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10-①:『女神さまの嫁入り』

『女神さまの嫁入り』



 昔々あるところに美しい女神さまがいました。


 昼間の女神さまの姿は、髪の毛は天に輝く太陽の金で、やわらかにふわふわと風に舞う可憐な姿。瞳は澄んだ空のような水色。

 夜の女神さまの姿は、髪の毛は夜空に輝く星の銀で、さらりと夜風にたなびく麗しい姿。瞳は深い夜の藍色。


 人間たちは彼女のそんな姿を見ることはできませんでしたが、いつも彼女の存在を感じていました。ひ弱な自分たちがこの世界で生きていけるのは、彼女が支えてくださっていることを、本能的に感じていたからです。だから、人間たちは彼女を愛し敬い、日々与えてくださる恩恵への、感謝の思いを捧げていました。

 彼女もまた、そんな人間たちを愛し、彼らに恵みや奇跡を与えました。


 ですが、長い年月(としつき)が経つうちに、人間たちは彼女に頼らずとも自身で歩んでいく力を手に入れました。そうして、やがて人間たちは女神さまの事を忘れていきました。


 女神さまは寂しく思いました。だけど、相も変わらず、自身のことを覚えてくれている人間は、少数ながらもいたのでそれほど寂しくはありませんでした。それに、自身に頼らず生きていけるほど逞しくなった人間たちを見て、女神さまは誇らしくも思うのでした。



 しかし、女神の元を離れた人間たちは、それから時をおかずして、得た力をお互いを傷つけあうために使うようになりました。


 死んで消えていくたくさんの命。それは時代を下るごとに増えていきました。


―幸せになること


 この世に産まれ出たからには、生きている目的は皆同じはずなのに、お互いを邪魔者として消し合う人間。

 怒りが怒りを呼び、悲しみが悲しみを呼び、恨みが恨みを呼び、

 争いの始まりが何だったのかさえ人々の記憶から消えた時、瓦礫の山の土地が元々は何だったのかさえ皆忘れた時、

 人間たちは皆一様に、忘れたはずの女神さまを思い出しました。


―助けて、神様

―苦しい、死にたくないよ神様

―お母さんを死なせないで、神様


 女神さまは、なんとかもう一度彼らの力になろうとしました。しかし、できませんでした。女神さまの不思議な力は、人間の愛と感謝の思いが集まって初めて生まれるものだったからです。悲しみと辛みの声しか得られない今の女神さまには、人を助ける力などありませんでした。



 そんな女神さまのことなどつゆしらず、自分たちが救われないことで人間たちは、憎しみの目を女神さまに向けるようになりました。


―なぜ、神様は私を助けてくれない

―神は我々を、世界を見放したのか


 人間たちは女神さまに、怨嗟のうめきをぶつけるようになったのです。


―こんなにも祈っているのに

―こんなにも頑張っているのに

―こんなにも努力しているのに

―――どうして、私は幸せになれない


 女神さまは大層心を痛められてしまい、雲の中に姿を隠してしまいました。

 しかし、それでもある男の声だけは、無力な自身を責めるかのように耳に入ってきました。

 その男は、ただの人間でした。しかし、こんな時代で唯一、幼い頃から女神さまのことを純粋な愛と感謝の念で、熱心に信仰してきた者でありました。


 しかし、時代は男にそうであり続けることを許しませんでした。そして、男は他の人間たちと同じく、神に疑いと恨みの目を向けるようになっていきました。


―こんな世界に、神などいない

 その男は信仰を捨てる時、女神さまにそう吐き捨てました。家族、友人、恋人、夢のすべてを失ったその男は、やがて絶望のままに自身の生涯を絶ちました。



 女神さまは男を救えなかった自身を呪いました。そして、その呪いと、人間たちから与えられる悲しみと辛みと恨みが、女神さまの身に積み重なっていきました。やがて、それは女神さまを異形の化け物へと変えました。

 そして、化け物は身に積み重なったものを、人間たちに仕返しと言わんばかりに吐き、五十日間世界を駆け巡りました。


 そうして五十一日目に、世界には何もなくなりました。灰色の空と枯れた地面が残されただけでした。


 世界が滅ぶと同時に、女神さまは元の姿に戻りました。しかし、髪は絶望の夜の中に居続けているかのように銀色のまま、瞳だけは日の光を求めるかのような水色となりました。

 我に返った女神さまは自身の行いを後悔し、泣き続けました。そんな女神さまの涙は水色に光り、夜になると誰もいなくなった世界を仄明るく照らし続けました。

 女神さまの涙は土に染み込むことなく澄んだ宝石となり、固まり積み重なり、やがて山となりました。


 そうして何年もの時がたちました。ある時、何もない大地が揺れ、涙の山が火を噴きました。そして、その火柱の中から一人の神が現れました。髪の毛は夕焼けのような赤、瞳は豊かな大地のような土の色。そして、この世界にはなくなってしまったはずの青空を映す、不思議な小鏡を首から掛けた男神さまでした。


 彼は女神さまに手を差し伸べ、言いました。

「もう一度、私と共に人の行く先を見ぬか?」

 女神さまは泣き腫れた目を上げました。そして、その男神さまの手をとったのです。

 男神さまは女神さまを連れ、涙の山の火口から飛び込みました。そして、彼女を新たな世界へと連れ出したのです。



 そして、男神さまと女神さまが降り立った場所は、ナギ山の山頂でした。

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