14-③:真相②
「…で、二つ目の素材は王家の蒐集室の、ボクの子孫たちさ」
「…蒐集室?お前の子孫?」
セシルは眉をひそめた。「それはね」とアーベルがリアンの説明を引き継ぐ。
「リトミナ王家では、早世問題が問題となっていたのは君も知っているだろう?でもその実は違うんだ。王家では、近親結婚の弊害で人ならざる者が産まれるようになっていた。例えるなら、銀色の体毛で覆われた猿のような人間、そして肉を食らい魔力を喰う魔物のような人間だ。歴代王家でもたまにそういう者が産まれていたみたいなんだけれど、近年の王家ではそれが顕著になってきた。私の兄弟も早世したのではなくて、皆化け物だったから処分―殺されたか、若しくは死んだことにされたんだ」
「死んだことに、された…?」
「君も城の北側に離れがあった事は知っているだろう?離れと言われる割には牢屋のような外観の建物が。あそこに人ならざる姿をした、私の叔父や叔母、兄や姉たちが幽閉されていた。いいや、飼われていたんだ」
「な…」
聞いた事もない話に、セシルは唖然とする。
「あそこでは、代々の王たちがこの問題の解決策はないものかと、化け物を飼い、内密に研究や実験をしていたんだ。処分された王家の子供の死体も、実験や標本用にあそこに集めて保存していた。そして、あそこを差し示す言葉として、内々では『蒐集室』と呼んでいたよ。…ちなみに言えば、最近では、彼らを使って跡継ぎができないものか、交配実験もされていたよ。父上の要請を受けたメイの協力を得てね。ただ、やっぱり野獣の子は野獣になるものだね、失敗続きだったよ。…ついでに言えば、私の子供達もいたよ」
「…は?」
セシルは、アーベルが最後に言った一言を、すぐには理解できない。そんなセシルに、アーベルは淡々と説明する。
「私が叔母や姉に産ませた子供だ。もしかしたら、私の子種を使えば、まともな人間の子供ができるかもしれないと思ってね、化け物を眠らせて幾度かそういう行為をしたよ。だけど、やっぱり化け物の子は化け物だね。化け物同士の子供よりはましだったけれど、皆猿みたいだったよ」
「…お前…」
人ならざるものを相手に、そのようなことをしていたとは。それ以前に血のつながった肉親を相手に、そのような行為をしていたのだ。もとより特殊な性癖の噂があった男ではあるが、本人の口からそれを聞くと、セシルはこみあがる怖気を禁じ得なかった。しかし、アーベルは淡々と続ける。
「この事実は、リトミナ王家の者なら誰もが知っている事実だ。だけど、君の父親はどうやら、君たち兄妹にはこのことを知らせなかったみたいだね。まあ、先で知らせるつもりだったのに、ぽっくり逝ってしまって出来なかったんだろうね。 …とにかく、王家の者以外に知られないように秘匿していたんだけれど、蒐集室から奴らが発する鳴き声が漏れて、いつの間にかあそこは幽霊の出る場所だなんて噂が立ってしまってね。怖いもの見たさに寄ってくる輩が絶えなくなって。そういった輩どもを処分するのに骨が折れていたよ。メイだって、あの事件で魔術師長の地位を失った時、口封じに消したのだから。田舎に帰った後、すぐに行方不明になったことにしたんだよ。彼女の実家に彼女の筆跡をまねた遺書を置いておいたから、自殺したという扱いで処理されたようだけれど」
「…!」
セシルは知らなかったことに驚愕する。あのはた迷惑なおばさん―メイは、今頃は田舎でひっそりと余生を暮していると思っていた。しかし、国の重要機密に触れていたがために、消されていたのだ。しかも、あそこに肝試しに行って帰ってこなかった者がいるという荒唐無稽な噂が、事実であったことを知る。
「…で、ボクはその蒐集室の者たちの肉体に目を付けたんだ。近親結婚を繰り返してできた肉体なら、ボクが吸収魔法を自在に扱える器の材料になるんじゃないかってね。…ボクは元々生きている肉体を器として乗っ取っていたのは知っているよね?でも、ボク、吸収魔法を使っている反動で、自分が使った器はすぐに壊れちゃうんだ。魔法をつかわなくても、ボクの本体の維持のために必要なのか、少量の魔力を常に周囲―器となった肉体から吸収し続けるから、器はいつかは壊れちゃう。作った器もマンジュリカが使っている時よりも早く潰れるし。…だから、近親相姦でボクの血が強い子孫たちなら、吸収魔法にも耐性がある肉体だと思ったんだ。そしたら、どんぴしゃだったよ。それどころか、その化け物で作った器では、吸収魔法が使えるというおまけつき。その化け物たち、知能が無いから使わなかっただけで、吸収魔法自体は使えたみたいなんだよね。だから、マンジュリカの器をそいつらの肉を混ぜて作ってあげたら、マンジュリカまで吸収魔法が使えるようになっちゃった」
「…っ!」
セシルは、祭りの夜にマンジュリカが吸収魔法を扱った理由を理解し、驚愕する。
「後ね、今ボクが入ってる器には、もう一つすごい使い道があったんだ」
リアンは、また洞窟の奥に向かって「お~い」と呼んだ。すると、奥から暗闇の中を、誰かがすたすたと歩いてきた。
「…っ!」
やがて現れた人物に、セシルは息を飲む。そんなセシルに目を向け、リアンは得意げに笑った。
「ご主人様、何かご用でしょうか」
リアンと同じ顔をしたアメリアが、リアンの前で礼の姿勢を取る。
「…こいつの中に入っているのは、誰だ…?」
セシルは、唖然とリアンに問う。しかし、リアンは待ってましたと言わんばかりにその問いに答える。
「誰も入っていないんだよ」
「誰も、はいっていない、だと?」
器とは、この女のように、中に誰かの意思を宿して初めて動くのではないのか?そんなセシルに、リアンは満足げに続ける。
「この器はね、アーベルとボクの実験第一号。しょっぱなから大成功で、しかも知性があったんだよ。すごいでしょ?で、ボクが入っているのがそれをコピーした二号なんだ。で、ここにいる沢山のアメリア達も、アーベルに手伝ってもらって、それを大量に複製したものなんだ。ただ、ボクの使っている体にはさっき転送魔法を搭載した所だから、現時点ではボクが一番最新鋭ってことになるかな」
「まさか、お前、ノルンの腕…」
「そうだよ~」
リアンはイェイと得意気にピースして見せる。そんなリアンをセシルは心底忌々しげに見る。
「とにかく、この器は自分で考えて動いてくれるんだ。まあ、とはいっても子供レベルの知性だから、コウトウな事は指示がないとできないんだけどね」
「知性って、ただ単にアメリーの物を使ってるだけだろ…?だって、皆アメリーの顔をしているんだから…。なあ、お前、アメリーだろ…?」
セシルは呆然と目の前の実験第一号―銀髪のアメリアに問う。今までの出来事が、全部夢であることを願う心地で。きっとアメリアが、銀髪のカツラをかぶってからかっているだけだと願う心地で。しかし、目の前のアメリアからは何も返事はなく、ぼうっとセシルの瞳を見つめ返すだけ。
「残念。このアメリアも、ここに沢山いるアメリアも、見た目はアメリアそっくりだけどアメリアじゃないんだ。人の肉体の中には遺伝に関する成分も入っているからね、肉体の元の持ち主の形質に似てしまっただけだと思うよ。色々な人間の肉を混ぜているんだけど、この器の形質に反映されたのは、きっとアメリア要素が強かったんだろうね。…ちなみに、その遺伝の成分が入っていることで器は、血の魔法をはじめとする様々な魔法を使うことができるんだけどね。そしてもちろん、彼女は吸収魔法も使えるよ。瓶の中に入っているアメリア達もね」
「……」
セシルは女の説明を、どこか現実感のない夢見心地で聞きながら、目の前のアメリアを見ていた。
「ここまで説明すれば、ジュリアンの提案について話しても理解できるだろう。…彼女は私に提案したんだ。我がリトミナの国力の増強―サーベルンを滅ぼすための、大陸を支配するための力を、共に得ようじゃないかとね。私はすぐさま協力し、彼女と共に、アメリア型の器を完成させた。そして、彼女は言ったんだ。このアメリア型の器を量産して、リトミナ王家の新たな力の象徴にしようと。…これは、吸収魔法を扱える最強にして、大量の兵器だ。しかも、麻薬中毒者だけではなく、吸収魔法でも魔力をいくらでも得られるから、治癒魔法は使いたい放題の不死身と来た。この兵器に勝てるものは、どこの国を探してもあるはずがない。…これで我が王家の魔法の衰退が明らかになったとしても、この国の権威を揺るがすものは何もない。これを量産して、兵団を作れば我が国は大陸の覇権をいともたやすく握ることができる」
「そして、後もう一つ、とっておきのすごい発見をしたんだよ。それは…」
「ジュリアン、それはまだ黙っておけ」
「はいはーい」
―後もう一つ、とっておきのすごい発見