9-⑦:『人の事情』は、いつか火の粉になる。
「…やっぱりここにいたんだね」
「あ、レスター」
ダイニングのテーブルに座っていたセシルが振り返り、にこっと笑う。
「ロイが飯作ってくれんだって」
「ふふ、やっぱりそうだったんだ」
レスターはこちらに来てすぐにセシルの部屋に向かったが誰もおらず、廊下を漂ういい香りにもしやと思い来て見ればやっぱりここにいた。きっと、彼女もこの香りにつられて来たのだろう。
「お、レスター。やっぱ来たんだな。そう思って多い目に作ってるから!食っていけ」
エプロン姿のロイがレスターの声を聞きつけ、台所からひょこっと顔を出したが、手が離せないのかすぐに戻ってしまう。
「…ロイの料理は期待して良いよ。従者をやらせているのがもったいないぐらいの、かなりの腕前だから」
「ホントか!楽しみ」
セシルは待ちきれないと言った顔をした。レスターもうきうきしつつ、セシルの隣に座る。
―あれ、そう言えば、
ロイの料理を久々に食べられる期待に気を取られていたが、セシルは昨日までとは違い、嘘のように明るい。あれから様子が変な彼女のために、仕事の合間には必ず顔を見るようにしていたのだが、昨日まで笑った顔なんて見たことなかったのに。
―何かロイが励ましてくれたのだろうか
そうとしか考えられない。それに考えてみれば、ロイは昼前には帰ってくる予定だったのに、こちらで昼ごはんをつくるなんて。もしかしたら、彼女を励ますために。
―良い従者を持ったなあ…
レスターは感動して涙をぬぐう。ノルンとは大違いだ。いくら仕事ができても人間性がなっていない従者―ノルンよりも、若干仕事ができなくても俺はこちら―ロイを評価したい。一件見はチャラい男だが、実は気が利くし、手先が器用で家事も家の管理もやらせれば何でも完璧だし、女の子以上に女子力豊富で嫁にしたいぐらい。
「レスター?…あれ?泣いてるのか?」
「い、いやなんでもない」
レスターは、不思議そうに首をかしげて自分を見るセシルに、慌てて首をふる。
「ほら、出来たぞ~」
丁度その時、ロイがお盆に料理を乗せて台所から出てきた。今日の料理は何だろう。レスターはうきうきと皿がテーブルに乗せられるのを待つ。
「…おお」
ロイがテーブルに大皿を乗せていく。そのたびに、セシルが感嘆の息をつく。
「お前、ホントに人間か?」
セシルが目をキラキラさせてロイを振り返る。
「ははは、最上級の褒め言葉だな。今まででそんな言葉をもらったのは初めてだぜ」
ロイは腕組みし、得意になる。
料理の置かれたところだけが、きらきらとオーラがかって見えるぐらいおいしそうな料理。
鳥の香草焼き。パイ包みのスープ。野菜と魚介類の寒天よせ、夏野菜の煮込みなどなど。そしてデザートにはフルーツのシロップ漬けに、ケーキ、そしてスイカ。ただのスイカではない。スイカの表面はナイフで切りだされた薔薇の絵でおおわれており、さながら花束になっている。
「まだまだあるぜ、待ってろよ」
「そんなに食えるかな…」
不安そうにセシルがつぶやく。
「大丈夫。奥様もいるし、侍女ちゃんたちも呼んじゃって6人で食べればすぐになくなるさ」
その言葉が終わるかいなや、きゃあと廊下で歓喜の声が上がる。セシルとレスターが驚いて見れば、匂いに誘われてきていたらしい侍女たちが、手を取り合って跳ねている。よっぽどうれしいみたいだ。
実際、何度かご馳走してもらってロイの料理の腕前を良く知っている彼女たちは、ダイニングをこそこそとのぞいては、はたして自身たちが呼ばれるか呼ばれないかと、どきどきとして待っていた。
「ほら、これで全部だ。オレは奥様呼んでくるから、お前ら食器の準備頼む」
「「はい、喜んで!」」
ロイはテーブルの上に残りの料理を運び終えると、侍女たちの肩を叩き部屋を出て行く。
そして、そうこうしているうちに、食事の準備が整った。
「うま…!」
セシルは料理を口に入れるなり、思わずと言った風に言う。
「ふふ、そうだろう。ちなみに、これはオレが丹精込めて育てたハーブで味付けしているんだぜ。後隠し味は…」
しかし、そんなロイの話など聞かず、セシルは夢中で、はむはむと鶏肉の香草焼きを食べている。
「はは、まあ元気になったことだし、いいとするか…」
ロイはあきれ気味にため息をついて、自身も席に着く。
「なあレスター、オレの説明聞いて…ってこっちも聞いていないや」
レスターもまた、黙々と咀嚼している。ユリナ達、他の面々もそうである。
「…」
頑張って工夫したのだから、食べるばかりではなくこだわりも聞いてほしい。
だから、オレ料理って好きだけど、嫌なんだよなあ。静かな食卓にロイはしょぼんとする。うますぎるというのも考え物らしい。
「げほっ!ごほっ」
飲み込むところを間違えて、セシルは盛大に咳込んだ。
「セシル、大丈夫かい?」
レスターはセシルの背をさすり、水の入ったコップを差し出す。
「落ち着いて食え。ったく」
ロイはあきれつつ見る。セシルはコップをあわてて受け取り、飲みほした。
「…けほっ、あんがと」
セシルは一息つくと、口元をナプキンでぬぐう。
「しっかしお前、ホントに料理上手だな。給料倍出すから、オレん家の料理人にならないか?」
「おことわりだ。そういう勧誘は何度も受けてるが、オレはこいつの従者だから」
「じゃあ給料、今の3倍は出すけど」
指を3本立てて、にやりとロイを見るセシル。しかし、ロイはすげなく言いかえす。
「だから、お断りだって。オレは一生こいつに仕えるって腹決めてんだ」
「じゃあ、5倍」
セシルが出した手を広げて見せる。
「うっ、ご、5倍…、いやそうじゃなくて!断る!」
「…迷うんだ…」
レスターはしれーっと横目でロイに視線を送った。
「違う!誤解すんな!今のは金に目がくらんだんじゃなくて!」
「じゃあ何に目がくらんだんだい?」
「それは金…じゃなくて、ええと…黄金のまぶしい輝きにというか」
やっぱり金じゃないか。レスターはじとーっとした目でロイを見る。まあ、そもそも、セシルは囚われの身なんだから、ロイが引きぬかれる心配などないが。
ふと、そう言えばこんなやり取り、昔もあったなあと、レスターは目を細める。
「そういえば、ロイ。お前、同じような事、よくイルマにも言われてたなあ。俺の従者辞めて城の料理人にならないかって。お金いくらでも出すから来いってイルマ喚きつづけて、最後にはよく引っかき合いの取っ組み合いになってたっけ?」
レスターは宙を見つめ、ぽわんとした表情を顔に浮かべる。
「なあ、ロイ。こいつ、変人…じゃなかった恋人の回想をよくする馬鹿なのか?だって、この間本紹介してもらった時、一冊一冊丁寧にイルマと読んだ時の思い出について聞かせてくれるんだぜ?それに、今回思い出しているのもあんま綺麗な思い出じゃないと思うけど、脳内花畑で完全に美化されちまってるみたいだし」
セシルはからかい半分、聞こえよがしにひそひそとロイに話しかける。
「……人には人の事情があんだろ。ほっときな」
だが、急に真面目な顔になったロイはそっぽを向いた。急な空気の変化に、セシルは「ん?」といぶかしんだが、まあいいやと2人ともほっておいて、おいしい料理に舌鼓を打ち始める。
「そう言えば、この香草焼きもイルマのお気に入りで…」
セシルやロイの様子などいざ知らず、レスターは一人浮かれた風に話し続けている。
「……」
そんなレスターをユリナは不安そうに眺めていた。
―不穏な影は、他人の事だからと放っておくと、そのうち大きな炎となって




