14-⑥:吸収魔法は、『魔法』じゃない(★挿絵あり)
「……」
セシルは、目をかっと見開く。
「うざい、至極うざい」
「…!!」
セシルはアーベルを魔力で吹き飛ばした。そして、ふらりと立ち上がる。
「女に盛るなど野生性に身を任せているその姿、至極見苦しい。至極目障りだ」
「…貴様、ラウル達がどうなってもいいんだな…?」
アーベルは口元の血をぬぐいながら、立ち上がった。しかし、セシルは「はっ」と鼻で笑ったようだった。
「ラウル?そんな奴、俺にとっては、俺を縛り付ける邪魔なしがらみでしかない」
セシルの足元に魔方陣が浮かび上がる。次の瞬間、すさまじい出力の魔力が、セシルを中心として吹きだした。
「そんなしがらみ含め、全部俺が破壊してやる」
炎が洞窟の中を埋め尽くす。その次の瞬間、洞窟がすさまじい音を立てて爆発した。
「…ちっ、あの子の力量をなめていたようだったね」
アーベルを肩に担ぎ、すんでのところで崩落する洞窟から転送したリアンは、忌々しげにつぶやいた。リアンは洞窟のあった山の上空に浮かびながら、下界の様子をうかがっていた。そこは、王都リアナの郊外の山地だった。崩壊した山肌の隙間から、未だに炎が吹きあがっていて、さながら火山のようだ。
「せっかく北の地のアジトから、こっちにまで引っ越してきたって言うのに、また移動しなきゃ」
あちらは『神の涙』を採掘するのには便がよかったが、リトミナがある大陸の南側に行くのには不便だった。だから、リアンは転送魔法の力を手に入れることを前提にして、こっちに引っ越してきていたのだ。
「まあ、イテン場所はまた今度考えよ。ね、アーベル」
しかし、その言葉をアーベルは聞いていない。唸るかのように、何かをぶつぶつとつぶやきつづけていた。
「…ふざけるな、人がどれだけお前を手に入れるために苦心していたと思うんだ。絶対に手に入れてやる」
アーベルは狂気の宿る瞳で、炎の上がる山を見ていた。しかし、ふと、炎の色が、赤から青色へと変化する。次の瞬間、燃える山肌が盛り上がった。
「…っ」
リアンは息を飲む。洞窟の上にあった地面を破壊しながら、中から巨大な何かが出現した。
「…!!」
巨大な銀色の猿が、光る青色の目を二人に向けた。
「……なんだあれは、あんな実験体無かったはずだ」
呆然とアーベルがつぶやく。しかし、リアンは何も答えることができない。
猿が咆哮した。それだけで、風が山地全域に吹きすさぶ。猿は、上空の2人に向かって手を振るった。すさまじい風圧と青白い雷撃が、2人に襲いかかった。
「…っ」
それを咄嗟に避け、リアンは更に上空高くに逃れる。
「何なんだあれは?あの化け物は!」
アーベルが恐怖の声をあげる。リアンにも分からないから、答えようがない。ただ、1つだけ、わかることがあった。
―蒐集室の子孫たちに似ている。大きさは全然違うけれど
『あれは、セシルだよ』
「…!!?」
奴の声が聞こえた。リアンははっと辺りを見回すが誰もいない。しかし、声は続けて言う。
『あれは、セシルだった魔物だ』
やりきれなさそうな吐息がまじった声。どうやら、封印が浅かったらしい。自身の精神の奥から、奴の声が聞こえているようだった。
『僕たちは魔物の上位種、進化系と言えるものだ。生きるために、魔力と肉を摂取する必要性がなくなった、しかし魔物であることに変わりはない存在』
声は続ける。
『吸収魔法なんて魔法じゃない。魔物の本来の本能―食欲の上位変換だ』
「……」
『僕たちは人の姿を保った、魔物だ。『神の涙』への適合者だなんて言う輩もいたけれど、火山灰で肉体に変異を起こした生物―魔物と言うことに変わりはない』
「……」
『今となってよくわかったよ…。僕たちが人の姿を保てていたのは、理性がムイシキ的に魔力で、体内に吸収された『神の涙』が細胞変異作用を起こすのを防いでいたからだ。理性で野生性を抑え込んでいるだけの、危ういキンコウで成り立っていたんだ。だから、理性が完全に消失し、そのキンコウが崩れた時、僕たちは本来なるべきだった姿を取り戻してしまう』
「…本来なるべき姿って、あの化け物の事か…」
リアンは唖然と呟く。しかし、奴は心の奥底で首を振ったようだった。
『本来なるべき姿は蒐集室の者たちだ。…彼女の場合、『神の涙』を使用して復活した肉体だ。普通の王家の人間より、『神の涙』由来の部分が多い。どうなるか、もう僕にもわからないよ』
「そんな…どうしたら…」
しかし、もう返事は帰ってこなかった。奴の意識は、リアンの封印を何とか掻い潜って出て来たものの、再び囚われて眠りについてしまったらしい。
「…あれが、ホントにセシルだって言うの…?」
だから、リアンは化け物を見ながら、呆然とつぶやく事しかできなかった。
「嘘だ嘘だ嘘だ。私のセシルがあんな化け物の訳がない」
アーベルは狂ったかのように、顔を塞ぎ首を振る。
ふと、天から流れ星―魔力が集まり、化け物の周囲に落ち始める。すると、崩落した山肌の隙間から、すみれ色の光を放つ人影が何人も現れ始める。それは培養していたアメリア達だった。不死身だから、魔力さえあれば崩落ぐらいでは死なない。そんな彼女たちに気づくと、アーベルはがばっと体を起こし、手を振った。
「お前達、その化け物を殺すんだ!今すぐに!そして、さっさとセシルを探しだせ!」
リアンは『この馬鹿』と思った。しかし止める間もなく、アメリア達は一斉に化け物に向かう。
化け物はうざったいとでもいうかのように、腕の一振りでアメリア達を吹き飛ばす。しかし、アメリア達は体を木端微塵にしながらも再生し、化け物に向かい続ける。魔法を放ち、体をつぶされては再び甦り、魔法を放つ。
そんなアメリア達を何度も相手にしているうちに、化け物は面倒くさくなったらしい。
化け物は向かってきたアメリアを4.5人、まとめて手に捕らえた。そして、握りつぶすと、信じられないことに口へと運んだ。アメリアの甲高い断末魔があたりに響く。化け物は、アメリアをバリバリと噛み砕いて食べていた。
「ひいいいい!!」
息を飲むリアンの肩の上で、アーベルが悲鳴を上げる。食べられたアメリアは二度と復活しないだろうことを、リアンはよく知っていた。いくら死なない肉体でも、肉体も媒体も魔術式も魔力も、何もかも食べられて吸収されれば、何もなかったも同然になるのだから。あいつに食べられたマンジュリカのように。
しかし、食物から魔力を奪うなんて芸当ができるのは、魔物に一番血が近かった初代の自分でないとできないはずだ。セシルに出来るはずがない。
「これも、『神の涙』でできている部分が多いから…?」
きっとそうだ。それ以外に考えようもない。いくらセシルがリトミナ王家の人間だとはいえ、代を下っていくごとにただの人間の部分も増えていたはずだから、そんなことができるはずもないからだ。
そんなリアンの下で、化け物はアメリア達を捕まえては食べ続ける。
「…バカ野郎、何を!」
その残虐な光景を前にし、アーベルは何を思ったかリアンの肩から飛び降り、風魔法で化け物の元へと飛んでいく。
「化け物!私のセシルをどこへやった?返せ、今すぐに!!」
すると、化け物はぴたりと動きを止めた。そして、次の瞬間、毛むくじゃらの顔を、にたあっと歯を剥きだして笑ったのだった。
「うざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざいうざい」
化け物は、最早セシルの物ではない低く響く、おぞましい声で言葉を発し続ける。
「お前みたいな野郎見ていると、胸糞が悪くなるんだよ。世の中のすべてが自分の思い通りになると思っている傲慢な野郎が。自分のすぐ足元で苦しんでいる奴らに目を向けたこともなく、踏みにじり続ける野郎どもがな」
化け物は、ぎろりとアーベルを睨んだ。アーベルはあわてて、残っていたアメリア達に「やれ!」と指示をだす。
アメリア達が一斉に化け物に魔法を放つ。しかし、そんなアメリア達に向けて、そこかしこから蔓草が爆発的に湧いた。アメリア達はそれに絡めとられるなり、ばらばらと水色の砂になって散っていく。
「……」
やがて、一人になったアーベルは地面にへたり込んだ。その足の間が濡れていくのに、気づく余裕すらもうなかった。
「もう終わりか」
化け物は憐れむかのような視線をアーベルに向けた後、打って変わってけたけたと笑い始めた。そして、アーベルに手を伸ばす。
「ひ、いいい、いいいい!」
アーベルは抜けた腰を引きずり、腕だけで逃げようとした。しかし、あっという間につかまれ、持ち上げられ、化け物の顔の前に持ってこられた。
化け物はガタガタと震えあがるアーベルと目を合わすと、青く光る目を三日月の形に細めた。
「じゃあな、傲慢な王子様」
そして、ぐしゃりと握りつぶした。断末魔すら上がらなかった。さらに両手で丸めるかのようにぐしゃぐしゃとつぶすと、アーベルだった塊をはるか遠くに向けて投げ飛ばした。
それを、リアンは唖然と見ていた。
そして、化け物はしばらく身動きせず、アーベルが消えていった方角を眺めていたが、やがてぼそりとつぶやいた。
「…ムナシイ」
打って変わって化け物は、急に泣き始めた。目から涙ではなく、青白く光る物質を流しながら。
「ムナシイムナシイムナシイムナシイムナシイ…!」
その叫びに呼応するかのように、化け物の足元を中心として魔方陣が出現する。風が化け物を中心として巻き起こり吹き出す。
「ミンナシネミンナイナクナレミンナキエロミンナミンナ」
化け物は両手を天高く突き上げた。化け物を中心に、青白い光の柱が立つ。
「オレガコロシテヤル」
ドンという爆音の後、すさまじい風が吹き出した。
挿絵はシンカワメグム様に描いていただきました!