4-③:世の中は枷地獄
―はあ
レスターは、止めてあった馬車のところにまで行くと、やっと緊張が解けた気になった。
最近と言えば、この子どうとかあの子どうとかと結婚の話ばかりだ。ただでさえ、20歳になったレスターの元には縁談がいくつか持ちかけられている。それなのに、国王にまで進められるようになった今では、さらに断わる件数が増えた。ただでさえ相手の機嫌を損ねないように断るストレスで、胃に穴が飽きそうなのに。
―まあ、今日は少し強引に断ったけど
国王はこれに懲りて、しばらくはこの話はしないだろう。そう安心するレスターは知らない。実は、昼餉のことも忘れ、玉座で縁談を飲ませる方法を、脳内会議している国王のことなど。
「レスター、これ言っちまうのは、ちょっと酷だけどさ…」
ロイが、普段は見せない真面目な顔をしている。しかし、レスターは、ロイが何を言うつもりなのか分かっているので、聞いていないふりをした。
「おい、人の話は最後まで「空気読みなさい、馬鹿」
馬車に足を踏み入れたレスターを追おうとしたロイは、ノルンにぺしんと頭をはたかれる。ロイは素直に思い直し、黙った。しかし、割り切れないところがあるのか、つま先で地面を少し蹴った。
「けど、イルマだって、こんなこと望んじゃいないよ」
小声でつぶやいたロイの言葉は、レスターの同乗を促す声にかき消された。
―彼らの気持ちも知っている
レスターは馬車の窓から流れる景色を、見るともなく見ていた。右手で真新しい懐中時計を慰みにもてあそびつつ。
―だけど、
レスターは、彼女を忘れて幸せに生活するという、自分の将来を想像してみる。ほどほどの家柄で気の合いそうな令嬢と結婚し、家庭を持つという未来。そして共に年老いていく未来。
「……」
今の自分にとって、彼女への思いが全くなくなった生活など、それはとても想像するだけで恐ろしい生活であった。なんと無情な仕打ちと裏切りを、彼女と過去の自分自身にしているのかと、想像の中で笑っている未来の自分を罵倒したくなるぐらい。
自分が後一歩踏み出していれば、救えたかもしれない彼女の命。結局流されて、彼女の人生は、悲壮な終焉を迎えた。自分の至らなさが招いた彼女の不幸な人生を忘れて、自分だけが幸せになるというのは本当の裏切り以外の何であろう。
「……」
彼女への思いを秘めたまま、別の女性と結婚するという方法もある。
だが、相手が亡くなっているとはいえ、そんな失礼なことを相手の令嬢にするというのも気が咎める。
本音を言えば、生涯独身で暮らしたい。だが、ラングシェリン家の血を、自分の代で途絶えさせるわけにもいかない。
―いっそのこと、奴隷でも買って子を産ませればいいのかな。…ああでも、そんなひどいことできる訳もないし
しかし、真面目なレスターにそんな非人道的な事をしようかと悩ませるぐらい、レスターのサーベルンの末の王女―イルマへの愛は深かったのであった。
「お互い、こんな身分に生まれなければ…」
そうすれば幸せになれたのだろうか。
レスターは頬杖をつくと、あきらめたかのように目を閉じた。