4-⑥:恋≠理性
「ラウル様、お帰りなさいませ」
ラウルが家の玄関を開ければ、サアラが出迎えてくれる。
「ただいま。セシルの様子はどうだい?」
ラウルは言いつつ、セシルの部屋がある三階に向かって歩き始める。すぐにでも会いたそうな様子のラウルに、サアラは少し言いにくそうに言う。
「今は眠っています。ここのところ眠れていなかったようですから、しばらく部屋には誰も入れないようにしているのですが…」
「ああ、すまない。そうだったのか」
少し残念そうな顔をした後、ラウルはサアラにレイン・ランドルの処遇―見つかり次第消すと決めたことを伝える。サアラもレインの行方と処遇を気にしていたからだ。
だが、聞き終わるなり「そうですか。良かったですわ」と嬉しそうな目をして殺気だったサアラの様が、少々不気味でラウルは引いた。
「また今日もすぐに城へ戻られるのですか?もうお昼なんですから、お食事ぐらい家で」
「そうしたいのはやまやまだけどね」
ラウルはため息をついて見せる。
「起こさないよう、セシルの寝顔だけ見ていくよ」
弟思いのラウルに、サアラが微笑んで頷き、下がった。
ラウルはサアラの背を見送ると、セシルの部屋の扉を開ける。今は真昼の時間帯だが、外からの光が入らないようにカーテンで閉じきってあるので、部屋は夕方のように暗い。
ラウルはベッドわきに置かれた椅子に腰を下ろした。
『……』
ラウルはセシルを見て、不安な心地になる。体調がすぐれない影響か、少し乱れた寝息を立てながら、眠っていた。
横を向いて体を丸めがちにして眠るのは、セシルの昔からのくせであることをラウルはよく知っている。きっと布団に守られているようで、これが彼にとって一番安心する寝方なのだろうなと思う。
「ううん…」
『おっと』
そっと髪を撫でれば、むずかったのであわててラウルは手を引いた。セシルは少し体をよじってうめくと、またもとの寝息に戻る。良かった、起こさなかったみたいだ。
ラウルはふうと安堵の息をつくが、すぐに暗い心地になる。
―寝てるから当たり前だけど、今日は聞かれなかったな…
『レインはまだ見つからないの?』
あの事件から後、ラウルがセシルと顔を合わせる度に、まず開口一声聞かれるのは、あの男のことだった。今までに見たこともないような、切なげな愛おしげな表情をして。
ラウルは当初はまさかと思っていたが、最早確実であろう。男相手に惚れたのは。
『まあ、人間である以上、恋心はどうしようもないものというのはわかっているけれど』
お兄ちゃん、この恋は応援しないから。ラウルは弟を思い、固く固く決心する。
相手が不審人物であることを伝えれば諦めもつくだろう。多かれ少なかれショックを受けるだろうが、この非常事態時にいつまでも恋にうつつを抜かされては困るので目を覚まさせるためには致し方ない。ただ、もう少し体調が落ち着いてからにしよう。サアラにも後でそう伝えておこう。
『ただ、あのセシルが誰かに好意を寄せるなんて、ねえ』
ラウルは思う。周囲を明るくしていても、本人自身の心の内はどこか冷めている。いくら楽しそうに振る舞っていても、どこか根底に虚しい冷静さを持っていて、むしろ明るくお馬鹿になることで本心を隠すバリアを張っているとでも言えばいいのだろうか。さらに言えば、そうやって自分の本心すら騙そうとしているのかもしれない。ただ、長年の付き合いであるラウルには、多少は見抜けるようになっている。
そんなセシルが初めて誰かに心を惹かれた。せめて相手が違ったら応援できたのに。
ラウルは世の中のどうしようもなさに、少々寂しさと空しさを思ったのだった。