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10-⑯:俺をまたこの地獄に産みだした、それが罪。

「これでやっと終わったか?」

「多分、そうだろう」


 トーンとセサルは血だらけで、無人島の岩礁にいた。

 2人の前方の岩礁は、派手に爆発させたために、すり鉢状にへこんでいた。



「おい、トーン。ちゃんと手足は4本ずつあるか?」

「馬鹿。4本あるかと聞け。お前こそ、ちゃんと頭はついているのか?」


 土煙の中、二人はぜぇぜぇと肩で息をしながら、互いの無事を確認し合う。彼らの後ろには仲間だった男たちの亡骸が転がっていた。


「みんなやられちまったな」

 セサルは頬の血を袖で拭う。


「これまた意外だな。悲しんでいるのか?」

 トーンは汗と血に濡れた前髪を払う。


「お前にとっては良いことだったんじゃないのか?お前の存在を知る人間が皆消えて」

 トーンは揶揄するように言うが、セサルは「バカいえ」と人を悼むような顔をした。こんな短い間付きあっただけの敵国の人間を悼むなど、よほど情の厚い奴なのだろう。馬鹿だ。だけど、嫌いではない。


「おい、おしゃべりする暇はまだないらしいぞ」

 セサルの真剣味を帯びた声に、はっとトーンは身構える。目の前では、土煙が収まる中、ふらりと立ち上がる小さな影がある。




「…ウザい」

 セシルはふらふらと立ち上がると忌々しげに、ぎりと歯を食いしばった。その後ろでは血だらけのカイゼルが倒れていた。


 セシルは憎々しげに男2人―セサルとトーンを睨みつけると、大量の氷の槍を出現させ向かわせた。


「死ね、死んじゃえ――!」

 セシルもボロボロで、手足はところどころ肉が割けていた。しかし、半ば意識が無い状態で、何かに突き動かされるがままに叫び、魔法を放つ。



 セサル達は各々の魔法で防ぐ。足元がぼうっと金色に光ったのに、セシルは跳躍するが、傷の痛みでわずかに反応が遅れる。トーンの魔方陣が出現し、そこから伸びた金色の鎖に、セシルは足を取られる。


「セサル!」

「ああ!」


 トーンの掛け声を合図に、セサルはセシルの周囲に小さな青白い光の球体を、ぽぽぽっと幾つも出現させた。一瞬遅れて、薄く金色に輝く、トーンの結界がセシルを覆った。それが早いか、球体が連続で爆発する。


「……っ」

 セシルは、爆発を受けても立っていた。これでもまだ駄目なのか?とトーンが思った時、しかしセシルはふらりと虚空を仰ぎ見ると、ばたりと仰向けに地面に倒れる。


「…やったのか?」

 セサルは慌ててセシルのところへ駆け寄ろうとした。しかし、トーンはその肩をつかみ止める。


「待て、少し様子を見よう」

 セサルは心配だったが、子供とはいえ油断できない相手なので、大人しくトーンの言う事を聞く。


「うっかり、殺してねえよな…」

「大丈夫だろう。あれでも最低限の手加減はしてあげたから」


 トーンは言いつつも、少し自信はない。ただ、普通の手加減をすればこちらが殺されかねなかったので、仕方ない。セシルは数分しても動かないようだったので、二人はそろそろとセシルに近づいた。


「…セシル、起きてるかい?」

「あっ、おい!」


 トーンがセシルに呼びかけ肩を叩くと、何故かセサルが焦った声をあげる。トーンは気にせず、セシルの口元に顔を寄せる。ちゃんと呼吸はある。


「良かった…ちゃんと気を失ってくれている」

 トーンがセシルを抱き起こそうとするが早いが、セサルが奪い取るかのようにセシルを抱きあげた。「ん?」と不思議に思うトーンを、セサルは威嚇するかのように睨む。


「勝手に肩を叩きやがって。可愛い姪に、先に触れるのはオレって決めてたのに」

「……」

 焼きもちか。トーンはやれやれと苦笑する。


「触るのもいいが、先に精神操作の魔術式を消してやらないと。あっちに倒れている子も一緒にね。それを介して奴に何をされるか、わかったものじゃない」


 エレスカで幻覚を見せられたようなことがあるかもしれない。今は、マンジュリカはこの場にはいない。先程、セシルたち二人の攻撃の合間を縫って、マンジュリカに幾らか軽くはない傷を負わせた。だが、逃亡を許してしまった。

 だが、今はマンジュリカはいないとはいえ、奴の魔術式がこの場にあるうちは安心はできない。


「セシルのはオレが消すよ。お前はあっちの子、お願い」

「はいはい」


 セサルはセシルの首に手を当てると、魔術式を、それに流れる魔力ごと吸収して破壊した。それを確認すると、トーンも立ち上がりカイゼルの元へと向かう。


「こっちの子も無事か」

 トーンは息があることを確認すると、ほっと息をつき、魔術式を消しにかかる。


「…ふう、これで終わりだな。マンジュリカも追いたいところだが、今はこの子たちの手当てが先だ」

 セサルは一旦帰るぞと、セシルを抱えて立ち上がる。


「……」

―これで終わりじゃない


 トーンは思う。この子たちは、人を殺す恐怖心などは魔法で取り去られていたとはいえ、自分の意思でマンジュリカに仕え、自分の意思で人を殺してきた。マンジュリカに仕えるように仕向けられてきた経歴のために、情状酌量の余地はある。だが、うちの国王はともかく、他の被害に遭った者たちや国々がこの子たちを許すとは思えない。それに、罪に問われなかったところで、彼らを普通の社会に再び戻すことなど、簡単なことではない。


「……」

 トーンは居たたまれない心地でカイゼルを抱き上げた時、ふっと生暖かい風が吹いた気がして、



「その子たちを返しなさい。さもなくば、この女を殺すわ」

 振り向けば、マンジュリカが立っていた。


「…エレナ!」

 マンジュリカは拘束したエレナを腕に抱え、喉元に短剣を突き付けていた。


「この馬鹿な女、あなたと娘が心配で、追っかけてサーベルンまで来ていたのよ」

「……あ、兄上…ごめん、なさい」

 エレナはぽろぽろと涙を流す。


「この卑怯者!」

 セサルはセシルをトーンに押し付けると、マンジュリカに剣を向け身構えた。


「あら、刃向っていいのかしら。あなたの大事な妹に傷がつくわよ」

 マンジュリカはエレナの首にすっと刃を動かした。少量の血が流れる。


「貴様あ!」

「嫌ならさっさとその子たちをこちらに寄越しなさい」

「兄上、私はどうなってもいいから、セシルだけは守って!」



 どうしたものか。


 トーンは子供達を置いて自身も加勢しようと思うが、目を離せばその隙に取り返される虞もでてくる。


「そうだ…」

 ふと、自身が便利な魔法道具を持っていることを思いだす。ノルンが作った転送用の魔法道具。先に子供達だけでも、移動させればよい。ただ、エレナも無事に取り返すとなると、この方法はマンジュリカに対して変な刺激になりかねないし…



「この声…」

「…!」

 そのかすれた声に見れば、セシルが目を開けていた。


 気がついたのか。トーンはタイミングの悪さを感じる。


「離せ!あの女、まだ生きていやがったのか!」

 セシルはエレナめがけて飛びだそうとした。思ったとおりの反応に、トーンはセシルを羽交い絞めにする。


「聞け!君の母親はマンジュリカに操られていただけなんだ!君の父親だって、あいつに記憶を奪われていたんだよ!君は、マンジュリカに仲間になるように仕向けられていただけなんだ!」


 先程までのセシル達との戦いでは、この事を彼らに言う余裕すらなかった。けれど、こうなった今、しっかり教えておかなければならない。トーンは必死にセシルを説得する。するとセシルは理解してくれたのか、次第に抵抗を止め、最後には大人しく聞いていた。トーンは、内心ほっと息をつく。


 そして、トーンが思ったとおり、セシルは「そうだったのか」と一言つぶやくと、


「そんなの、もう今更どうでもいいんだ」

「……!?」


 セシルの気配と、声音が変わったかのように思った。と思った時には、トーンはセシルの魔力の放出に吹き飛ばされていた。


「俺をこの地獄(この世)に産みだした。それがあいつの罪だ」


 セシルは弾丸のように飛び出す。手に氷の剣を出現させながら。


「…!!?」

 驚いたセサルが、止めようととっさにセシルに氷弾を放つ。しかし間に合わない。



 肉が貫かれる音がする。



「せ、しる…」

 胸を貫かれたエレナは切なげな目をして、自身を憎々しげに見つめるセシルに手を伸ばそうとした。しかし、セシルは剣を引き抜き、崩れ落ちたその体を蹴りとばす。そして、マンジュリカに歩み寄り、その前に立った。


「ふふ、さすがセレスティン。自分から戻ってきてくれるなんて」

「……」

 セシルは黙ったまま、マンジュリカを見上げた。そして、感情の読めない瞳で、しかし顔だけはにこーっと笑った。その次の瞬間には、


「……せれ、す?」

 マンジュリカの腹には、背から氷柱が突き刺さっていた。マンジュリカは、ごぼりと口から血を吐き、膝をつく。


「お前か、俺を地獄に招きやがったのは」

「何を…言っているの?」

 マンジュリカの瞳に焦りが見える。セサルはこの隙にと、詠唱を始めるが、トーンがあわてて止めた。


「何すんだ、トーン」

「やめろ…何か様子がおかしい」


 トーンは状況が理解できないながらも、本能が告げている言葉に従った。()()にかまうなと。


「お前みたいな野郎を見ていると、至極胸糞が悪くなるんだよ。人を使って世の中を混乱させておいて、自分は愉快に高みの見物。人の人生を毛程にも思ってない野郎どもがな」

「セ、セレスティン?……がっ!」


 二本目の氷柱がマンジュリカの背に突き刺さり、マンジュリカは前のめりに倒れた。


「ねえ、嘘でしょう?…ねえ、セレスティン?…私が戦いの途中で抜けたからすねちゃったのよね?…逃げたんじゃないのよ、そこの女を人質に連れてくるためだったのよ」


 機嫌を取り繕うとするかのように、救いを求めるかのように、マンジュリカはセシルを見上げる。しかし、セシルは虚ろな目で、黙ってマンジュリカを見下していた。


「何よ…何よ…」

 セシルのその態度を叛意ととらえたマンジュリカは、焦りと怒りに体を震わせ始めた。


「使用人の女を貴族に孕まさせて、リートン家に送るきっかけをつくったのは私よ。その女の兄をお前の母親と出会わせるきっかけを作ったのは私よ!そして、お前の父親とお前の母親を好きあわせるようにしたのは私だってのに!!」

 マンジュリカは憎々しげにセシルを睨んだ。


「それもこれもアンタを造って手に入れるためだったってのに!」

「……」

 セサルはそれを唖然と聞く。トーンもまさかという心地で聞いていた。


「アンタは私に造られた存在なのよ。この世に生を受けたことを私に感謝しなきゃならないの!だから、私に仕えて当然!死ぬまで仕えるのが当然なのよおお!」

「…お前がそもそもの元凶か」

 セシルは見られただけで凍えるように冷たい目で、マンジュリカを見下した。


―ざしゅっ

「ひがっ!」


 能面のように眉一本動かさない無表情で、セシルはマンジュリカに剣を振り下ろす。


「よくも俺をまた、この世に産みだしてくれたな」

―ぐさっ ずしゃっ ずしゅっ

「ひぎゃっ、…あぐっ」

「死ね」

―ざしゅっ ざすっ ざすっ ざすっ ざしゅん ずしゅっ ずさっ

「死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」


 セシルは淡々とした言葉と共に、何度も剣をマンジュリカの体に突き立て、叩きつける。やがて、マンジュリカが動かなくなった後も、セシルは何かに囚われたかのような無表情で、肉を切り刻み続ける。



 男二人はその異様な光景を前に、何も言う事ができずただ呆然と見ていた。

 やがて、返り血で血濡れたセシルは、ふらりとトーン達を振り返る。見ているだけでおぞましく、後ずさりたくなるような気配を背負って。


「……虚しい」

 ふわっと魔力の波動を受け、セシルの髪が浮き上がる。


「ムナシイムナシイムナシイムナシイムナシイ…!」

 その叫びに呼応するかのように、セシルの足元を中心として魔方陣が出現する。風がセシルを中心として巻き起こり吹き出す。


「ミンナシネミンナイナクナレミンナキエロミンナミンナ」

 セシルは手を天高く突き上げた。セシルを中心に、青白い光の柱が立つ。

「オレガコロシテヤル」

 ドンという爆音の後、すさまじい風が吹き出した。




「うわああ!」

 セサル達は吹き飛ばされる。


 どれほど吹き飛ばされたのだろう。セサルは地面に叩きつけられた所で、なんとかそれ以上体を吹き飛ばされないように岩をつかんだ。

「おおっと!」

 目の前にエレナが吹き飛ばされてくる。セサルは咄嗟に片手を伸ばして、その服をつかんだ。そして、風から身を護るために、岩陰に連れ込む。


「そう言えばトーンは…?」

 セサルは辺りを見る。すると、自分達より少し離れたところにいた。トーンはカイゼルを守るように抱いたまま、セシルを見据え地面に足を踏ん張っていた。


「おい!トーン何してんだ!こっちへ来い!」

「…あの子を助けに行く。この子を頼む」


 トーンは、セサルのところまで来ると、カイゼルを押し付ける。セサルは信じられないと言うようにトーンを見る。


「何言ってんだ!無理だ。あの子は『王家の最悪の事態』を起こそうとしている。しかも、あの子はもう正気を失っている!」

「正気を失っているなら、行って目を覚まさせてやらないと」

「馬鹿!あの魔法陣に入ったら、体中の魔力を吸い尽くされるどころか、跡形もなく消えるぞ!」

「……」

「これでも今は前置きだ。後3分もしないうちに発動する。発動すればあの魔法陣は肥大化して、やがて島全体を覆い尽くす規模になる。そうしたら、オレらみんな揃って消滅だ。さっさとそれを使って逃げよう」


 セサルは来るときに使用した、トーンの右足の転送用の魔法道具に視線を促す。

 幸いなことにここはヘルシナータ本土から遠く離れた無人島。民間人は巻き込まれない。セシルは残念だが、もう救える手段は尽きた。後は救える者達を背負って逃げるしかない。


「そうだな」

 トーンは答えつつ、セサルの傍へと来た。セサルはトーンが言う事を聞いてくれたことに、少しだけ安心する。風のせいか躓きそうになったトーンの肩を、セサルが支えようとした

「…?!」

 時には、セサルの周囲に緑色の魔法陣が張られていた。


「お前達だけで逃げてくれ。私の王都の屋敷へとつなげた。侍女に言って、医者を呼んでもらえ。うちのかかりつけの医者なら、すぐに飛んでくるだろうよ」

「お前…!」

 先程躓くふりをして、かかとを鳴らしたのだとセサルは気づく。セサルは慌ててトーンに手を伸ばした。だが間に合わない。

「と…」

 トーンの目の前から、3人が緑の光の筋を残して消えた。

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