6-②:お仕事は計画立ててから。(★挿絵あり)
「ふう」
道のない森の中を駆けてきたので足の裏が痛い。とばっちりを食わなくてよかったと安堵のため息をつきつつ、セシルはそばにあった木に寄りかかる。
「お、クマの爪痕だ」
ふと見れば、幹のセシルの身長の二倍はありそうな場所に、縄張りを示すためだろう、熊にえぐられた爪痕があった。
「でけえなあ、食べごたえがありそう」
セシルはつばを飲み込む。けど、先程からお目にかかっているのは、魔物どもの食事の後と思われる血の跡、そして誰かたき火でもしたかのようにすすけた地面と、鎌鼬にでもあったのか枝や幹が切られている木々ばかりで。こんな森でたき火するチャレンジャーなんているわけないし、鎌鼬なんて早々発生するものじゃない。何度か領主の兵も討伐に乗り込んだらしいので、その魔法使用の後だと思う。
「とりあえず、ほとぼりが覚めた頃にカイゼルのとこへ戻ろ。それまでここいらで暇つぶし……へ?」
歩きだそうと踏みだした足の裏に、じゃりっという感触が走った。セシルがその足を上げると、地面には踏みつぶされた魔物のう○こが…
「最悪!」
セシルはばっちいと、綺麗な地面に足を擦り付ける。でもまあ、踏んだのが犬じゃなくて、魔物のう○こで良かったかもしれない。
―魔物のう○こって変わってるからなあ
魔物のう○こは水色の砂利の塊みたいな物なのだ。水でガラス質の砂利を練って、う○この形にしただけのものみたいな。匂いは何もしないし、触っても(セシルは触ったこともないし、触りたくもないが)ばらばらと崩れていくだけ。ただ、形だけは立派なう○こなので、気分と精神衛生的にはよろしくない。セシルはずうんと落ち込んだ。
「……ん?」
しばらく落ち込んでいたセシルは、ふと顔をあげる。どこからか水の流れる音がする。
「水でも飲んで、気分を変えよ…」
セシルは地図を広げ、大体自分がいる位置を把握する。もう少し行ったところに沢があるようだった。
土地に詳しい案内人がいれば、いちいちこんな地図を見る手間もいらないんだけど。それに、森を見まわるのに、こんなに時間を食うこともなかった。
森に向かう際、村の自警団の者が案内役になると申し出をしてくれたのだが、カイゼルが『魔物との戦いに巻き込まれては危険ですから、我々にお任せください (内心:セシルの馬鹿の魔法に巻き込まれて、怪我でもさせれば責任問題になりかねない)』と断り、地図だけもらったのだ。セシルはカイゼルの内心を理解し少々むっとしたが、現実問題、お荷物がいない方が暴れやすいからありがたい。
急斜面を木を支えにしながら山肌を降りていくと、開けたところに出た。そこには地図の通り沢があった。きれいな水が音を立てている。
やっぱり人間は水だよな。水なかったら終わりだし。
セシルはそう思いながら、水際の丁度いい岩場にしゃがむ。そして、手で水をすくい飲んだ。
「あ~うまい、生き返る」
水筒は持ってきているが、やっぱり天然水最高。不純物が少ないし、ミネラルあるし、体にピースだ。
セシルは靴と足袋を脱ぐと、下履きの裾をたくし上げて足を水につけた。
「ひゃあ~、気持ちいい」
セシルはうれしくて、ばしゃばしゃと足をばたつかせる。今は夏だが、ここは標高が高くて涼しいから天国だ。王都なら、水浴びするにしてもこんなに冷たいお水にお目にかかれない。
「夏の間だけでもいいから、ずっとここに住んでたいなあ」
セシルにとって、王都の夏は地獄だった。サアラは毎日暑い暑い言うセシルに首をかしげる。ちなみに、兄上も同じで、毎日仕事から、汗をだらだらこぼし半分死にそうになりながら帰ってくる。
夏の訓練中に「日差しに焼き殺される」とへろへろになって言えば、涼しい顔をしたカイゼルに「はあ?」と言われる。たぶん北国の遺伝が強い体だから、暑く感じるのだろうと思う。それに、夏は短いとはいえこんなに色の薄い肌で、あんな日差しを毎日浴びてたら皮膚ガンになりかねない。
ばしゃばしゃしてるのも飽きたので、セシルは少し水の中を歩くことにした。服がぬれないように気を付けつつ、そっと進む。足の下にある砂利がいい刺激になって気持ちいい。しばらく歩き回るが、これまた飽きてしまった。
「クマはあきらめて、せめて魚とか居ないかな」
セシルは腕をまくり、水の中に目を凝らす。無色透明の水をたたえた沢は、底にたまる砂粒まで見通せる。
「う~ん、いないっぽいなあ」
しばらくじいっと見つめていたが、魚どころか沢蟹も何もいない。もしかして魔物はここまで食い尽くすものなのかな。半分あきらめつつ、手で砂をかき混ぜる。濁った水が立ち上がるが、流れですぐに搔き消えていく。
「貝とか山中にいんのかな」
砂を両手でつかみあげ、手のひらの上でこすってみる。貝などいない。
「…はあ…」
セシルは諦めたかのように両手をじゃぼんと水につける。さらさらと手の間から砂が水中にこぼれていく。もう遊べるものは何もない。さっきのずっとここに住みたい宣言の取り消しをしようと思う。やっぱり街万歳。
昔に旅行で来た村だから、懐かしくてはしゃいでいた気分もあったが、娯楽を必要としない子供の時とはもう違う。仕事とはいえ、こんな辺境はごめんだ。前にカイゼルに言った言葉が、今更自身にブーメランになって返ってきた気がする。
とにかくさっさと魔物を討伐して今日にでも帰りたい。しかし、このまま魔物が現れてくれなかったら、念のためと任務期間である後1週間を満了するまでとどめ置かれる可能性がある。
「さっさと帰るためにも、あの最終手段を使うか?」
「おい、セシル。探したぞ」
その声に振り返れば沢の上の斜面から手を振るカイゼル…と顔をぼこぼこにされたヘルクがいた。
「どこ行ったんだと思ったぞ。まったく」
上から降りてくるなり、カイゼルは水辺に上がったセシルの頭をはたく。
「いいじゃん、そっちはお取込み中だったんだし」
「お取込み中とか、そんなヤワなもんじゃなかったけどな」
ヘルクが口から血の混じった唾を吐き、恨めしそうにセシルを見る。
「とりあえず、今日は出そうにないし、もう帰ろう。後1週間もあるんだから大丈夫だ」
その言葉にセシルは内心『田舎もうやだ。大丈夫じゃない』と思う。だけどそれを言えば、前の自身の言葉に盛大につっこまれそうな気がする。
「なあ、カイゼル、今元気?調子はどう?」
「……?急にどうした改まって」
セシルはけげんな顔をしたカイゼルから視線をヘルクに移すと、「こいつはいつも元気だから大丈夫だな」と勝手に頷いて視線を元に戻す。
「おい、セス!!俺今、怪我人なんですけど!!」
「なんで聞いてくれねえんだよ」と叫ぶヘルクをほっておいて、セシルは身なりを整える。そして、まあ2人とも元気なら大丈夫だろうと、
魔法を発動させた。
セシルは森中の大気中、木々、大地から、魔力をいただく。セシルは、動物以外の魔力は消化吸収できないというまるっきり肉食獣の魔物とは違い、そうしたものからも魔力を奪えた。
広範囲すぎて細かな指定はできないものの、そうして森中の魔力を見境なく減少させれば、この森の中に魔物がいればその魔力も吸収し腹ペコにさせることができる。そして、腹が減った魔物は、習性上魔力―餌の匂い―の濃度の濃い所へ集まる。もちろん、その餌の匂いをぷんぷん発することになるのは、吸収して膨大な魔力を持ったセシルなわけで。
「おい、セシル!お前、それは!」
セシルがやろうとしていたことに気づいたカイゼルは、慌てて止めようと手を伸ばす。
「だーいじょうぶだって、ちょいちょいづつしか吸収してねえから。3日もすりゃ森も元通りだろ」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
事前に作戦も立てずにこういうことをすると、何が起こるか分からないから焦っているのである。そして、カイゼルの見てる前で、森の木々や草の色が変色しだす。土が乾き痩せ始める。
「これのどこがちょいちょいだよ?!」
ヘルクが突っ込む。魔法を終えたセシルは「あー…」と目をそらして頭をかいた。
「ごめん訂正。詠唱省いたからかな、調節ミスった。5日もすりゃ元通りかな、いや1ヶ月?」
けへっと首をかしげるセシル。
「このバカ…!」
村の人にとって、森は薪や工芸品の材料など、生活の糧を得る大切な場所だ。後で村の人にどう説明すればいいのだ。頭を悩ませたカイゼルがもう一発セシルの頭を殴ろうとしたとき、
「……!」
静まり返っていたはずの森が、小刻みに揺れ始めた。
「おい…これ」
見る見るうちに、ヘルクの顔が青ざめていった。
「これ、1匹どころじゃねえぞ…セスお前、何匹呼び寄せたんだ」
「何匹って、オレ、ただの寄せ餌だし?そんな調整できっかよ」
セシルはハハハと力なく笑って目をそらす。
「10匹じゃね?うんきっとそのはず「んなわけあるか!」
カイゼルは叫ぶ。
「だってあんなに静かだったんだし、こんなにいるとは思ってなかったもん」
セシルの意地になった反論に、カイゼルはあきれ半分ド怒り半分の息を一つつく。
「とにかく、カイ、どうすんだ!?」
ヘルクの悲鳴まじりの叫び。カイゼルは仕方ないともう一度息をつくと、顔をきっとあげた。
「こんな谷底にいたら袋の鼠だ。さっさと開けたところに出るぞ。急げ!」
「「了解!」」
セシル達は慌てて沢から脱出し、元来た道を走って引き返す。
「さっきの山小屋のあたりなら木も少ないから迎え撃ちやすい。急げ!」
ドドドドという地響きが近づいてくる。
「ったく、余計なことしやがって」
カイゼルは忌々しげに舌打ちする。
「ごめんって。それにしても、こんだけ隠れてたのに気配すらないなんて」
「とにかく、こんだけ呼んでおいて取り逃がしたりしたら、村に被害が広がる。お前らしっかり頼むぞ!特にセシル!」
「はいはい分かってるよ!」
山小屋の前にある小さな広場で、セシルたちはお互いの背を守りながら立つ。耳障りな獣の声がかなり傍まで近づいてきている。一同が警戒を一際強めた頃、木々の間の暗闇に黒い影が見えた。
「来た!」
―がるるる!
カイゼルが叫ぶやいなや、先頭切っていたオオカミ型の魔物が森の暗闇からとびだした。普通のオオカミの一回り大きいそれは、他の2名など目もくれず、セシルめがけて駆け出す。
「ばーか」
セシルはすかさず、オオカミの足元に魔法陣を張る。即座にかけられた過重力に地面にたたきつけられるが早いか、押しつぶされただの血まみれの毛皮と化す。
「ほいほいほいほい、さっさと死んで」
次々に飛び掛かってくるオオカミを、すかさず、そしてテンポよくつぶしていく。一度に10匹20匹でとびかかってくるのにもかかわらずだ。戦闘開始後3分ほどで、周囲には死体の小山ができ始めていた。
「やっぱすげえな、セスは」
セシルの背を狙う熊型の魔物を切り捨て、ヘルクは顔の返り血を腕でぬぐう。
「おいヘルク!」
「ひい!」
余裕をかましていたヘルクは、カイゼルの咎めに我に返る。鳥型の魔物が空から急降下してきた。セシルが相手にならないと判断したらしいその獣は、ヘルク達に照準を当てたらしい。頭を狙って来たそれをヘルクはすんでのところで避けると、首に剣を深く突き立てる。
「空からとか、卑怯だぞ」
ヘルクは鳥の死体を蹴りとばすと、剣を空に振るう。無数に生み出された氷柱が鳥たちを貫く。ぼとぼとと落ちていき、浄化は完了…
「おわ!」
空ばかり見ていたヘルクの喉元にオオカミがとびかかってきた。すんでのところでカイゼルが魔法を飛ばして当てたため、遅くなったオオカミをヘルクは切り捨てる。
「ぼさっとすんな!」
ぼさっとしようとして、したつもりはない。しかし、屁理屈をこねる暇もなかったのでヘルクは素直に頷く。
そうこうしているうちに、早いもので襲い掛かってくる獣の数も少なくなってくる。
最後の一匹となったオオカミが背を向けて逃げ出したのを、取りこぼさないようヘルクが氷柱で貫いた。
「ふう~これで任務完了」
「やった~これで王都に帰れる」
気配がなくなったのを確認し、セシルとヘルクは背中合わせで座り込む。
「おいお前ら、何さっそく休んでんだ。まだ、取り残しがいないかの確認と、死体の片づけが残ってるぞ」
「「ええ~、めんどくさい」」
「いいからさっさとやる!」
カイゼルが二人の首根っこをつかみ立たせる。
「死体の片づけなんて、こんだけ多かったら夜になるぞ、カイ」
その言葉にカイゼルが空を見れば日はだいぶ傾いていた。早めの昼を食べて出てきたのだが、何分地図を見ながら歩くのに時間がかかり過ぎたから仕方がない。
「よし、死体の片づけは、明日にでも村人に手伝ってもらうか…よし、じゃあセシル…ってお前何してる」
「え~」と気の抜けた返事が返ってくる。セシルはつんつんと熊の魔物の死体をつついていた。
「これでもクマの味がするかな~って思ってただけ」
魔物は大抵、何らかの動物の形をしたものだ。たぶん、進化の過程で枝分かれしたものなのだろうと思う。ヒツジや馬などの草食獣型の魔物もいるが、もちろん肉食獣化していて草など食べない。たまに、顔はオオカミで胴体は馬など、色々混ざったような訳の分からないものもいるがそういうのはまれだ。ただ、いくら似ているとはいえ、目が三つあったり、角が訳の分からないところから生えていたりと気味悪い。
とはいえ、魔物は食べられない訳ではない。ただ、普通の人間なら100グラムぐらい食べたところで、肉が保有する魔力の多さに人体が耐えきれずに死ぬらしい。加工して粉末にし魔術師のドーピング剤代わりに使うこともあるが、何度も多用すれば肉体は疲弊し精神も錯乱して、最後には発狂して死ぬそうだ。
どっこいしょと立ち上がると、セシルは熊の腕に剣をふるった。切断されて転がったそれを拾い、勇気をもってがぶりと肉をかじる。熊の味がすることを祈りつつ。
「セス…?!」
突拍子ないセシルの行動に、驚愕するヘルク。
「…うっ」
セシルはえづく。熊の味がするどころか、その前に舌が腐る。おえっと、唾液と共に吐き出す。
「お前、何してんだ…いくら熊食いたかったからって、こんなの食ったら腹壊すぞ。ってか死ぬぞ」
ヘルクはセシルの無謀ぶりに呆れる。
「…お前、どこまで食意地はってんだ…」
カイゼルもあきれる。
「…口に入れて味を確認しただけだし。しっかし、噂通り、ホントに激マズ…クマの味なんかまったくしねえ」
セシルはぺっぺと唾を吐きながら、ぽいと熊の腕を放る。
「ったく、あんだけ呼び寄せやがって、もし失敗したらと考えただけでぞっとする」
「ホントホント!やり過ぎって言葉を頭に入れた方がいいぜ、セス」
2人から責められ、セシルはむうっと口をとがらせる。
「呼び寄せたって言うけど、オレがあぶり出したって方が正しくね?あんだけいたのに出てこないし、もし気づかず帰ってたら大変なことになってたんだし結果オーライじゃん?」
「そうだな、あんだけいたのに気配すらなかったんだよな…」
カイゼルが考えこむ。セシルも気づく。
熊も何もいない飢餓状態の森の中にいて、だから森に近づく人間や村を襲おうとしていたはずなのに、オレ達が歩いていても気配すら隠して息をひそめていた。そう言えば、「騎士様達が到着する少し前ぐらいから、さっきはちょっと騒いでましたけど、ずっと静かなままなんですよ」と、今日の出発前に村の衆が首をかしげていた。
「もしかして、オレの近づく気配と殺気が、1キロ先からでもぷんぷんして怖気づいたとか」
オレ強いもんなと拳を握ってみせるセシルに、カイゼルはあきれのため息をつく。
「…あり得ねえだろ。2年前の魔物討伐の時、腕はぐはぐされた奴に怖気づくとか」
「…だな」
2年前の別の町での任務の際、油断していたセシルは背後から襲いかかられ、あわや腕一本なくなるところだった。セシルはむすっと膨れるが、あっさりと認める。
「とにかく、今は残りがいないか周囲を見まわろう。山は日が暮れるのが早いから、急ごう」
「「はーい」」
セシルとヘルクは軽い返事を返し、カイゼルに続いた。
挿絵を描いていただきました!描いていただいたのは、みてみんで活動されておられる夜風リンドウ様(https://6886.mitemin.net/)です!