13-⑩:『幸せになる資格』
「セシル」
「…ん?」
日が暮れて、宵闇に辺りが包まれる頃。レスターがセシルの部屋を訪れると、セシルは丁度産着を作っていたところだった。
「…休んだ方がいいよ…まだ体は治っていないんだから」
レスターはカーテンを閉めつつ、セシルを振り返った。
「もう大丈夫だよ…それに、もう少しでできるから」
セシルは水色の産着を作っていた。今は、襟に小さく花の刺繍をしている。
「次はぬいぐるみを作りたいんだ。お墓に一人じゃ可哀想だから…隣にトーンがいたら一人じゃないかもしれないけど、ほら、あやす時にいるかもしれないだろ」
セシルは目の下の影を深めて、笑った。
「……」
その疲れた笑いに、レスターは何も言えない。レスターは長腰掛にそっと座ると、針を忙しなく動かすセシルを見守る。
やがて、作業が終わったのか、セシルはふうと息をつくと産着を両手で持って広げた。
「……」
その服を、セシルは何も言わずじっと見つめていた。しかし、やがてその手を膝の上に落とすと、レスターを向く。
「レスター、オレを殺そうとした女って、どうなったの?」
「…ノルンが始末してくれたよ」
嘘だった。もしまだ地下牢にいると言えば、自分の子を殺した者の顔を見たいと言い出すかもしれない。そして、彼女に犯人がサアラだと知られれば、彼女は次こそ心に取り返しのつかない傷を負うに違いない。
「"銀色の悪魔"がサーベルンにいることが、よほど気に入らなかったんだろうね。それだけの理由で君を殺そうとしたんだよ…」
それも嘘だ。国王や屋敷の限られた者以外、今回の騒動の真相は先程の嘘にしてある。そうしないと、ただでさえ今回の騒動を嗅ぎ付けられたらリトミナからのセシルの返還欲求が強まるだろうに、サアラのことが公になると、彼女の真似をしてセシルを取り返そうと考えるリトミナの輩が出てくる可能性があるからである。
すると、セシルは何も答えず、ぼうっとランプに視線を遣る。そのまましばらくランプを見ていたが、やがてセシルは口を開いた。
「…オレは、レスターに出会わなければ良かったんだろうか…」
「……」
「オレがレスターに出会わなければ、赤ちゃんを身ごもることもなかったけれど、赤ちゃんは死ぬことも無かった…」
「…だけど、君に出会えない人生なんて、俺は嫌だよ」
「……」
セシルはうつむいて黙った。レスターは立ち上がると、そっとセシルの傍に寄った。そして、頭を撫でる。セシルは目を閉じると、その手に寄りかかった。
「……レスター」
「…ん?」
「…オレって、つくづくひどい女だよな。これでもまだ懲りず、幸せになりたいと思っている。お前の傍で…」
セシルは苦しげな顔をして、自身を撫でるレスターの手をとった。
「最低だって詰ってくれよ。お前なんか死んだ方がマシだって…」
レスターはセシルを見る。セシルは今にも泣きだしそうな目で懇願していた。
しかし、レスターは、セシルに首を横に振ってみせた。
「…君はひどくない。君は幸せを求めていいんだよ」
すると、セシルは納得のいかない顔で、レスターに詰め寄る。
「よくない!オレには幸せになる資格なんかない。なのに、こんなことを思うなんて、ひどい女だ!」
しかし、レスターはゆっくりと首を振って見せる。そして、重々しく口を開いた。
「セシル、よく聞いて。これはイゼルダ教のお話。…人間はね、皆幸せになるために産まれて来るんだよ。だけどね、人生では、困難を乗り越えた分だけの、幸せしか手に入らないんだよ…苦労した分だけ、幸せは手に入るんだ。……君は今まで過酷な苦労ばかりしてきた。今回、赤ちゃんを失ってしまったことも過酷すぎるものだ。だからこそ、今度はそれと同じだけ、君は幸せになれるはずなんだよ」
レスターはセシルの頬を両手で包むと、優しく語りかける。
「君は今まで世界で一番不幸だった。だから、君はこれから、世界で一番幸せになる資格がある」
「……」
「その資格を使うことを、誰が咎める?誰も咎められるはずがないだろう?」
セシルは頷きかけて、しかし暗い目をするとうつむいた。そんなセシルに、レスターは「それに」と続ける。
「君を咎める奴がいるのなら、俺がそいつを論破してやるさ。それでも責めてくるのなら、そいつから俺が君を守る。そして、君が幸せになるのを、俺が邪魔させない」
「レスター…」
セシルのすがるかのような目を、レスターはじっと力強い目で見つめ返す。そして、レスターはしかとセシルを抱きしめた。
レスターは誓う。もう二度と、彼女に辛い思いはさせない。彼女を傷つけようとするものから、何があっても守る。そして、彼女の人生を幸せだけで満たしてあげる。これから、一生。
―どがあああん!!