やら暗殺のプロを入り込ませたのかもしれない」

「それが事実なら面倒だな」


 アレクはふーっと長い溜息をついてこめかみの辺りを押した。

 ドルガ伯爵はこの国の10いる大臣の1人で、アレクとはソリが合わない。アレクを降ろし、自分に都合のいいものを次期皇帝の座につけたいと思っているのがありありと分かる、ある意味単純な男だ。

 しかし、後宮に異質なものを放り込まれたとなると面倒だ。相手の狙いがアレクなのか後宮の何かなのかは分からないが、アレクに何かしらダメージを与えようと思っていることは明確だ。むしろ、アレクを狙ってくるのなら対応しやすいが、後宮の他の令嬢を傷つけるだとか、後宮から王宮に侵入するなどの方法を取られれば簡単には片付かない。

 とにかく狙いが分からない。後宮からの情報は他にもありそうだが、それだけで判断をするにはディルが言っていたように決定打に欠ける。


「仕方がない。後宮に出向くか」

「他の令嬢が色めき立ちますね」

「お前が代わりに行ってもいいんだぞ」

「いえいえ、皇帝が行くからこそ皆が喜ぶのですよ。そろそろ妃の1人でも見つけてはいかがですか?」

「棒読みでくだらんことを言うな。斬るぞ」

「おぉ、怖っ。冷血非情な皇帝陛下、お許しくださいませ」

「本気ならぶった斬ってやっているところだ」


 ニヤニヤしながら軽口を叩くディルを、アレクは呆れたように見た。

 冷血非情な皇帝陛下とは、この国における全国民共通の認識だ。そう呼ばれても仕方のないことをしているし、そう見えるよう振舞っているからそのネーミングは当たっているのだが、アレク本人の前でその呼び名を口にするものはいない。

 ディル以外には。

 あえてその名を呼ぶことで、場の空気を和ませようとしていることは、子供の頃からの付き合いのアレクには分かっていた。


「で、そのご令嬢の部屋はどこにある?」

「よくぞ聞いてくれた。後宮の一番奥の、日当たりの悪い部屋だと」

「あの部屋はずっと使われていなかっただろう」


 後宮はかなり広く、100人程は暮らすことができる。今は50名ほどに抑えているから、部屋はたくさん空いている。奥にある日当たりの悪い部屋は、人が溢れて仕方がなかった時代には使われていたが、部屋に余裕が出るようになってからは使われていなかった。

 日当たりが悪いことに加えて、奥にあるために見通しも悪く、警備上の問題があるのだ。その部屋を使わせているという事実に、アレクは眉間のシワを更に深めた。


「ご令嬢本人の強い希望だそうだ。何度も他の部屋を勧めたが、あの部屋がいいと首を縦に振らなかったそうだ」

「ますます疑わしいということか」

「あぁ、部屋の掃除も侍女一人では大変だろうと他のものを遣わそうとしたが、それも断ったらしい。ご令嬢自ら掃除をするから問題ないと」

「部屋の中を見られたくない…か。聞けば聞くほど怪しく思えてくるな」

「と、いうわけで、さっさと偵察に行ってきてくれ。侍女以外は徹底的に締め出されているから、これ以上の情報を得る手段がない」

「この俺に部屋の中に行けというのか」

「それ以外に手があるのか?」

「……ないな」


 はーっとアレクは大きくため息をついた。

 問題が起きているに違いはないが、その確認方法がまた問題を引き起こしそうなのである。しかし、スパイや暗殺の可能性は限りなく高い。早めに対応した方がいいだろう。


「分かった。それならお前は入り口付近で他の令嬢と散歩でもしておけ」

「おい、なんで俺も行かなきゃならないんだ」

「俺が部屋に入るところを他の令嬢に見られでもしたらどうするんだ。ディルはそっちを引きつけておけ。茶会をしていてもいいぞ」

「………分かったよ。散歩しておけばいいんだろ。その代わり、そっちは抜かりなく頼むぞ」

「当然だ」


 この国の皇帝とその側近は軽く睨み合った後、早速立ち上がり後宮へと向かった。







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