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7-②:人生は不測の事態だらけ。

 2人は馬に乗り、街のはずれの、別荘がある小高い丘にまでやってきた。上ってきたばかりの日差しが、やわらかに頬を温めてくれる。さわやかな空気をすうとレスターは馬から降り、草原に降り立つ。


「レスター、こちらにいらっしゃい」

 先に自分の馬から降りていた母が、いつものお気に入りの場所に座り、隣の地面をたたき促す。レスターが馬を離すと、馬は待っていたかのように草をはみだした。


「…いい天気ですね」

「本当、すがすがしいわね」

 母の横顔を見ながら、レスターは座る。


 美人でもないが器量が悪いわけでもない、普通の顔立ち。レスターのこれといった特徴のない顔は、母譲りであった。なかなかの美丈夫だったレスターの父が、もっと顔も条件も良い縁談があった中、何故彼女を妻にしたのかわからないと当時の人はよく言っていたそうだ。その事実はレスターの父が母に惚れて猛烈アタックをしたからなのだが、どこに惚れたのだろうと常にレスターは不思議に思っている。


『もっと、父に似ていれば…』

 地味にならずに済んだかもしれない。母は父によく似ていると言うが、赤毛と目元以外似ている気がしない。


「ねえ、レスター?」

「はい!」

 もしかして顔について色々と思っていることを見透かされてしまったか?思わずどぎまぎするレスターに、母は何も気障ったことは無さそうに、にこりという。


「いい縁談はありそう?」

「……」


 ついに母まで言いだした。今までレスターの結婚には不干渉だった母だが、ついにやきもきし始めたのかもしれない。レスターは家にも居場所がなくなると思い、頭が痛みだす。


「美人というよりは可愛らしいお嫁さんが欲しいわ。だって、女の人って綺麗すぎるとだいたい傲慢になるでしょう?私はこんな顔だから、逆にお嫁さんからいじめられてしまうわ。だから、ちっちゃくて愛くるしい感じの女の子がいいわ。そりゃあ可愛いだけじゃラングシェリン家当主の嫁として務まらないからちゃんと鍛えてあげますけれど、可愛い服を着せたりして可愛がってあげたいの。だって私、娘がいなかったから服を選んであげるとか、できなかったもの」


 にこにこにこと希望を語る母に、まるで子猫や子犬をもらうようなノリだなあとレスターは思う。


「孫ができたら抱いてあやしてあげるの。できたら、最初は女の子がいいわ。お嫁さん似の」

「……そうですね」


 レスターは静かに頷いた。そんなものできっこないと思いながら。


 すると、そんなレスターに気づいたのか、レスターの母は話すのをやめた。

 小さく吐息をはき、微笑をたたえた顔をレスターに向ける。


「…真面目な話を言うとね、レスター」

 もしかしたら、今日散歩に連れ出したのは、俺に縁談を飲む決意をさせようとしてのことだったのかもしれない。レスターは次の言葉を身構えて待った。

「イルマ様のこと、別にずっと思っていたっていいのよ」

「…へ?」

 きつい言葉を予期していたレスターは、間の抜けた返事を返す。


「縁談なんて、全部蹴っちゃいなさい」

「え、ええ…?!」

 レスターは驚きの声をあげる。


「母上は言わないんですか…?イルマはきっと俺が幸せになることを願ってるだろうって」

 母の意図がわからず戸惑った後、レスターは思い切ったように言う。皆が思っているだろうことを。しかし、母はいいえと首をふる。


「死んだ人はきっとこう思っていると言うのは、生きている人間の想像でしかない。私はそんなことは言わないわよ」

「だけど、母上だって本当は、跡継ぎのことで心配しているんじゃ…」

「正直どうでもいいわ。それより、無理に結婚してあなたが不幸せになる方が心配よ。ラングシェリン家だって特別な魔法は使えなくなっても、養子を取ったら存続はするのだし。それも嫌ならこの代で終わりにしたっていいのよ?そりゃあ周りは許さないかもしれないけれど、粘っていればそのうちあきらめてくれるかもしれないし、あなたの心意気次第よ」


 母は、レスターに挑戦を促すような視線を送る。レスターは、縛られていた心が解き放たれるかのように、緩んで広がるのを感じた。


「他の人はイルマ様との過去に固執しすぎているというけれど、私から見れば生活に支障があるわけでもないし。そりゃ昔は大変だったけれど…今では、ノルンやロイ達と一緒に居て楽しく過ごしているじゃない?」


 レスターはほっと息をつく。心の重荷が取れたかのような気分。しかし、母はそんなレスターに微笑んで…しかし、少し懸念の色を浮かべた。


「でもね、心配が一つだけあるの」

 少し不安な気持ちに駆られ、レスターが身を少し乗り出した。次の言葉に、今更前言を全部取り消されるような気がして。


「もし今後あなたの前に本気で大切にしたいと思う人が現れた時に、イルマ様への思いがその人への思いの足枷になってしまうのではないかと」

 この馬鹿真面目な息子は過去に囚われるあまり、自身の中に芽生えたその人への思いにも気づかないだろう。そして、その人をないがしろにし…失った後で我に返ってまた傷つき、後悔するのではないかと。


 先を見据え息子を思っている母の気持ちなど知らず、レスターは思う。


 そんな人、現れるわけがない。


「大丈夫ですよ」

 レスターは自信を持って答える。そんなレスターを、母は不安に思う。

「でもね、わからないものなのよ…人生って、思いもかけないことが起こるものなのだから」


 例え思いもかけないことがあっても、俺はイルマを愛し続ける。

 レスターにはその自信があった。

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