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6-①:やる気スイッチ→どこにもない

―どこかな~?わからないよ~


 月明かりの下、澄んだつぶやきが夜の森にこだまする。


―みんなひどいよ~?ボクを置いていくなんて


 そのからかうような調子を含んだ声に、息をひそめていた獣たちは恐怖に呼吸すら止めた。

 くすくすと無邪気に笑う声が響く。次の瞬間、断末魔すらあげられず一匹の獣が地面に転がった。


―隠れるなんて悪い子だね


 女は血の付いた口の端をなめた。その脇を、恐怖のあまり隠れていられなくなった獣が駆け抜ける。しかし、一瞬後には血塗れたぼろ雑巾になっていた。


―お馬鹿さんだねえ。ボク、この森でのかくれんぼなら、負けたことがないんだから


 女が手をふるうと、青白い光が走る。どさどさと連続して獣が地面に倒れる音がした。





**********


「あ~ひま、ヒマ」

 カイゼルの後ろを歩いていたセシルは、丁度あった座れそうな石に腰を下ろした。


「おいセシル、立て。ヒマヒマ言ってないでちゃんと警戒しろ」

 カイゼルは立ち止まり、セシルの頭をはたく。セシルはぶうと口をとがらせた。

「だって、さっきから探してるけど、魔物どころか何もいないじゃん。もうとっくにこの森出てったんじゃね?」

「そうだよ、カイ~。それに、ちょっとくらい休んだって罰当たんないと思うよ。俺ももう疲れた~」

 セシルの後をついてきていたヘルクが、どっこいしょとセシルの横に座る。


「…お前ら、ホントにやる気あんのか?」

 カイゼルはぐぐぐと拳を握りこむ。

「やる気はあるけど、今はやる気スイッチオフになってるの~」

「そゆこと~オンになるまで時間かかるから、後はカイ一人でよろしく♡」

 ハートマークを語尾に付け、ヘルクがうふんと首をかしげる。

「て、め、え、ら」

 カイゼルの脳内でぶちりと血管が切れる音がひびく。




 セシル達が今いるのは、リザントの北部の山脈のふもとに広がる森。彼らは獣道や道なき道をかき分けつつその中を進んでいた。


「…うう~、何も本気で殴らなくても」

「俺も同感」


 まだいらついているのか、足音がどすどすとうるさいカイゼルの後を、セシルとヘルクはたんこぶの出来た頭をさすさすしながらついていく。


「それにしても4時間も歩き回ってるのに、魔物どころかクマ一匹出くわさねえ。魔物が取りこぼした分、ついでに狩ろうと思ってたのに」

 森には熊どころか、鳥一匹いない。生きている物の気配が全く消えた森を歩きながら、セシルはわざわざ熊料理用に用意した調味料や香草が無駄になることにため息をついた。


「魔物に占拠された森でクマが生き残ってるわけねえって言っただろ。ったくセシルは食欲ばっかのお子ちゃまでいいなあ。こっちはこんな偏狭なとこに派遣されて、会うのは田舎くさい女かおばはんばっかで。地獄だぜ」

 ヘルクはさっさと帰って、遊びてえとぼやく。


「おまえら、ホントに騎士やる気あんのか…」

 カイゼルは額に青筋を浮かべ、後ろのやる気なさすぎ組をぎろりと睨みつけた。



 あの事件から、2か月半がたった。セシルの体も癒え、団長は体の感覚を取り戻しがてら、ちょっとした任務をこなすよう―元派遣予定地だったリザントの、ハーデル村の森に、魔物の群れが住み着いてしまったから退治してこいと―、カイゼルらと共に派遣されたのだ。昨日着いたばかりで今日早速討伐に出たのだが、こんな調子だ。


 魔物とは生命活動の維持のために、生命体を襲いその魔力を食らう獣である(後、肉も栄養として必要らしく食べるので肉食獣にかわりはないが)。主に山や森林に生息し、王都など市街地ではめったにお目にかかることは無い。但し、こういった山間部の村などでは、人間を襲いに来ることがあるため、人々の生活の憂慮の1つである。


 こういった事態は地方を治める者たちが対応するべきことなので、今回も最初はそうやって対応していたらしい。しかし、普通は拡散して生息しているはずの魔物が、なぜかその村の森という一カ所に1月程前から集まりだしたという異常な事態。それに加えあまりに数が多すぎて村への侵入を防ぐだけでぎりぎりで、手に負えなくなった領主が中央に助けを求めたため、王都の騎士の派遣が決められたのだ。


 ただ、マンジュリカ騒動で人員が割けないため、魔物相手ならセシル一匹+αで事足りるどころか余りあるという団長の判断で(名誉なのか扱いがひどいだけなのか)、カイゼルとヘルクと共に派遣されたのだが、いざ来てみると何もいない。毎日昼夜問わずゾッとするような鳴き声が聞こえていたというが、セシル達は来てから何も聞いていない。―いや、今日の出発前に一度だけ、思い出したかのように騒いだ声が聞こえたが、それきりぱたりと止んでいる。



「るせーな、最近どんどん団長に似て気やがって」

 睨まれたセシルは、口をとがらせ言う。

「ほんとほんと、そんなに真面目に仕事してたら、団長みたいにむさ苦しくなって侍女ちゃんにも愛想つかされるってのに」

 その言葉に、カイゼルの表情が凍り、足が止まる。セシルも思わず息を止める。

「なんだよ、カイ。やっぱお前でも気にすんだな」

「……」

 ヘルクは何も知らず、からかいに食いつかれたことで嬉々としている。しかし、セシルは暗い顔で黙っているカイゼルを見て焦る。おいヘルク、それは、

「お前、いっぺん死んでみる?」

 禁句だ!


 2人の間という危険地帯にいたセシルは咄嗟にその場所を脱出、走り出す。絶対に振り返らない。直後、後ろでヘルクの絶叫が上がった。





 カイゼルはプロポーズに撃沈した、らしい。


 らしいと言うのは、本人がアメリアの誕生日以来、アメリアについて何の言及もしないからである。日常会話にもアメリアの話題が出てくることは一切無くなった。

 どうなったのかカイゼルを問い詰めても、肯定でも否定でもない歯切れの悪い言葉を、笑顔でも悄然とした顔でもない神妙な顔で返すだけ。


 一体二人の間に何があったのか。プロポーズの結果云々よりも、何か不穏な空気が匂うのにセシルは不安に思っていた。

 サアラにアメリアの様子はおかしくないか聞いてみたが、最近見かけないから知らないという。


「アメリーに直に聞ければ早いんだろうけど」

 サアラと同じく、何でか最近合わなかったし。まあ会っても、聞きづらいけどさ。

やる気~スイッチ君のはどこにあるんだろ~♪


哀しいかな、私にはないんだよ(泣)。

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