閑話②:カイゼルの場合
時ほぼ同じくして、城の廊下をカイゼルはのっそのっそと歩いていた。
「おい!カイ!てめえ、ずっと欠勤しやがって!昨日、団長が皆を集めて大事な話してたんだぞ!セスが女だったって!しかも今サーベルンの人質になってるらしい!」
「……」
カイゼルは妙にテンションの高いヘルクを振り返る。カイゼルのその目は死んでいた。
「なんだよその目!こんな大事件だってのに」
「…とっくに知ってるよ。先に聞いてた」
カイゼルは再び前を向くと、のっそのっそと廊下を歩き始めた。カイゼルの低テンションについていけず、間の抜けたヘルクを置いて。
ヘルクは慌てて気を取り直すと、カイゼルの肩をつかむ。
「おいちょっと!カイ待てって!」
「うるさい」
カイゼルは振り向きざまにごすとヘルクの鳩尾を打つ。そして、床でもだえるヘルクを置いて、カイゼルは再び歩き出す。
―アメリーに続き、セシルまで行方不明と思ったら…
「ああもう!」とカイゼルは頭をがりがりと両手で掻きむしる。
―一体なんなんだよ。あれやこれやと災難ばかり
カイゼルはトイレに入るなり、壁に頭を打ち付ける。
リトミナ王家の秘密。それに触れてしまったカイゼルはあの爆発の後、慌てて家に帰り、物置の床下にあの子供を隠した。余計なことに巻き込まれたくないから、誰にも口にしない、自身の心にだけ秘めておくと決めて。そして、城にとんぼ返りすれば、今度はセシルが行方不明。
そしてその後、起こったサーベルンでの事件。その事件の仔細を聞いた時、カイゼルはセシルが再びマンジュリカに捕らわれ、操られていると思った。
しかし、サーベルンは教会爆破事件に関して、諜報しただろうリトミナのリザントでの一件と、犯人がジュリエの民であることの可能性を(一般に対しては、マンジュリカの存在を抜きにではあるものの)公表した。そしてそれと同時に、セシルを捕らえていた事実を公表し、人質とした。
「……」
何かおかしい、とカイゼルは思う。一番わかりやすいおかしなことは、彼女がわざわざツンディアナまで行ったということだ。確かに8年前、セシルはラングシェリン家の前公爵によく懐いていた。だから、普段の日に前公爵の墓参り(遺体は盗まれたと聞いているが、たぶん墓標は立っているだろう)にでも行ったというのなら理解はできるが、爆破事件直後に周囲に黙ってわざわざツンディアナまで行くだろうか。
そして、不思議なのは、今回サーベルンがやたらと冷静な行動をしたことだ。
サーベルンはマンジュリカの扇動の可能性を示唆し、戦を控えたとも聞いている。確かに言われて見ればそうだ。だが、教会を破壊された怒りで、普通ならジュリエの民のことにまで気が回らず、攻め入ってきそうなものなのに。
しかも、普通、他国の地方の小さな事件にまで目を向けるだろうか。
「……」
カイゼルは考える。あのリザントでの事件のことをサーベルンが知っていたとなると、サーベルンはあの事件が起こる前から、リトミナ内部の動きを監視していたということになる。地方へ魔物退治しに行くなどという、マンジュリカ事件と関係のなさそうな動きにも、目をつけ監視していたという事なのだろう。
なぜなら、機密文書を覗かれて、あの事件の事をサーベルンが知ったなどという事はありえないからだ。リトミナ王家以外のものが吸収魔法を扱ったなどという、王家の威信に関わるあの一件は超重要機密として、事件関連書類は保存するどころかすべて焼却処理―廃棄され、うやむやにさせられたからだ。
だから、リザントの事件を調査した関係者に、サーベルンに情報を流した者がいた可能性が疑われており、尋問も開始されている。カイゼルもさっきまでずっと受けていたが、やっとの事で疑いを晴らすことができた。次は、今まで何も知らなかった、呑気なヘルクが受けてへばる事になるだろう。…まあ、ヘルクの事は今はどうでもいいとして。
「もしかして、セシルが、自国をかばうためにリザントでの一件を言ったのか…?」
だが、普通、敵国の王家の人間の、身内をかばうような言葉に耳を貸すものだろうか。
よほど頭の切れる人物がサーベルンにいたのか、とカイゼルは思う。しかし、何だかそれでも変に思う。
―セシルが今回、たまたま相手の手の内にいたなんて、何だか都合が良すぎないか?
今回サーベルンは、セシルを拘束していることを公表し、彼女を人質に使ってきたが、それまではセシルがツンディアナに居ること自体隠していたのだ。サーベルン国内の混乱を避けるためだったらしいが、その間銀髪の女が事件を起こしていたのに、リトミナ王家のセシルの存在をなぜ今の今まで隠しておいたのだろうか。
「……」
考えに考えるが、セシル本人と会えない以上、真実などわからない。カイゼルは深いため息をつく。
「とにかく、無事でよかった…」
カイゼルは、先程壁に打ち付けた額に手をやる。厳密に言うと無事ではないが、消息すら分からないアメリアに比べれば、生きているだけまだましだった。