10②-⑥:真面目な奴ほど、病むとヤバい。(★挿絵あり。しかも2枚)
「セシル…どこだ?出てこい…」
虚ろなのに目をぎらぎらとさせながら、レスターはセシルを探して歩く。
「おい、レスター!」
「…」
レスターは振り返る。そこにはロイがいた。
「おい、レスター。そんな怖いツラしちゃって、一体どうしたんだよ。あーそうか分かった。慣れない夜遊びしたから、眠たくなっちゃったんだな。お子ちゃまだなあ」
ロイは引きつりそうになる顔に、何とかいつも通りのへらへらとした笑いを張り付ける。しかし、レスターはぎろりとロイを睨む。
「ロイ、お前知っているんだろう?セシルがどこへ行ったか」
「はあ?知っているも何も、セシルならお前に愛想尽かして家へ帰っちゃったよ」
ロイは冷や汗が垂れそうになるのを、前髪でうまく隠せていることを祈りつつ、レスターに笑いかける。
「嘘が下手だな、ロイ。お前が嘘をつくときはいつも、右手の中指の爪を親指でいじる。ちなみに言うと、いらついている時は、いつも人差し指のペンだこを親指でいじっていた」
ロイは自身でも知らなかったことに、ぎくりとする。すると、レスターは「やっぱりな」と、聞こえよがしにため息をついた。
「お前までセシルにほだされてしまったのか。情けない。あの女は俺の心を煩わす忌まわしい女だぞ」
「セシルが忌まわしい女って、どういう意味だ。さっきのも意味不明だぞ。なんで好きなのに、殺そうとする?それに、イルマを愛し続けるために死んでくれってどういう意味だ?」
ロイは打算的な時間稼ぎをあきらめ、男と男の対話をするつもりで、毅然とレスターの目を見据える。
「あいつは俺に楽しいと思わせる。あいつは俺に愛おしいと思わせる。あいつは俺の心を自身のことで埋め尽くそうとする。…あいつは俺の心を支配する。そんなあいつの何もかもが憎い。中でも一番憎々しいのは、あいつは俺にイルマのことを忘れさせることだ」
レスターはぐっと拳を握る。
「俺がイルマのことを忘れないためには、愛し続けるためにはあいつが邪魔だ。あいつがいなくなれば、俺はあいつに心を支配されることも、その支配から逃れようと悩むことも苦しむこともなくなる」
「…お前…なんつー身勝手な男だよ…」
ロイは唸るように言葉を発した。
「イルマイルマイルマって過去にばっかり囚われやがって。イルマへ操を立てることがそんなに大事か?イルマへの贖罪がそんなに大事か? そりゃ大事だろうさ、お前がイルマをあれだけ愛していたことはオレもよく知っているからな。だけど、それはお前の人生の歩みを止めてまで優先させるべきことか?」
ロイはぎっとレスターを睨む。
「…お前、いい加減前を向けよ。現実から逃避して、思い出と妄想の中でばかり生きてきやがって。うっかり飛び出てしまった現実が怖くて、また元の世界に逃げ帰ろうとしている馬鹿が今のお前だ。お前が馬鹿なのを、全部セシルのせいにしやがって」
「誰がいつ現実逃避をした。俺は毎日現実と向き合って生きてきた。毎日彼女と過ごした日々を思いだしては、彼女を護れなかった自身の無能さと、彼女を救えなかった自身の罪と向き合ってきた。俺はその邪魔をする者を消そうとしているだけだ」
「それが現実逃避だっていうんだよ!そうやって、もうどこにも居ない恋人に向かって何を求めてる。赦しか?それとも愛の言葉か?そんなものいつまで待ってたって、くるわけないだろう、もういないんだから!それが妄想だって言ってんだよ!いい加減に現実を見やがれこの野郎!」
ロイは吠えた。しかし、レスターは動じずロイを睨み返す。
「どこにもいない?いるさ、神の造りし天国で俺をずっと見ているさ。俺がイルマに求めるだと?俺には彼女に何かを求める資格などない。俺は彼女のためにすべてを捧げることしかできない。残りの人生のすべてを、何もかも全部イルマへの祈りと懺悔にして捧げることしかできないんだ。それが俺に出来る唯一の贖罪だ。それに、そうして生きなければ罪人の俺は天国には行けない。行けなければ、俺は彼女と再び会えない。それに、そうして生きなければ、彼女に会えたとしても顔向けができない。」
「…そんな架空の世界と人間を相手に、お前は何を費やそうとしているんだ?あるかもしれない未来の幸せを捨ててまで虚像を拝むのか?」
ロイは本当は、天国にいるイルマはこんなことを望んではいないと言いたかった。しかし、それは今まで、ロイがレスターに腐るほど言ってきた言葉だ。今またそれを言っても納得するとは到底思えない。だからロイは、あえて残酷な言葉をレスターにつきつける。
「うるさい、うるさいうるさいうるさい!貴様は神を否定するのか?死後の魂の存在を否定するのか?神の造りし天国を否定するのか!」
「否定してやるよ!お前を束縛する神と天国があるのなら、罵倒して否定してやるよ!人間は死んだら無だ!死後の世界なんてないんだよ!」
「貴様あああ!!」
レスターは剣をロイに振るった。黄金色の魔力の塊がロイに向かって放たれる。それに触れればおそらく体中の魔力の消滅どころではない。体が跡形もなく消滅する。
「聞く耳持たずか」
ロイはぎりりと奥歯をかみしめて、レスターを心底怒りに満ちた目で睨みつける。そして、剣を構えた。ありったけの魔力を剣に集中させる。
「オレもセシルが好きだ。だけど、お前みたいに殺したいだなんて絶対に言わないね」
ロイは剣を振るって爆炎を放つ。レスターの魔法とぶつかる。両者の魔法は同等の魔力だったため、風を発生させつつ相殺される。
「セシルはお前みたいな身勝手な男に渡せるか!オレが貰う!」
たったの一発で、ロイの魔力は尽きた。もう次に同じ魔法を使われれば打つ手はない。それほど、レスターという男の魔力は強大だった。しかし、ロイは微塵も恐怖が沸かなかった。
―好きな女が言ったことは信じるからな
ロイはふっと笑う。目の前ではレスターが二発目を放とうとしている。先程よりも巨大なそれを、ロイは臆しもせず見る。
―後はお前が約束を果たすだけだ
「ロイ!」
―やっぱり、オレの女を見る目に間違いはなかった
その声に安心し、魔力の尽きたロイはふらりと倒れる。そのロイの周囲に、守るかのように氷の結界が張られる。同時にその上を青白い光が、レスターに向けて走った。
「…!」
レスターは咄嗟に、魔力の塊を放つ目標をロイから変えた。レスターの放ったそれは、青白い光と接触し、大爆発を起こす。
「…っ!」
レスターは爆風に吹き飛ばされつつも、咄嗟に腕で頭を守る。地面にたたきつけられるが、もふりとした草の上で衝撃はそれほどない。
「…え?」
先程まで煉瓦でできた街にいたはず―
「…?!」
レスターが体を起こせば、そこはどこかの山の斜面の、開けた草原だった。月明かりに照らされて、地面がぼんやり白く輝いている。
「やあやあ、遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ…ってか」
「…!」
その声にレスターは、はっと上を見る。
銀の髪を夜風にたなびかせ、セシルが魔方陣に乗り浮いていた。
「私の名は、セシル・フィランツィル=リートン。リートン家当主ラウル・フィランツィル=リートンが妹」
セシルは腕組みをして、レスターを見下す。
「ラングシェリン当主レスター・ラングシェリンとお見受けする」
セシルは魔法を解くと、地面に着地した。そして、立ち上がると、レスターを見据える。
「オレを殺してみろ。殺せるなら、な」
セシルは挑発するかのように、首をかしげ笑った。
ロイの株価急上昇↑、レスターの株価大暴落中(笑)。
真面目な奴ほど、病むときはちゃんと(本人にとっては)超真面目な理屈で、超真面目に病んでくれるので、取扱いに困ります。
挿絵は2枚とも、シンカワメグム様に描いていただきました!!