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8-⑥:なに呑気に寝てるんだ?

「たすかった、のか?」

 ロイが呆然とつぶやく。

「…みたい、ですね。」

 同じく床にへたり込んでいるノルンも、それに呆然としたまま答える。

「良かった…」

 さらに同じく床にへたり込みながらレスターは、ほっと息をつく。さっきまで生きた心地がしなかった。向うで何が起こったかはわからないが、赤い糸はノルンに触れる寸前に、勝手に消滅してくれた。もう大丈夫だろう。


「多分、魔法の発動中に、誰かが横やりを入れたんでしょう。セシルが生きていたか、その他が不意打ちを仕掛けたか。それか、ネズミの生命活動が停止したのか」

 ノルンは一息つくと、どっこいせと立ち上がった。レスターも後に続いて立ち上がる。


「なあ、ノルン。オレ、この任務降りたい…」

 ロイがノルンに泣き付く。ノルンも憔悴した目でそれをみて、しかし諦めたかのように前髪をかきあげた。

「…王命なのだからどうしようもないでしょう…?」

「…うう」

 ロイは袖で涙をぬぐうと、ぐすっと鼻を鳴らす。レスターも疲れに息をついた。



「…なに、休んでいるんですか」

 そんなロイとレスターに、突然ノルンはしゃきっとしろと言わんばかりに背を叩いた。

「今こそ、我々がこんな任務をさっさと終わらせられる絶好の機会ですよ」

「「……?」」

「混乱している今こそ、我々が動きやすいというものです」


 ノルンは、今から言う事を準備してくださいと言う。恐怖から解放されたばかりだというのに、なんでこいつはもう普段通りなんだろうとレスターはやれやれと思う。

 切り替えの早い従者に、レスターはついていけないと、心の中で弱音を吐いた。





「…にしても、改めてひでえ」

 辺りには瓦礫だらけ。離れだった場所は火の勢いは多少衰えたものの、絶賛火事の真っ最中。近衛兵たちは氷柱に貫かれて絶命し、地面に転がっている。

「………」

 セシルはそれをしばらく黙って見た後、そこから目をそらすと、無残な姿で倒れている侍女に目をやった。


「……」

 燃え盛る熱気の中で気がついたセシルが最初に見たのは、過去の自分の幻影だった。それを殺して消してやりたい一心で攻撃し、気がついたら関係のない侍女を殺してしまっていた。

 すまないと心の中で謝る。ただ、セシルはうらやましいと思ってしまう。

「お前は死ねて幸せだよ…」

 我に返って、自分がやらかした罪を自覚することもなく、逝けて。


「イテテ…あっそうだオレ、怪我してたんだ」

 せめて、上着を脱いで侍女の死体にかけてやろうと思ったところで、セシルは自身の体の痛みを思い出す。周りは死体だけだし、治療しても問題ないだろうと、セシルは座り込んで詠唱を始める。服はすすけてぼろぼろだし、綺麗に治し過ぎると不自然に思われるかもしれないから、ほどほどに直しておこう。


「…そう言えば」

 あっちの部屋はどうなったのだろうと思う。兄上は人に任せたから無事だろうけれど、近衛兵たちが今頃救助活動をしているだろうか。

 治療を終えると、セシルは立ち上がり本館の方へ向かった。



 先程までいた部屋に戻ると、やはり近衛兵たちと小間使いや侍女たちが、瓦礫をどけたりして救助活動をしていた。セシルは自分も加わろうと、足を踏み入れようとした時、

「セシル様!」

「ん?」

 自分を呼ぶ声に振り返ると、若い男だった。服装から医務官だと判断する。

「ラウル様が呼んでおられます!すぐに来てください!」


―まさか、容体が悪くなったのか?


 ただ事ではない雰囲気の男に、セシルは背筋が冷える心地がした。


「わかった!」

 走り出す医務官の後を追い、セシルも駆けだす。


 会合の場所から医務室までは、2つ上の階にあるがさほど遠くはない。だが、

「セシル様…?」

「大丈夫…」

 階段を上っていたセシルは、めまいがして手すりに寄りかかる。軽くはない怪我を治した反動か、セシルにとっては結構負担な道のりだった。


 医務官の男は、心配そうに肩を貸そうとする。好意に甘えてセシルが手を男の肩に回そうとした時…

「え…?」

 どん、と押される感覚の後に、浮遊感に襲われる。男が視界から消え、階段の上の天井と明り取りの窓が視界に入る。


―オレ、落ちる…?


 ヤバい、重力魔法を…と思ったところで、どんっと背中に衝撃を感じる。


―あれ…?


 思ったよりも早くて痛みのない落下にセシルは拍子抜け、体を起こせばいつの間にか見知らぬ場所にいた。


「は…?」

 辺りには医務官の男はおろか、誰もいない。不可解な現象に首をかしげながらも、セシルはこの場所を多分礼拝堂だよなと自信なさげに思う。なぜなら礼拝堂なんてもの、セシルは数えるぐらいしか入ったことがない。一応がつく多神教国家のリトミナ人によくあることだが、祭りと結婚式と葬式以外、宗教に無頓着なためである。


 そんなリトミナでも地域によれば宗教が盛んなところがあり、サーベルンに近い宗教都市メラコでは小高い山を信仰する宗教が盛んである。500年前、真昼に青白い無数の流星が降ったというその山は、神の奇跡が降りし山としてその日以来、その周辺に住んでいた人々の信仰の対象になったらしい。山に入ると、奇跡が起こるともたたりが起こるとも言われており、神職以外の者は立ち入れない禁足地である。


 だが、セシルは人様には言えないとある事情でその山に登ったことがある。そして、その直前に、ふもとの礼拝堂(こちらは一般に開放されているから問題はないのだが)に入ったことがあった。その時の建物の内部と雰囲気がよく似ているから礼拝堂だとは思うのだが、こんな建築様式ではなかったような気がするから別の宗教の礼拝堂だと思う。



「ん…?」

 ふと、くらりと視界が回る。


―無茶しすぎたかな…


 そう思いつつ周りを見れば、お香を焚いてあるのかふよふよと白い煙が漂っていて、甘い香りがする。甘い、甘すぎるを通りこして、甘ったるい香り。戦闘で疲れている頭には刺激が強すぎる。酔ったようになり、セシルは立ち上がろうとして、できずに再び床に倒れ込んだ。


「……」

―眠い


 いや、寝ている場合ではない。この訳の分からない状況を確認しないと。それに兄上が。


 セシルは閉じてしまったまぶたをこじ開けようとする。しかし、上がらない。


「……」

―駄目だ眠い。もういいや、寝てしまえ


 何か大事なことを忘れてしまった気がするのだが、思い出そうにも思い出せないほど、セシルの思考回路は睡魔に麻痺してしまっていた。


「……」

 そして、セシルはあっけなく意識を手放した。

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