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3-⑨:What is your name?(★挿絵あり)

『レスター、返事せず黙って聞いていてください』

「…」

 周りに聞こえないように気を使ったささやき声。やっと入ったノルンからの通信に、レスターは文句を言ってやりたい気持ちを押さえながら、聞き入った。うっかり返事したらセシルにばれてしまう。


『さっさとその場を離れてください』

「…は?」

『返事するなバカ』

「…」

 レスターは言い返したい気持ちにかられながらも、つばを飲み込んだ。


『言いたいことはわかっています。セシル達の怪我が心配なのはお人よしで結構なことです。ただし、そのままあなたが看病したいからとその場に居続けたら、外部から救助が来た際、マンジュリカとかかわった人間の一人として、リトミナの役人たちに事情をきかれることになってややこしいことになります。偽造しておりますから身分証の提示を求められることに関しては心配いりませんが、その後詳しく調べられれば、虚偽のものだとばれてしまいます。それに、マンジュリカはリトミナでも政府の重要機密です。もしかしたら政府関係者に直接会わされて事情を聞かれる可能性もあります。そんなことになれば、リトミナの政府関係者にあなたの顔が知れてしまって、後々外交などで支障がでてくる可能性があります』

「…」

『すぐに立ち去ってください。ロイは先程合流しました。すぐにここを出ましょう。あなたが今いる所から、西の座席の方にいます。「仲間の無事を確認したいから」とでも言って、立ち去ってください』

 ノルンのいう懸念は確かな事だった。レスターは、はあとため息をつくと、小声でうんとだけ言った。




「あのすいません」

「?」

 急に改まったレスターに、首をかしげるセシルとサアラ。彼らに、レスターは申し訳なさそうな顔をつくり言う。

「実は先程のごたごたの中で、仲間とはぐれてしまって。無事を確認したいから、少しここを離れたいのですが」

「そうでしたか…そこまで気を回せずに申し訳ありません。こちらの都合に巻き込んでしまって…」

 カイゼルを看ていたサアラが、立ち上がり丁寧にお辞儀する。

「ありがとうございます。私の主を助けていただいて。このお礼は必ずお返しいたします」

「い、いいですよ。お礼なんてとんでもない…」

 レスターは平身低頭に、何度も頭を下げるサアラの頭を上げさせた。

「それでは、ちょっと見てきますんで。無事に見つけたらまた戻ってきます」

 もう戻るつもりはないが、そう言わないとお礼のために名前やら住所やらをすかさず聞いてきそうで怖い。レスターはそれじゃあと振り返った。


「…!」

 手首をつかまれた。はっと振り返れば、セシルが体を起こし、レスターの手をつかんだのだった。セシルはじっとレスターの顔を見つめていた。

「名前、教えて」

「…」

 咄嗟に用意していた嘘を教えるつもりだった。しかし、心細そうな、切なげな色が見える瞳で見上げられ、レスターは言葉に詰まってしまう。

「名前、なんていうの?」

 すぐに答えてくれなかったことに対してなのか、少し不安のこもる声で、再び問われる。そして、ぎゅっとレスターの手首を握る手に力がこもる。

「…レイン。レイン・ランドル」

 一抹の罪悪感に襲われながらも、レスターは嘘を言う。


「そう、レインって言うんだ」

 答えてくれたことに安心したのか、少し和らいだ表情をしたセシル。

「レイン、ありがとう。助けてくれて」

「いえ、こちらこそ」

 セシルが、にこりと微笑む。


―懐かしいな…


 レスターはセシルのはにかんだ顔に、何かをふっと思った気がするが、一瞬後には忘れてしまう。ただ、セシルの体がびくりと揺れて手首から手が離されたのに我に返ると、いつの間にかレスターはセシルの銀色の頭に、空いていた手を置いてしまっていた。


―しまった。ついやっちゃったのか?俺


 こうなったら今更手を引くのも変だ。かわいい犬をなでるがごとくの振る舞いで、ぽんぽんとなでた。セシルも何かをこらえているような複雑な顔をして、されるがままになっている。


「……」

「……」


 やばい、何この髪の質感のさらさらのさわり心地。でも、つやつやしてて、贅沢な絹の布のようだ。わしゃわしゃ掻き撫でたいと思ったところで、レスターは、はっと我に返る。


 理性で制して手を引くなり、レスターは背を向け走り出した。危ない危ない。俺はノーマルだ。女性が好きだ。いや、それよりも、今の問題はさっさと立ち去らないと。


「レイン、また後でね」


挿絵(By みてみん)


 その言葉に振り返ると、にこと小さく笑い手を振っているセシル。その隣では深々とサアラが頭を下げている。何も知らない素直な彼を、レスターは直視できないのをごまかすようにして笑顔を張り付けて、手を振りかえす。そして、顔を元に戻し、駆け出そうと…

「おわっ…」

 それと同時に、強い風が吹く。あちこちで悲鳴が上がる。レスターは思わず立ち止まり、顔を腕で覆った。


「ん?」

 グラウンドの砂が舞う中、きらきらと風にあおられて水色の輝きが飛んでいった気がした。


―いけない、急がないと


 しかし、慌てているレスターは風が凪ぐなり、再び駆け出した。そして、そのことを気にも留めなかった。

次回から4章入ります。3章まででも伏線を何個か仕込んだつもりですが、ちゃんとうまく仕込めているかどうやら…。


挿絵はシンカワメグム様に描いていただきました!

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