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7-④:野暮用に行ってください。

 どこかの山の洞窟の中。マンジュリカは、目の前に置かれた肉塊に、壺一杯に入っていた水色の粉末をぶっかけた。術式を唱えると、粉末が淡く発光しだし、やがて肉の内部に浸透して内側から光始める。肉が急激に増殖仕始め、目的の形をとっていく。赤黒い肉の塊が立ち上がった時、しかしそれは急にばたりと地面に伏し、ぐしょぐしょと溶けていった。


『また失敗しちゃったね』

 子供のような声音があり得ない人物から発せられるのにも、マンジュリカは今更驚かなかった。

『……』

 マンジュリカは、溶けた肉を前にため息をついた。


『『麻薬』のおかげで吸収魔法なんかなくても、魔力は有り余るほど手に入るってのに。マンジュリカって原子魔法下手なんだね』

『……文句あるなら、あなたがやってくれてもいいのよ。役立たず』


 マンジュリカはぎろりと睨むが、彼女が本気で逆らえる立場にないことを知っている女は、気にした風なく液状になった肉に近寄りしゃがみこんだ。

『可哀想に、兄さんたちが無駄になっちゃったよ』

 女は残念そうに、しかしどこか楽しんだ風で元魔物であったそれを手で掬い取る。そして、手を血まみれにしながら、こねて遊び始めた。マンジュリカはそんな彼女に得体の知れなさを感じる。


『やっぱり、あの子が必要なんだね。だけど、あんまり早く連れてきちゃうと、面白くないからなあ。マンジュリカは早く欲しいみたいだけど、ボクはさ』

 40を過ぎた副魔術師長は、飽きたとでもいったように肉をべちゃっと地面に投げると、そばにあった中身の入った壺を取り胸に抱いた。

『引っ掻き回された人間たちの、色とりどりな表情をもっと楽しみたいんだもの。奴らにもっと、ボクにしてくれたことの恩返しをしなきゃ。あ、倍返しか。まあ、マンジュリカが早く連れてきてくれても、その時はありがたく使わせてもらうけどね』


 副魔術師長は岩のでっぱりを椅子代わりにひょいっと座る。壺の中身を匙ですくい、ぱくりと口に入れる。

『う~ん、いつ食べても変な味』

『むやみやたらに食べないでよ。術式がかかっているのを間違って食べたらどうするの』

 マンジュリカに睨まれると、副魔術師長は『はあい』と素直に返事する。そして、子供のようにつまらなさそうに口をとがらせ、かわるがわるに足を浮かせていた。


『ねえ、マンジュリカ。今度の遊ぶのはいつ?』

『無理言わないで。あなたがこれをやらせたせいで、後1ヶ月は魔法が使えないわ』

『だったら、ドーピングすればいいじゃない』

 副魔術師長はおえっと手のひらに何か吐き出した。それは重力魔法で小さく小さく丸めてまとめた、暗褐色の魔物の肉だった。後20体分はある。


『嫌がらせ?それ飲んでも私には効果はないって知ってるじゃない』

『え~知らなかったしい』

『嘘おっしゃい』というと、副魔術師長は口をとがらせ肉を胃に仕舞い込む。


 マンジュリカはいらいらとする。よんどころない事情で奴と契約関係を結び共にいるものの、基本別行動だ。奴はマンジュリカに契約履行以外のことは命令しない。それは良い。但し、マンジュリカがやることに口出しも手だしもしない代わり、手伝いもしない。気が向いた時は手伝う事もあるが、今まで数回程度しかない。


 そんなマンジュリカの様子に気づいた風なく、副魔術師長は上を向き後ろの岩に頭をぶつける。

『ねえ、マンジュリカ。やっぱ、この体ボクに合わないや。今度魔法使ったらすぐ壊れちゃう。前の女の方が相性良かったなー』

『じゃあ大事にすればよかったのよ。2.3匹で十分なのに、ご丁寧に山で追い込み漁やってるからよ。セレスティンにまで会ったらしいじゃないの、どうせそこでまた魔法使ったんでしょ』

『2.3匹だったらマンジュリカが失敗したら終わりじゃん。もう100匹以上失敗してるくせに』

『……』

 マンジュリカはぎりりと拳を握る。


『それに元々あの体もうそろそろ限界だったし。確かに、あいつ強かったからちょっと本気出しちゃって、壊れちゃったけどさ』

 悪びれることもなく副魔術師長は言う。しかし、彼女の中身は、副魔術師長ではない。前の『器』―ジュリエの女―を失った中身が、次の『器』とした肉体が副魔術師長だっただけである。


―せっかくいい助手を持ったと思ったのに


 マンジュリカは思う。そこそこ強力な魔法が使えるものの、メイやセシルほど天賦の才能的なセンスがなかったことで、微妙な次期魔術師長として扱われていた彼女。セシルが魔術師長になるまでの中継ぎとまで言われていた。マンジュリカは、彼女のそんな鬱屈した感情を利用し、取り込み操ったのだ。元々武闘会の事件を起こすためだけに利用するつもりだったが、他に操った魔術師庁の魔術師たちとは違い、処分するにはちともったいない女だった。だから、事件の後は操ったまま助手扱いしていた。

 が、結局、野暮用から奴が戻ってくるなり、勝手にとり憑いてしまったため、今や処分したのと同じだ。


―やっぱりセレスティンの肉体狙いね…


 マンジュリカは忌々しく思う。二人の目的の中にいくつか一致するものはあるが、そのうちの一つはセシルを手に入れること。マンジュリカにとっての大きな理由は執着であったが、奴はその体を利用したいからである。言い訳に、奴はセシルに原子魔法を使わせるために欲しいと言っている。奴は本当の狙いが、マンジュリカにばれていることに気づいているだろう。しかし、マンジュリカにその目論見が妨害される心配など、奴は全くしていなかった。

 それでも、マンジュリカが従うしかないのは、契約上、相手が圧倒的優位の立場にいるからである。


 マンジュリカはセレスティンを渡してたまるものかと思う。しかし、自由に動けない身の上だ。


―何とかして、出し抜かないと


 マンジュリカは視線を、奴が食べている粉末に向ける。それには、奴の留守中にマンジュリカが考えうる限り考えた、奴を支配下に置くための精神操作の術式を込めてある。あえて食べるのを心配したのは、それをカモフラージュするためであった。奴はまったく気づいていない。しかし、何の変化も見せない。これも駄目なようだ。


―はあ…


 しばらくの間は、従いつづけるしかなさそうだ。さっさとセシルを手に入れて彼女の力を借りて奴を支配下に置くことを望んでいるが、度々の奴との契約の履行で体に負担がかかりそれどころじゃない時もある。いつになることやら。それに、もしかしたらセレスティンですら手に負えないかもしれない。マンジュリカは、ため息をつかざるを得なかった。


―また、どこかへ野暮用にでも行ってくれないかしら

 傍にいるだけで、イライラがたまる。


『じゃあ、ボクはちょっとまたヤボヨーに行くね』

『…っ』

 心を読んだかのような発言に、マンジュリカはぎくりとする。

『あ、あらそう。今度はどこへ行くのかしら?』

 平静を装ったつもりだが、声が震えてしまった。

『ちょっと、久々にお城にね。素材集めついでに、ちょっとお邪魔してくるの。…馬鹿が何やらアホな計画立ててるんだけど、ついでがてら邪魔したら今後はどうなるかな~って面白そうだから行ってくるね…っていうか、どーしたのマンジュリカ。びくついちゃって』

 副魔術師長は、ぴょこんと座っていた石から飛び降りると、にやにやとしながらマンジュリカへ近づく。

 奴は覗き込むようにしてマンジュリカの表情をうかがった。


『え、何のことかしら?』

 うそぶくマンジュリカに、しかし奴は気にした風もなく持っていた瓶を押し付ける。そして、奴は壁に立てかけてあった弓矢を背に背負った。


『にしても、弓なんて久しぶりに使うな~。よく狩りをしていたから自信あるけどさ、最近全く使ってないから腕が落ちてなきゃいいな』

 副魔術師長はスキップしながら入口へ向かう。やっと出かけてくれるのか。しかし、そんなマンジュリカの心を読んだかのように振り返ったので、マンジュリカは慌てて姿勢を正した。


『あっ、そうだマンジュリカ。これが終わったら、手伝ってあげる』

『は?』


 マンジュリカは話についていけず、ぽかんと口を開ける。


『まかせっきりはさすがに悪いかな~って思ったから。今度、ボクの『器』づくり手伝ってあげるよ。ボクの分だけじゃなくて、マンジュリカの分も。『焼き物』の体じゃさすがに原子魔法は無理かな~って』

『あんた、まさか最初からそれを知ってて、私にやらせてたの?』

『だって、必死になって成功させようとしてる顔が面白かったからさ~。それに、もっといい素材の目星もついたし。じゃ、そう言う事で、じゃあね~♡』


 反省の風も全くなく、奴は手をふり駆けていく。その後ろ姿が消えたのを何度も確認すると、マンジュリカはどっはーと息をついた。

『まったく、やってらんないわ。こんな生活』

 マンジュリカは長い髪をかきあげ、視線を培養液に漬けられていたカーターの母親に向けた。

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