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閑話①:セシルさんの背中には、――さんが付いて(憑いて)いる。

 マンジュリカ達がサーベルンに向かう前日の夜。

 アジトとしている洞窟で、マンジュリカ達2人は『器』の最終チェックをしていた。



「う~ん、やっぱ思ったとおり素材がいいね。今までで一番良い感じの『器』だよ」

 女―リアンはう~んと伸びをする。


「マンジュリカもピッタリなんじゃない?なんてったって、同じババアの体なんだから」

「あんた、殺されたいの…?」

 カーターの母の姿をしたマンジュリカは、ぐぬぬと拳をにぎってリアンを睨んだ。しかし、リアンはにやにや笑いをやめない。


「にしても、マンジュリカってよく生きてるよねえ。8年前に砂になったってのに。どうやったら砂の中に意識が残るんだろ」

「あんただって同じようなものでしょ。どうやったら石の中に意識が残るのよ」

「ボクもわかんない。たぶん偶然の結果でしょ。けど、そのおかげで長生きできると思うよ。石の体になったら死ねないもん。マンジュリカも後2000年くらいは生きるんじゃない?」

「死なないのはいいけど、こんな不自由な体、本当の所お断わりよ。そのままじゃ動けないし、魔法も使えない。わざわざ入れ物を作らなきゃいけないなんて。あのままじゃ、意識はあっても永遠に動けなかったわ。あんたはいいわね。石のままでも動けるし、魔法が使えるんだもの」

「いいでしょ。ってか良かったね、あの時傍にボクがいて。いなかったら今頃は、雨に打たれて海に流されてたんじゃない?でもさ、ある意味結果おーらいかもよ。人型を自由に使えたのだって、体が砂だったおかげだし」


 人型は、体の一部を入れた分だけの理性と力を持たないが、マンジュリカの場合、体自体が砂となっていたため、それを半分近く入れることでほぼ自分と変わらない理性を持つ分身とすることができた。そして、いつもは、とある鉱物を焼き物にして作った体の中に入っていたのだ。


 その『焼き物』とは、その鉱物を人間の血で練り上げて、人の形にして焼いたもの。そのため、その血を持っていた人間の魔力を利用できると共に、その魔法も使えるのだ。だから、マンジュリカは『焼き物』に入っていると、精神魔法以外も使うことができた。さらに、『焼き物』の破片と共に人型に入れれば、『焼き物』と同様に他人の魔法が使えた。


 しかし、欠点もある。


 マンジュリカは砂となった今もかつての魔力があるのだが、以前のように盛大に使えない。それは、『焼き物』の体は強度が弱く、摩耗が速かったからであった。


 人間の肉と鉱物を練り上げて造る今の『器』の方は、『焼き物』にくらべればかなり耐性があるものの、それでも魔法は以前のようにとまではいかない。『器』も時がたてばたつほど、使う魔法が強ければ強いほど、壊れていく。


 当初は試験的に、耐性を持たせるため『器』に魔物の肉も加えていたが、『器』づくりに成功しても外見がとても人間ではなくなってしまうためにあきらめた。


 そして、今の『器』は、アメリアの血と肉を入れて練ったものだ。


「まったく、突然ジェードを殺してくるから、何をと思ったけど。そう言う事だったのね」

 マンジュリカは感心しながら、リアンを見る。


「そういうこと~。証拠インメツに火葬でもされそうなら強引に奪うつもりだったけど、あのクソ王子、アメリアの死体を無造作に山に埋めてくれるものだから、ありがたく拝借することができたし」

 治癒魔法を使えるアメリアの肉体と、麻薬患者から手に入る魔力さえあれば、『器』の再生―不死身化に使えると思った。しかし、期待通り不死身となれど、やはりある程度すると『器』は壊れてしまう。とはいえ、今まで造った中で、一番最上級の体だった。



「それにしてもあんた…よくあんな場所を見つけられたわね。王家の出来損ないを集めた建物…私の時はあんな事実、魔術師長でも知らなかったと思うけれど」

「ああ、あれね。ボクも最初は知らなかったんだけど、アーベルの行動を追ってて見つけたんだ。メイは知ってたらしいんだけどね。今の豚野郎陛下が、メイに泣きついたんだって。このままじゃこの国の未来がなくなる、何とかしてくれって。結局メイでも何とかできなかったんだけどね。それどころか、殺されてやんの」

「利用されるだけ利用されて、捨てられたのね…」


 メイが殺された責任の元凶はマンジュリカにあるのだが、マンジュリカはそれもすっかり忘れ、かつての自分とよく似た境遇のメイに同情した。


 かつて副魔術師長だったマンジュリカ。彼女は、リトミナ王太子―かつての豚野郎に甘い言葉で利用され、捨てられた過去を思い出し、ぐっと唇を噛む。



「そう言えば、サーベルンにはラングシェリン家ってのがあるんだよね。リトミナ王家の天敵ってやつ。見てみたいなあ。もしかしたら明日会えるかな。まあ王都を襲うんだから、会えるわけないか。マンジュリカはその家の奴に負けたんだったっけ?」

「…不覚だったわ。サーベルンで動くときだけラングシェリン家の動向に注意して、鉢合わせしないようにしていたから、まさかエレスカにいたなんて油断していたわ。セレスティンにも、もっと早くあの家の魔法の事を教えておくべきだったわね…。おまけに研究材料の移動に手間取って、島から逃げるのも遅れたし。それどころかあの男、リートン家の奴まで連れてきて…」

「だけど、負けてくれて感謝してるよ。セシルの『王家の最悪の事態』に当てられたおかげで、ボクは目が覚めたんだから。トーンには感謝しなきゃだね、マンジュリカ♡」

「誰が感謝するもんですか。私はあいつが大嫌いよ。憎い事この上ないわ」


 マンジュリカは足を踏んじばって、ぎりと両こぶしを握った。


 リアンは知っている。トーンの肉体を使った実験が失敗し続けていたのは、彼女マンジュリカの私情めいた怒りの感情が、魔法行使への集中力を奪っていたからだ。そして、そんな中やっと完成した魔法道具―そのトーンの血肉を練りこんで作ったローブも、今やなくなってしまった。だが、まだその予備(子供)がいると聞いているから、いつか採ってきてやろうとリアンは思う。



「…ねえ、そう言えばさ。マンジュリカは人間を操れるんだよね?」

「ええ?」

 屈伸して『器』の具合を見ていたマンジュリカは、「何を今さら」とリアンを見る。


「じゃあさあ、誰かを完全に乗っ取ったりできるの?自分の意識を、完全にそっくり移すみたいな感じで」

「…できるにはできるけれど、そいつの精神を押さえ続けるために、大量の魔力を使うわね。麻薬患者みたいに意思のない奴は簡単だと思うけど。それよりは、そいつ自身の負の感情を利用して、部分的に操作する方が早いわ。それに、誰かを完全に乗っ取っている間は、自分の体がお留守になるから危険だわ」

「ならさ、体はボクが守っといてあげるから、今度リトミナの豚野郎操ってくれない?リトミナをぐちゃぐちゃにするには、それが一番手っ取り早いと思うんだよね」

「お断りよ!!」


 マンジュリカは叫び即答する。あんな男の中に入るなんて。考えるだけで怖気がする。


「絶対に何が何でもお断りだからね!あんたが操れば?」

「無茶言わないでよー。あんな豚野郎気持ち悪い」

「自分も嫌なんじゃない。嫌なことを人に押し付けないで」


 マンジュリカはぐぐとリアンを睨みつけた。しかし、リアンは気障わった風もなく続ける。

「それとさ、勘違いされちゃ困るけど、ボク人なんて操れないからね。『器』に入ってるだけで。これ、体を乗っ取ってるだけだもん」

 リアンはみょいんと両ほっぺを伸ばして、マンジュリカに見せる。


「それに、ボクが乗っ取ると皆壊れちゃうんだもん。あんな豚野郎でも後々の利用価値はあると思うんだ。だからね、お願いマンジュリカ」

「いやよ。私が最初にあんたと交わした契約は、私があんたに原子魔法を教える代わりに、私はあんたに体を作ってもらう事だったでしょう?でも、あんたはそれだけじゃ頷かなくて、私にあんたの『器』づくりの手伝いと、あんたに余興をみせて楽しませること―世の中を混乱させていくことまで、対価として付け加えた。ただでさえ、あんた優位の契約なのに、これ以上何を求めるつもりなの!」


 マンジュリカは、怒りに任せリアンに言い放つ。しかし、リアンは全く動じない。


「リトミナをぐちゃぐちゃにするのも、余興だと思うけどな」

「それはあんたの私恨でしょ?私が起こす余興とは関係のない」

「なら、ボクがセシルを頂いちゃおっかな~」


 マンジュリカは、はっとリアンを見る。リアンは「どうしよっかな~♪」とにやにやとマンジュリカを見ていた。


―この女、セレスティンを人質に…!


 マンジュリカはリアンに「それだけはやめて」と言おうとした。しかし、それで聞くような相手ではない。かといって、リアンの言う事を聞いてあの男を操るのは嫌だ。何か思い直させる説得材料はないものか。マンジュリカは考えていると、ふと思い出す。



「…あなたに一個忠告しておいてあげる。あの子の中に入るのは危険よ」

「は?」

「訳わかんない」とリアンは言う。思ったとおりの反応に、マンジュリカは重々しく続ける。


「あの子はね、心の奥底に別の誰か…いいや別の何かがいるのよ」

「別の何か?…誰か他の精神干渉でも受けているってこと?」

 リアンは首をかしげる。そんなリアンに、マンジュリカは神妙な面持ちで続ける。


「違う…そんな魔法でできたようなものじゃない。後、魔法でどうこう出来る相手でもない。何というか、そういったものとは次元が違う」

 マンジュリカは思い出した恐怖に小さく身震いした。その恐怖にいつしかマンジュリカは、相手を説得するということも忘れ、恐ろしい事実を相手に重々しく伝える口調となっていた。


「…あれに触れたら飲み込まれそうになるから、ついにあれが何か知ることすらできなかったわ。だから、未だに得体がしれないのよ。魔法をかけた後であの子の記憶を読んでヒヤリとしたのだけど、あの子を私の仲間に勧誘した時には、危うくあの子の精神がその何かに飲み込まれるとこだったらしいの。丁度、それに支配される直前で私が話しかけたらしくて、それであの子の精神が持ち直したから良かったものの、少し遅かったのかわずかに混ざっているのよ」


 それに、とマンジュリカは続ける。


「それ以来も、時々それが目覚める手前というものがあって、そのたびに少しだけ魔法をかけて、気分を切り替えさせていたの。だけど、あの時、島にトーンたちが来た時、ついに目覚めてしまったみたい。今はまた眠って、落ち着いているようだけれど」



 マンジュリカはそばにあった椅子に腰かけると、リアンを見る。

「多分、別人格というものでしょうね。あれだけは、私でも手に負えないから、」

 リアンに、言い聞かせるような強い調子で、マンジュリカは続ける。

「完全に目を覚まさせてはいけないのよ」



「ふうん…」


 しかし、きっと自分にセシルを奪われたくないだけの戯言だろうと、リアンは気にしなかった。そんなリアンをとがめるようにマンジュリカは見る。


「あなた、ちゃんとこの忠告だけは聞いておくのよ」

「はいはい、ちゃんと聞いているよ…」

 しかし、女はどこ吹く風であった。

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