12-⑥:人質
それから、二週間ほど経ったある日。
サーベルンは、すっかり開戦ムードとなっていた。そして、毎日のように王前で会議が開かれている。
「実は皆のものに、伝えておかねばならないことがある」
その日の会議の途中。頃合いを見計らった国王から目くばせを受けたレスターは、ノルンの魔法道具を起動させた。その瞬間、ある女性がその場現れる。刹那、会議の場にいた誰もが目を見開いて、その女性を凝視した。
「…ぎ、銀色の悪魔!」
誰かが叫んだのを合図に、その場はざわめき混乱しはじめる。
「……」
金色の鎖で拘束され、その一端をロイに引かれたセシルは、ざわめきの中から時折飛んでくる罵声にぐっと唇を噛んで耐えていた。そんなセシルにレスターは、他の者に気づかれないようちらと見て、小さく微笑みかける。
「…」
セシルはそれを見て、ほっと小さく息をつく。
「皆静かに!」
レスターが叫ぶ。すると、しんと場が静まる。それを合図に国王は口を開く。
「実は、一月ほど前、この者を拘束した。場所はツンディアナ。行き倒れになっていたところを保護した。この者の素性は皆が今思っておる通り、リトミナ王家の者。混乱を防ぐために捕縛していたことを、今までお主たちに隠しておったのだ。そして、この者の名は…」
国王は、皆の視線を促すようにセシルを見た。
「リートン家の次男、セシル・フィランツィル=リートンだ」
その瞬間、その場の人々は驚愕の声をあげた。
「陛下、御冗談を!この者は女性です。あのリートン家の次男のはずがありません!」
ある男が席を立ちあがり、セシルを指差す。しかし、陛下はゆっくりと首を横に振った。
「レスターが尋問の末にやっと吐かせた名前だ。余も初めて聞いた時にはそう思ったが、とても嘘とは思えぬ。それに調べさせてみると、リートン家の次男は以前王宮で起きた爆発事件の怪我の療養中ということになっておるが、実は行方不明でその事実を隠しているらしい。理由は吐かぬから分からぬが、何故かその爆発事件の後、この者はツンディアナまでやってきたらしい」
「しかし、女性ですよ…あのセシルのはずが…セシルだとしても、なぜわざわざ男のふりをして今まで」
セシルはサーベルンでもある程度名が知れていた。それは、リトミナと小競り合いをしている国から、猛者としての噂が流れてくるからだ。だから、そんな功績を立てている者が、女性のはずはない…だから、目の前の女性=セシルではないはずだと皆思っていた。
しかし、セシルが騎士となってからはサーベルンとの戦は起こったことがないので、その場に居た皆は、セシルの噂は知っていても顔は知らなかった。
「それに関しては、ある程度検討はついておる。リートン家の現当主は、かつてとても病弱だったと聞いておる。おそらく、前当主は、将来万一の時のための保障に、丁度マンジュリカから奪還したセシルを男児として養子に迎えたのだろう」
その言葉に皆一様に納得したのか、ざわめきが小さくなる。しかし、ふと「待てよ」と声が上がる。
「リトミナ王家の女性…ならば、もしやこの者があの事件を」
その言葉に、その場がざわっと色めきたった。しかし、国王はすかさず「それはない」と強い調子で否定する。
「セシルはずっとラングシェリン家に、魔法を封じて監禁していたからな。できるわけもない。おそらく別の者じゃろう。その者の正体については、今は何とも言えぬ。それは、リトミナ王家に他に女性などいないはずだから―と言いたいところだが、男装していた者がいたという前例があった以上、それは絶対とは言い切れぬ。だが…」
国王は強い光をたたえた目を上げる。
「もしかしたら、リトミナ王家ではなく、ジュリエの民の者と言う可能性もある。皆、銀髪水色の瞳をリトミナ王家の者だけが持っておると思い込みがちだが、考えてみればジュリエの民は皆銀髪で水色の瞳なのだ。……そして、実はマンジュリカ事件とは関係のないことだと考えていたから今まで知らせていなかったことがあるのだが、リトミナのリザントにジュリエの民が現れたという情報を得ていた。そして、なんの偶然か、そこにいるセシルを襲撃したという情報を得ておる。その者は吸収魔法を使い―その死体を検査したところ精神操作のようなものを受けておったそうだ」
一同がどよめいた。皆混乱しつつ、周囲の者と顔を見合わせはじめる。
「吸収魔法とは、元々ジュリエの民だったリトミナ初代王妃が扱ったもの。あれから、500年。その間に、ジュリエの民の中に同じ魔法を扱える者が産まれていないとは言えない。マンジュリカは、そう言った者を精神操作し、手駒としている可能性がある」
国王は「さらに言えば」と続ける。
「我が国とリトミナの間に混乱を起こすことが狙いで、マンジュリカはあえてジュリエの民を使ったのかもしれない。我々に、彼らをリトミナ王家の者と勘違いさせることが狙いで。だから、我が国がリトミナ相手に戦など起こせば、マンジュリカの思うつぼとなる。よって、」
国王は一端言葉を区切ると、皆の顔を見て言った。
「リトミナと戦は起こさない」
皆一斉に、どよめいた。「いや、しかし!」と叫ぶものまである。そんな皆の動揺を抑え込むかのように、国王は強い声の調子で続ける。
「今日皆のものに集まってもらったのは、このことを言いたかったからだ。我らが父の教会を、無残にも破壊されてしまった皆の気持ちはよく分かる。だが、こらえてくれ。今は感情に囚われて動くべき時ではない。しばらく静観していてほしい。…もしも余のこの決定が神の怒りを買うなら、余がすべて買いとってやろう。そちたちに迷惑はかけぬ」
皆戸惑いつつも国王の強い意思を理解したのか、その場の気配が次第に落ち着いていく。
だが、その空気を割って申し出る声があった。
「陛下のお心しかと心得ましたが…状況は今やそれどころではないかと…」
リトミナは今や着々と軍備を進めている。こちらが引いても、相手はこんな好機にきっと引くはずもない。国王はその言葉に、「待ってました」と心の中でにやりと笑う。
「そのことも考えておる。だからこそ今日、この者を捕縛していた事をこうして明かしたのだ。きっとこの者をあらかじめ捕らえることになったのも、この日のための神のご意志だったのだ」
国王はそう言うと、セシルに視線をやる。セシルは全部知っていたとはいえ、その場の空気に緊張しごくりと唾を飲む。
「この者―セシル・フィランツィル=リートンを捕らえていることを公表し、人質とする」