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4-①:口止めは息の根から。

「……」

 セシルは自室のベッドの上で、枕に突っ伏していた。

「…う~、気持ち悪い」

 頭がくらくらして起き上がれない。体の怪我はほぼ治っているのだが、魔法を使いすぎた後遺症が2週間たっても抜けきらない。


『セシル様、しばらく絶対安静!』

 あの日以降、セシルはサアラに、部屋に押し込まれ閉じ込められている。閉じ込めなくても、こんな体じゃ逃げれないっつーのと文句を思いつつも、セシルは最早口に出す気力もない。




 あの事件の後、救助を待っている間、セシルは人目を盗んで、右手の骨折をなおした。アメリアの治癒魔法で重傷を軽傷にしてもらっていたのだが、おそらくあの男に自身の魔法を疑われることを考えたのだろう、右手までは治してもらっていなかった。

 利き手が折れているのを普通に治そうとすれば、時間がかかるから面倒くさい。それでセシルは腕を万全に戻したのだが、その途端強烈な眩暈と頭痛に襲われ、座るバランスさえ失い座席の隙間に転げ落ちた。それで、事態に気づいたサアラに、慌てて抱き起こされた。


『セシル様!人の目を盗んで何バカやってんですか!あんたの魔法!どんだけ体に負担掛けるかわかってますよね?!』

 体さえ治れば少しぐらい疲労が来ても平気だと思っていたけど、限度をなめてかかっていたようだ。反省すれども時すでに遅し。もっと早く怒鳴ってくれよと、サアラに無理な八つ当たりをすれば、ただでさえ痛い頭にげんこつを食らった。




「こんなことになったのって、あの時以来だよな…あの時はもっとひどかったけど」

 8年前、セシルが8歳だった時、1週間ほど昏睡し、その後も2ヶ月頭痛と体の倦怠感で苦しむぐらい、魔力を使いすぎたことがあった。


 セシルは普通の魔術師と違い、魔法使役の際体に負担がかかる。

 普通の魔術師は、体から魔力エネルギーを生み出すのに疲労がたまる。魔法を使用していない時でも人間は、生命活動に必要な分も含めて、一定量の魔力を保有している。それが使われ少しでも減ると、体内の魔力を一定に保とうと体が魔力の生産を始める。しかし、戦闘などで多量に使うと、やがて体の魔力生産能力に限界が来て魔法が使えなくなる。それと共に、魔力生産での疲労もピークに達し、動けなくなるというのが普通だ。

 それに対し、セシルは自身の魔力は、周囲からの魔力吸収の開始のために呼び水程度にしか使わない。その後は吸収した魔力を半ば無限に使えるが、自身の普段の魔力保有量以上の魔力を常に体内に保有することになり、それは魔力を生産するよりも体に負担がかかるのだ。


「…これからは気を付けよ…」

 あれから大分大きくなったし、体も鍛えて強くなったから大丈夫だと思い込んでいたことが災いしたようだ。それに、そんな意識は持っていないつもりだったが、少し自身にうぬぼれていたかもしれない。考えてみれば、今回のことだって、結構そういうところをマンジュリカに突かれたような気がするし。セシルはため息を付き、深く深く反省した。その時、部屋がノックされる。

「セシル様、お薬をお持ちしました」

「ああ、入って」

 大人しく、サアラがベッドわきへ来るのを待つ。こういう滅入った時こそ何かからかってやって場を明るくしたいのだが、今はそんな元気もない。


「はい、薬湯です」

「ありがと…」

 一人では起き上がることもできないので、サアラに大きなクッションを背もたれ代わりに背中につっこまれ起き上がらされる。そして、口にカップを付けて、傾けて飲ませてくれる。

 魔力枯渇や過多の後遺症に直接効く薬などない。魔力枯渇に関しては普通の過労と同じで体を休めば治る。魔力過多も同じく治るまで休むしかないが、枯渇に比べて重症になる。しかしどちらも結局は気力と休養と対症療法しかない。



「じゃあ、ちゃんとゆっくり寝てくださいね」

「え~、もう寝飽きた。外へ行きたい」

 とてもそんな気力はない。ただ、気遣わしげなサアラよりも、いつも通りのいじわるなサアラとのやり取りがしたくて、セシルは口をとがらせて言ってみる。

「もっと飽きるぐらい寝てください。そしたら治りますよ」

 サアラはやさしく笑いかけて、寝かせてくれる。セシルは拍子抜けする。きっと『寝言は寝てから言ってください』って言うと思ったのに。


「うう…」

 何も言えず、セシルは目だけ出して、顔を布団にすっこめる。


―なんだかお母さんみたい


 何かくすぐったくて、けれどサアラがセシルを置いて大人びてしまったようで、セシルは置いていかれたような寂しいような気がした。


「…なあ、サアラ…」

「…はい?」

 サアラは振り返る。しかし、セシルはふふふとおかしそうに笑っているだけで、何も言わない。

「なんですか?ワライタケなんて入れた覚えはないんですけれども」

 少しいつもの調子に戻ったのに、セシルはちょっと安堵する。

「お前も、子供とか産んだらこんな風に世話するのかなって」

「子供なんていりませんよ」

 サアラはふいと背を向けてしまう。

「…大きな子供が目の前にいますもの」


 なんだよそれ、とセシルは言おうとして、しかし代わりにあくびが一つ出る。何だか急にまぶたが重くなった。

 薬もほとんど効かないぐらいの頭痛とだるさでロクに寝ていなかったが、そろそろマシになってきたのかもしれない。


「ほら、眠いのなら、おとなしく寝てください。しばらく誰も来させませんから」

 サアラが、セシルのあくびに振り返り、小さく笑う。セシルはあくびを噛み殺しながら、生半可な返事を返し、布団にもぐる。人前でこんなに眠くなるなんて、なんだか本当に子供に戻った気分だ。


「では、また来ますね」

「…うん」

 ぱたんとサアラが部屋の扉を閉じ、セシルは安心したかのように意識を手放した。





 サアラは台所で、薬草を煎じた鍋を洗う。

『睡眠を促す薬草がやっと効いたから、よかったわ』

 頭の痛みでロクに寝ていないのだろう、目の下にクマを飼うようになった主人を心配し、薬草をお医者様に見立ててもらった。ただ、多少副作用があるので、少しずつ調整して増やしていた。なかなか効かず量がもっと増えそうだったから心配していたのだが、今日の分量で効いてくれたようだった。


「にしても…」

 サアラは鍋を拭き拭き思う。


―あの男の口封じをしないと、ですわね


 レイン・ランドルと名乗った赤毛の男は、あの後戻ってくることは無かった。セシルはもしかしたら、連れがあの事件に巻き込まれて残念な結果になったから、それどころじゃなくなったのかもしれないと言っていた。しかし、サアラは念のために、最悪その男を消すことを考えていた。主を助けてくれたことには感謝はしている。だが、それとこれとは別の話として割り切らなければならない。


―何としてでも、ラウル様に探し出してもらわなければ


 消すのは最悪の手段だ。とりあえず、余計なことをしゃべらないように、事後処理をしておく必要がある。天青石(セレスティン)というワードやマンジュリカという人物のこと、後火薬銃やウイルスは別に理解していないようだったから大丈夫だろう。だけど、彼の前で腕を直して見せたのは悪かった。あの時は動揺していたからセシルにはそんなことを考える暇もなかったのだろうが、治癒魔法のせいで過去に悲惨な目に遭った、アメリアのようなことになる可能性もあるから控えるべきだったのだ。


『まあ、あの人は見るからに真面目そうでしたから、口数多く噂を流したりするような人ではないでしょうけれど。ただ、所在場所を把握して、口止め料もしっかり払って、その後の動向も定期的に監視しなければ。もちろん少しでも不審な行動をしたら、さっさと削除ですわ』


 サアラは意気込む。鍋をしまった棚の扉が、バンと大きな音を立てる。

『そうよ。セシル様を脅かす奴は全部、削除削除削除よ!』

 サアラはどんどんと床を踏みながら、台所を後にする。だが、もっともらしく理由を付けているが、実はサアラの私情も混ざっている。




『レインはまだ見つからないの?』

 事件の混乱のせいで行方の分からないレインの捜索を、ラウルは事件処理の合間に行っていた。サアラと同じく理由は口止めである。そんなラウルがセシルの様子を見に来るたび、セシルはラウルにレイン捜索の結果を聞いていた。しかし、いつも良い結果を聞けず、セシルは落胆していた。


―まさか


 ラウルが首をふるそのたびに、何ともなさげに振る舞ってはいるが、セシルは切なげな表情をする。自身に関しての秘密の流布を心配するよりも、男を案じ、居場所を知りたいかのような様子。すぐにサアラの女の直感が働いた。


―まさか、男に恋?


 確かに私の主は可愛い。中性的で、うっかり選ぶ服を間違えると女の子に見える。それは認める。しかし、いくら可愛くともショッタっ子でも、一応は世間的には『男』の種族に属している。巷の腐った女子方は大喜びしそうだが、一般女子のサアラは絶句する。


―駄目ですわ、それだけは。だって、そうなったら私の思いはどうなるのよ!


 セシルに掛けられていた男の上着のポケットには、銀の懐中時計が入っていた。今はラウルが手掛かりとして預かっているが、それをラウルに手渡すときにもセシルは惜しそうにしていた。そばに置いておきたいかと言うように。まるで、恋人のものを手元に置いておきたいかのような、乙女のような主の様子。「やたらあの男のことを気にしているんですね、もしかして恋でもしてるんですか」と言えば、真っ赤になって「こ、恋?!あり得ねえ!ただお礼と口止めがしたいだけだっつーの」と言い返す。


―どう見ても恋じゃないですの!


 むかむかむかむか

『許せないですわ。私の主をあんな風にするなんて…』

 今までれっきとしたカッコイイ男だったのに。私の努力の邪魔をするなんて!


『必ず殺してやりますわ、絶対二度とその口を開かないように…』

 男を口止めする決意が、いつの間にか殺意に変わっていることにサアラは気づかない。

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