13-⑨:友
「……」
「……」
レスターの執務室。レスターとロイはそれぞれの机に座りながら、重い空気に黙っていた。その中で一人、ノルンは淡々と書類にペンを走らせている。
「……なあ」
やがてロイが意を決したように口を開く。
「…あの女、結局どうするの」
「……吐かせるだけ吐かせましたから、後は生きながらにして細かく刻みましょう。その後は、サメの餌にでもします」
「まあそれでも気はすみませんが」とノルンは、ばきりとペンの柄を握りつぶした。
「…あんなヤンデレ女によく侍女が務まったな…」
ロイは拷問途中の女の様子を思いだし、腕を抱いて震えた。
「セシルに振られて気が狂ったんじゃないですか?武闘会で見かけた時はさして普通の女でしたよ。女って恋一つであんなに狂うものなんですね。そもそも、恋があそこまで女を狂わせることがあるなんて、小説の中だけの話だと思っていました」
「……」
レスターも、セシルの元侍女だというグレタ・ホーリス―本名サアラ・ホールの狂気に満ちた様子を思い出し、怒りと言うよりは怖気を感じていた。
―セシル様が私のものにならないから悪いのよ!素性の知れない赤毛男に惚れたかと思えば、次は縁談して他の女と一緒になろうとする。そして、そうかと思えば、敵の男に体を許す!…あんな浮気者、生かしていちゃ駄目なのよ。ちゃんと殺して、私だけのものにしないといけないのよ!
サアラ本人の供述や、ノルンが調べて分かった情報等を合わせると、今回の事件の真相はこうだ。
サアラは二月ほど前、セシルの懐妊の噂を聞くなり、リートン家の屋敷を黙って抜け出しサーベルンに来た。その段階では、セシルが人質になったことに責任を感じていたサアラは、セシルを独自に救出するために来ただけだったらしい。
そして、偽名を使い、ツンディアナでラングシェリン家も利用している、荷馬車引きの仕事に就いた。ラングシェリン家に野菜等を運び入れ、隙を見つけてセシルを屋敷から連れ出すために。
公爵家も利用するので、その荷馬車引きの仕事には、素性のはっきりとしない者は雇い入れないはずなのだが、おそらく侍女仕事で鍛えたのだろう、サアラの明るい笑顔と巧みな話術に騙されて雇い入れてしまったらしい。
しかし、サアラはその仕事の中で、セシルがラングシェリン家でみじめな扱いを受けているどころか、可愛がられていること、そして赤子の誕生を待ちつつ幸せに暮らしていることを知り、サアラはどういう訳かセシルを憎んだ。
彼女は拷問の中で気が狂ったように叫んでいた。「自分をこんな気持ちにさせておいてその責任も取らず、自分だけが一人、他の者と共に幸せになろうとしているのが許せない」と。
だから、お腹の子供共々セシルを殺そうと思い立ったらしい。そして、永遠にセシルを自分だけのものにするために、とサアラは言っていた。
「侍女とは言え、血のつながりがある従姉妹同士だろ…。しかも元々は仲が良かったんだろ…。いくら恋が叶わなかったからといって、殺そうとするなんて信じられねえ…」
ロイの言葉にレスターも頷く。
レスターは以前セシルから、仲の良かった侍女―サアラに誘拐前に殺されかけたことを聞いていた。だが、その時はセシルの事情も事情だったから、その子が可哀想だな、仕方がないことだな、ぐらいにしか思っていなかった。
こんなことになるなら、彼女の性格の危険性まで深く考えて、こちらに乗り込んでくる可能性についても考えておくべきだった。
「しかも、レスターが武闘会の時の奴だって気づくなり、すさまじく発狂しだしたもんな」
「ああ…もう見たくもない」
レスターは目を手で押さえる。サアラは「私からセシル様を奪いやがったのは貴様だったのかああ!」と言ったのを皮切りに、まるで野獣のように吠えだし、最早言葉として聞き取れない金切声をあげていた。女とは皆ああいう生物なのだろうか。いいや違うとレスターは首を振るが、あれを見てしまうとどうしてもそう思ってしまう光景であった。
「最初はレスターみたいにマンジュリカに操られていると思っていましたが、そうでもなかったなんて…人間はあそこまで異常になることがあるなんて、驚きですね…」
ノルンもいつもの仏頂面に驚きの色がにじみ出るのを隠せない。
「あの時のレスターの病みっぷりもすごかったけど、こっちは操られている訳ではないんだからな。ある意味、あの女の方がマンジュリカよりも怖すぎるぜ…」
ロイもレスターと同じく、もうあの女を見たくもないと言う。すると、ノルンは「後はすべて私に任せてください」と言ってくれたので、ロイは心底ほっとする。
「そう言えば、赤ちゃんのお墓どうする…?」
ふとロイが思い出したので、レスターに聞く。
「…父上の墓の隣につくろうと思う。天国で可愛がってもらえるように」
机の上に置いた小さな骨壺を愛おしそうに撫で、レスターは言う。父の墓には今は遺体の代わりに入れた遺品しかない。だけど、きっと天国への父につながっているはずだから、傍に作ってあげた方が寂しくはないだろうと思う。
「本当なら、土に埋めてあげたかったんだけれど…」
小さな体が焼かれるなどいたたまれないことであったが、父のようにマンジュリカ達に利用されてしまうよりかはましだろうと涙を飲んだのだ。
「…お葬式は、セシルの体と心が落ち着いてからにしましょう」
ノルンも悼むかのように、骨壺を見て言う。
「ああ…」
レスターは、静かに頷く。
「…さてと、仕事だ。今日はラリッサ村の方に行かないと…隣村との水の利権争いか…これは遅くなるな」
レスターは机から立ち上がる。こんな時でも、やるべき仕事は山積みだ。今日はややこしい仕事だから、ノルンを連れていこう。レスターが「ロイ、セシルを頼む」といいかけた時、ノルンが立ち上がった。
「…その仕事については、ロイと私で何とかします。あなたは、今日はセシルの傍にいてあげてください」
「いいのか…?」
すると、ノルンは小さくほほ笑みながら、レスターに頷いた。ロイも「任せとけ」と胸を叩いている。
「…ありがとう」
良い友達を持った。レスターはそれ以上何も言えず、指先で目頭をぬぐった。