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10-⑰:前に進むしかない

「さてと…まさか、この私があの野郎にあんな顔をさせるなんてね」


 消える刹那に見た、トーンの必死の形相。自分が、長年の宿敵からあんな顔を向けられることになろうとは。トーンは可笑しそうに、小さく笑う。


「…生まれる場所さえ違えば、かな」

 彼と良い友人になっていたのかもしれないが、今の問題はそれではない。トーンは目つきを鋭くすると、セシルを見据えた。


 トーンは自身の周囲に無効化の結界を張る。そして、更に自身を守るため、体の表面に金の鎖―無効化魔法の力を込めたものを這わせる。それとほぼ同時に、風が凪いだ。そして、今度はセシルの居る中心へと風が吹き込み始める。


―発動か


 それから風は時おかずして、地表をえぐる勢いとなる。島の木々をもなぎ倒し、吸い込んでいく。海水も吸い込まれているのか、時折しょっぱい飛沫が顔にぶつかる。


 風が吸い込まれる音しか聞こえない。もはや、土煙でセシルはおろか、何も見えない。その土煙の中を、トーンは剣を杖代わりに歩いた。

 時折、土煙の中を、青白い光が稲妻のように走る。それがトーンの結界と触れあい、ばちばちと火を噴く。さらに、吸い込まれていく木々や岩が土煙に隠れつつ、凶器となってトーンに襲い掛かってくる。

 それらを何とか避けては防ぎつつ、トーンは前へと進む。



「…!!」

 セシルの魔法陣の領域に足を踏み入れた途端、バチンと音を立てて結界が割れた。そして、それより一拍遅れて、足の金の鎖と、セシルの魔方陣が反応して火花が散る。


「…あがっ!」

 トーンは、慌てて魔方陣の領外に出た。そして、鎖と結界を修復するが、裂けた足の皮膚からは血が噴き出している。


「……」

―迂闊に入れない


 魔方陣内では、吸収の魔力を持つ青白い稲妻が、空間をほとんど隙間なく走っていた。当然、魔方陣には強力な吸収の魔力が通っているだろう。


 無効化の結界と鎖で身を守ったまま、その魔方陣内に足を踏み入れれば、数十秒で爆発死するだろう。かといって、何もせずに入れば、体中のありとあらゆる魔力を吸い尽くされて消滅する。

 トーンがそう思っている間にも、どんどんと魔方陣は肥大を続けていく。やがてはこの島全体を飲み込むだろう。


「一か八か、やってみるか」

 トーンは手に金色のリングを大量に出現させた。それを魔方陣に向けて投げる。魔方陣と触れるなりそれは、ぼすん、ぼすんと音を立てて爆発した。そして、その部分の魔法陣は破壊される。


 トーンは、破壊された部分に恐る恐る足を踏み入れる。


 何も起こらなかった。


―いける


 ただし、もう魔方陣の再生が始まっている。トーンは一息つくと、体に鎖を巻き、二重三重と結界を張る。そして、魔方陣をリングをばら撒いて破壊しながら、セシルの居る中央に向かって駆けだした。



 青白い稲妻が、トーンの結界に落ちて爆破する。結界が減るその度に、トーンは内側から結界を張り直し駆けつづける。


 そうしてやがて、青白い光の柱と、その中で虚ろな表情で手をあげ続けるセシルが見えてくる。



「……」

 セシルのその異様な姿に、トーンは言葉を失う。


 セシルの体の表面には所々、硬質な輝きを放つ水色の膜が張っている。そして、肌色のままの皮膚の表面にはひび割れが幾筋も入っていて、体の内側から血ではなく青白い光を放っていた。


「セシル!おい、目を覚ませ!」

 トーンは、光の柱のギリギリのところまで来ると叫ぶ。しかし、風が起こす轟音のためか、セシルは聞こえていない風であった。その時、雷がトーンに落ちた。


「…く」

 トーンの結界が、バリバリと2枚同時に爆発して消える。慌ててトーンは2.3枚内側から結界を展開するが、それとほぼ同時に一番外側の結界が、雷に撃たれて破壊される。


 魔方陣の中央に近づいた分、雷の威力は桁違いだった。破壊した魔方陣の再生も早く、修復された魔方陣がもうトーンの足元にまで迫ってきていた。


「…くそ」

 先程の戦闘の魔力の消費もあって、トーンには残された時間が少ない。そうこうしている間にも、セシルの体にひびが増えていく。あれが、吸収した魔力の保有量の限界―器の破壊に近づいているということなのだろう。


「……」

 しかし、トーンは、ここであきらめるわけにはいかなかった。


―あの目


 トーンはエレスカで初めて会った時のセシルを思い出し、ぐっと歯を食いしばる。


 セシルの目は、絶望が当たり前の日常に自身が辛いということすら、救いを求めることすら忘れた目だった。それを年端もいかぬ子供がしていた。かつてのロイやノルンと同じように。


「……」

 トーンは、暴風に耐えながら、セシルを見た。今やセシルの目は、トーンですら理解不能な、空虚な深い闇を映し出している。

 ロイ達を超える闇が、そこにはあった。それが果たして、自分の手に負えるモノなのかはわからない。だけど、


―助ける、絶対に


 トーンは残された全力を振り絞り、体に巻きつけた鎖を鎧と化した。そして、勢いをつけて、柱の中に飛び込んだ。とたん、トーンの結界はすべて破れ、鎧がぼすぼすと爆発を立て続けに起こす。

 それでもトーンは、セシルの体をかっさらい、光の柱の中から脱出した。その刹那、ふっと風が止まった。




―暖かい

 長らく忘れていた心地に、セシルは意識を浮上させる。


「……?」

 セシルは顔をあげる。誰かが自分を抱きしめている。


「つらかったね、苦しかったね」

 血だらけの男は、自身を愛おしむかのように見つめ、頭を撫でてくれていた。

「でも、君はよく頑張ったよ」

「……」

 セシルは何を言われているのか、よく分からなかった。しかし、セシルは何だか安心して、こわばっていた体を男に預けた。


「……」

 男は、優しくなで続けてくれていた。心が落ち着くと、セシルはなんだか訳も分からず泣きたくなってきた。男は、セシルの目を見るとふふと優しく笑いかけた。

「…安心して泣きなさい。ずっと傍にいるから」

 男はセシルをぎゅっと抱きしめた。セシルは優しい香りに、こらえきれず声をあげて泣き始めた。



「……よしよし」

 トーンは目を細め、セシルの小さな背を撫で続ける。やがて、セシルの嗚咽が安らかな寝息に代わる頃には、あれだけの規模だった魔法はすっかり収束しており、草木残らぬ荒れた大地だけが残っていた。岩礁に波が打ち寄せる音だけが、やたらと大きく耳に入る。


 トーンは一息つくと、辛うじて張っていた結界を解いた。それと同時にセシルを抱きしめたまま、ふらりと地面に倒れる。光の柱に飛び込んだ時に起こった爆発のせいで、トーンの体はもうろくに動けそうになかった。


「…やれやれ。助けられたのは良いものの、さて一体どうやって帰ろうか」

 トーンは自嘲するかのようにつぶやく。転送用の魔法道具は壊れているみたいだし。


 トーンはなんとかして、体を起こそうと地面に手を付く。そこでふと気づく。

「水色の、砂…?」

 綺麗な水色の砂が、地面に落ちていた。よく見れば、セシルの体の表面についていた水色の膜が、取れてきている。


「……」

 まだセシルの体に残っている膜に触れる。触感はガラスのようだった。しかし、意外と脆く、擦ればぽろぽろと砂状になって剥がれていく。


―何だろう、これ

 顔をあげれば、少し離れた所に、宝石のような水色の石が転がっていた。


「……」

 マンジュリカのしていたネックレスの宝石だとトーンは思う。大きくて目立っていたから、よく覚えていた。


―この砂とよく似ている…?


「…トーン!」

「…!」

 その声にはっとトーンが顔を上げれば、駆けて来るセサルの姿があった。


「セサル、お前どうして」

「予備の道具、侍女に貸してもらった!」

 セサルは手に持った魔法道具を振る。


「だけど、まさか本当に止めちまうなんて」

 気絶するセシルを見て、心底驚いたかのようにセサルが言う。トーンはなんだか誇らしげな気分になって、にやっと笑った。


「ふふ、今回はどうやら私の勝ちだな」

「ああ、そうだな」


 トーンは素直に認めたセサルを意外に思う。


「…ありがとうな、セサル。迎えに来てくれて」

「お前が素直に礼を言うなんて、気持ち悪いな」

 同じことを思っていたな、とトーンは可笑しく思う。


「さあ、お前も帰ったらすぐに手当だ。医者に2人を任せてから、慌てて来たんだ」

「…お前妹は…」

 トーンは忘れていたことを思い出す。すると、セサルは暗い顔をした。


「…駄目だったよ」

「…そうか」


 あの怪我では、と思ってはいたが、トーンは一縷の望みにかけていた。だが、やはり駄目であったか。


「…」

 トーンはすやすやと眠るセシルの顔を見る。この子の今後の精神的な事を考えれば、何とか生きていてほしかった。トーンは、あの時セシルを止められなかったことを悔やむ。


「…まあ、終わったことは仕方ないさ。さっさと現実を認めて、後は前に進むしかないんだし」

 セサルは空を見上げて、あっけからんという。その変な明るさと前向きさに、トーンは感情的な部分で賛同できかねて、だけど理性的な部分ではあきらめに近い納得をしたような気がした。


「とりあえず、帰ろう。さあ」

 セサルはセシルを肩に担ぐと、開いた手をトーンに差し出した。トーンはしっかりとその手をとると、立ち上がった。

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