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閑話①:ラウルの場合

 リトミナの、リートン家屋敷のラウルの執務室。そこには机の上で頭を抱えるラウルがいた。


「ラウル君、大丈夫かね」

「大丈夫じゃないです…」


 目の下にクマどころか不穏な影を飼うようになった―少し昔の自分のようになったラウルを、丁度訪ねてきた団長は憐れむかのように見る。


「セシルがいなくなったと思ったら、いつの間にかサーベルンの人質になっているんですよ…。その上、女だとまでばれてしまって…」

 ラウルは執務机に突っ伏した。



 あの日、王城の爆発事件の後から、セシルは行方不明になった。セシルは爆発事件で負った怪我の療養中ということにして、密かに全国規模の捜索が行われたが、全く手がかりはない。ラウルは、もしかしてマンジュリカに攫われたのかと思っていた。


 そんな中、サーベルンの王都メルクトで起こった、銀髪女の教会爆破事件。ラウルと団長は、もうこれは確実に、マンジュリカに攫われ操られたセシルが起こしたのだろうと思っていた。

 そして、それ以来サーベルンでは反リトミナの動きが高まり、戦まで秒読みの状態となった。リトミナもそれに対抗するべく―というより前々から国王を含め上の輩はサーベルンと戦を起こしたくてうずうずしていて―きっかけを得た今、早速と戦支度を開始していた。


 そうして、サーベルンはきっと、対魔法武器と対吸収魔法のためにラングシェリン家の者を戦に出してくるに違いないから、上層部は、セシル抜きで彼を対処する策を考えていた。そんなところに起こったのが、この騒ぎだ。


―リートン家長女、セシル・フィランツィル=リートン嬢を預かっている


 怪我で療養中の国王の代理―アーベルから渡された書簡のその一文を見た時、ラウルは仰天した。


「どういうことだい、ラウル?」

 その時もアーベルは、いつもの営業スマイルを一切崩さず聞いてきて、ラウルは逆にそれが恐ろしかった。


 ラウルはしどろもどろになりそうな自身の心を鼓舞し、言葉を選びつつ言い訳をした。実は、自分が病弱だったため、いざという時のためにセシルを父が男として育てたと。そして、そうこうしているうちにセシルを女に戻す機会を失い、今までこうしてずるずる来てしまったと。


 ラウルは、これでも一番あたりさわりのない、誰もが推測するだろう理由の嘘を言った。本当の理由を言えば、セシルの名誉にかかわることになるからだ。


 アーベルは、「そうかい。大変だったね」と慰めてきて、ラウルは逆に気持ちが悪かった。そしてその後、国王の取り巻きたちから、お咎めすらなかったのも不気味だった。




「……」

 ラウルは、未だにアーベルに対する嘘があれでよかったのか分からない。サーベルンの勘違いだとでも言い張って、セシルが男だと通せばよかったのかもしれない。だが、今頃後悔しても遅い。


「…」

 今後はセシルを取り返すことを考えなければならないが、取り返したら即座に王太子妃に据えられるのだろう。むしろセシルを取り返したくない気がするのに、ラウルは深いため息をつく。


「今頃は偽装結婚してめでたしめでたし…でもないけど、そうなるはずだったのに。いつの間にこんな事になっているんだ…」

 ラウルは世の中のうまくいかなさに、心底辟易とする。


―それにしても、ラングシェリン家か…


 人質にされたセシルを、捕らえ監視しているリトミナ王家の宿敵。あの城の爆発事件から後、何故かセシルはわざわざツンディアナまで赴き、行き倒れてその当主に保護されたらしい。


 セシルがツンディアナに向かった理由は全く思い至らないが、8年前のセシル奪還の時と何か関係があるのだろうか。ラウルは、当時のラングシェリン家当主トーンはセシル奪還に力を貸してくれた、良い奴だと常々父から聞かされていた。セシルは父よりもトーンに懐いていたらしく、父は当時の事を思い出す度『あの男、オレの可愛い娘を誑かしやがって』とも言っていたっけ。


 もしかしたら、セシルはその人のお墓参りにでも行ったのかもしれないが、あんな事件の後に何も言わずに行くというのもおかしな話だ。



「……」

 今頃セシルは、ラングシェリン家でどんな目に遭わされているだろうか。前当主が良い人だったとは言え、今では代が変わってしまっている。現当主がいい人とは限らない。しかも、エレスカの城を一人で陥落させた男だと聞いている。大事な人質だから手荒には扱われていないだろうが、込み上がってくる不安にラウルは震える手を揉んだ。


「早く助けてやらないと。だけど一体どうやって助け出したらいいのか…。サアラも一体どうしたら…」


 サアラは、セシルが行方不明になってからは、自身を責め、毎日臥せっていた。セシルがサーベルンの人質になったことを知った今は、いつ自殺してもおかしくないぐらい憔悴していて、何も食べられず毎日点滴を受けている。こちらもまたラウルの心労の種で、ラウルはこれからどうすればいいのか、もう皆目見当もつかない。


「…とにかく、今はセシルには耐えてもらうしかない。セシルの事なら安心しろ。時期を見て、俺が必ず取り返して見せる。だから、ラウル君。今日ぐらいはゆっくり寝ろ」


 団長は突っ伏すラウルの頭を撫でる。ラウルはその大きな手が父のようでなんだか安心して、小さく「うん」と言うと、そのまま目をつぶった。

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