13-①:うちの男どもは
春になった。心地よい風が開けられたベランダから入ってくる。しかし、そんなそよ風を楽しむ余裕などなく、セシルは泣きそうな顔で一言、
「…気持ち悪い…」
と言った。
「大丈夫…?」
レスターは、ベッドに突っ伏しているセシルの背をさすり続ける。しかし、真っ青な顔をしてセシルは枕に顔を押し付けている。
「なめてた…つわりがこんなにひどいなんて…」
セシルは今、妊娠4ヵ月に入ろうとしていた。つわりがひどく、ほとんど起き上がれない。見るからにやつれてしまったセシルの顔を、心配そうにレスターは見る。
「ロイが、ゼリーを作ってくれたけれど…食べられそう?」
レスターは、ベッドわきに置いたお盆に視線をやりながら聞く。すると、セシルはがばっと体を起こした。目をきらきらと輝かせて「食べる!」と叫んだ直後、しかし吐き気に再び倒れ込む。セシルはおいしい物を目の前にして食べられない悔しさに、「うっ、うっ」と小さく泣いていた。
「……代わってあげられるなら代わってあげたいけど…」
「…代わらんでいい…お前にはこの気持ち悪さは耐えらんねえ…」
意外とまだ頼りがいが残っているものの、声が弱々しいのに変わりはない。
「レスター、時間ですよ…」
レスターがはっと振り返ると、ノルンが申し訳なさそうに後ろに立っていた。
「いってらっしゃい…オレは頑張って待ってるから、しっかり仕事してこい…」
それを言うなり、セシルはふしゅううとベッドに臥せった。
「…何か欲しいものがあったら買ってきてあげますよ」
「…いらない…どうせ見た瞬間吐くから…」
「…そうですか」
ノルンはセシルを心配そうに見ながら、そっと布団を掛け直した。その時、部屋がノックされる。開けて入ってきたのは、ユリナだった。
「後の面倒は私が見ておくから、あなたたちは気にせず行ってらっしゃい」
ユリナは戸惑う二人の背を「ほら」と押し、部屋から出した。
「奥様に任せておけば大丈夫だと思いますが…ああ、でもやっぱり何かあったら大変ですね。一応見張りも付けておいて…でも、奥様は病気じゃないんだからそこまで心配しなくても良いって言いますし」
ノルンはセシルの部屋の前で立ち止まったまま、一人ぶつぶつぶつと不安そうに考え込んでいる。本気でセシルの体を心配しているその様子はまるで本当の父親のような様子で、レスターは可笑しくて笑いそうになってしまう。しかし、本気で心配してくれているのを笑うのは悪いと思い、レスターは我慢する。だけど、これぐらいは言ってもいいだろうと、レスターは口を開く。
「…ノルン、お前大分とセシルに甘くなったな」
「…そうですか?」
ノルンはそっけなく答えたものの、仏頂面の下に一瞬照れたような表情が見えたのをレスターは見逃さない。素直じゃないなあ。レスターは可笑しな心地になる。
「…公爵家の跡継ぎが産まれるんですよ。大事な跡継ぎに何かあったらと思うと、不安になるのは当たり前じゃないですか」
跡継ぎが大事と言うのは照れ隠しだろうとレスターは見抜くが、どうせ言ったところで認めないだろうからつっこまないでおいてあげようと思う。
「まだ、跡継ぎが産まれると決まったわけじゃないのに」
「いいえ、何としても男児を産んでもらわないと。早く彼女をこの家の嫁に迎えるためにも」
「別にどちらでもいいよ。まだ17歳なんだし。慌てなくてもいつかは男の子が産まれるよ。母上だって、女の子がいいとばかり言っているし」
「そんな呑気な事を言っていたら、いつの間にか歳をとり過ぎてしまいますよ」
と、その時、部屋のドアが開いた。中から眉をつり上げたユリナが顔をのぞかせる。
「二人とも、セシルさんの事が大事なのはよくわかるけれど、ドアの前ではうるさいから早く行って」
「「は、はい!」」
ユリナは男2人の尻を叩き、その場から追い出した。
「はあ、うちの男どもは…」
ユリナは慌てて駆けていく2人の背を、苦笑まじりにやれやれと見送った。