12-⑤:一石二鳥の方法
「…と言う訳なんです」
「…そうか、良かったの」
げっそりとやつれたノルンを前に、それを言うのはどうかと迷うが、それ以外に言いようもないので国王はしかたなくそう言った。
「プロポーズの所作だと説明すれば、今度はイゼルダ神はエロだ。そんなエロ宗教の奴と結婚なんかしたら、どんなエロい目に合されるかわかったもんじゃない。結婚なんてできるかと。…性的な意味は全くない。心臓に手を当てて、その人に生涯の愛を誓うものだと言っても、そんなことしても離婚する奴は離婚する。オレもきっとレスターに飽きられて離婚されるんだって、変な方向に話が逸れ続けて、結果的に1時間も説得する羽目になりましたよ」
「早速マリッジブルーかの。早いのお」
国王は苦笑いした。しかし、ふっと幸せそうな顔をした。
「それにしても、今思えば、セシルちゃんとレスターがこうなるとはの。今じゃから言えるんじゃが、レスターの奴ときたら、セシルちゃんの様子を報告しに来るたびに、楽しそうにセシルちゃんのことを思っておっての。毎度毎度、それが強くなるから、恋をしておると分かったのじゃが、そっとしておいたんじゃよ。指摘したら変に意識して、関係がおかしくなったりしたらいかんと思ってな。レスターの恋慕は、お主も気づいておったんじゃろ?それに、ロイもセシルちゃんに気があるようじゃったから、どちらかを贔屓にすることなんてできんし、成り行きに任せていたんじゃよ。だけど、そうか、レスターを選んだか…」
国王は感慨深げに、遠くを見た。
「イルマのことを忘れられないと思っていたんじゃが、色々と吹っ切れたようじゃな。良かったの…」
国王はうれしさと、少しの寂しさを感じながら、微笑む。その寂しさは、娘のことを忘れられてしまう寂しさというよりは、先行きの不安だったか弱い雛が、立派になって親の元を巣立ってしまったような達成感の混じる寂しさだった。
「それで、彼女をレスターの妻に迎えるために、色々とお力をお貸し願いたく…」
「もちろんじゃ。ただ、今すぐにとはいかない。色々と考える時間が欲しい。何しろ今はこんな時じゃ」
「そうですね…」
サーベルンではリトミナに報復を、と言う機運を高めている。そして、リトミナは、サーベルンが戯言を言ってリトミナに攻め込もうとしていると、徹底抗戦―戦の準備をしていると情報をつかんでいる。元々、近年のリトミナは、サーベルンに対して戦を起こせる大義名分を虎視眈々と狙っていたみたいだったから、今回のことはある意味願ってもないことだったのだろう。
そして、例えリトミナ王家の魔法が衰退していようが、リトミナにセシルがいなかろうが、戦を起こす上ではそんな事は関係ない。彼らがいなくとも、リトミナは強い。なぜなら、魔法技術の精度と練度が高い上、魔晶石の一大産出国であるために、いくらでもそれらを魔法武器に利用できるからだ。
なら、それなのに何故、王家の魔法が衰退していることを、彼らはひたすら隠そうとするのか。
それは、建国の象徴である吸収魔法が衰退することで、人心を集められなくなるということを防ぎたいからだ。人心は王家にとっての力―権力の源だ。それがなくなれば、彼らは人々に指示や命令をし、動かすことはできなくなる。だからもちろん、一国を支配することなど出来なくなる。
だから何が何でも、リトミナの象徴であり、リトミナ国民統合の象徴を守ろうと、彼らは躍起になっているのだ。
しかし、だからこそ、とノルンは口を開く。
「リトミナ王家衰退の事実を公表すれば、リトミナは滅んで終わりです」
リトミナがなくなれば、レスターとセシルの婚姻の憂慮は、大幅になくなる。主の幸せの邪魔になるもの等、皆滅べばいい。そんな短絡的な考えをするノルンに、国王は聞こえよがしにため息をつく。
「馬鹿者。国とは爆弾みたいなものじゃ。火の方向性を持たせた魔晶石を詰め込めば詰め込むほど、爆弾は火力を増す。それと同じじゃ。一国が抱える領土の大きさと人間の多さに比例して、その国が命尽きる時にばら蒔く混乱も大きく激しいものとなるのじゃ。大国が滅ぶときは、それだけ広範囲に、猛烈な戦火をばら蒔きつつ滅ぶもの。もしリトミナが滅べば、この大陸の何万何百万人が死ぬかわからぬ。しかも、後何十年何百年、その混乱が続くかわからぬ。だから、いくら憎かろうが、そんなことはせぬ。罪もない民たちが巻き込まれて死ぬのは嫌じゃからの」
もしこの場にセシルがいたら、国王の言葉にへえと相槌を打って、超新星爆発みたいだなと言っただろう。
「なら、どうするんです?セシルをそこら辺の平民の娘にでも化けさせて輿入れさせるんですか?…そんなこと、平民なんてと反対されて無理ですよ。どこかの貴族に頼んで養女にしてもらう手もありますが…結局、屋敷で暮らすとなると侍従や侍女の目もありますから、ずっとカツラをかぶって生活できるなど思えません。それに、二人の間に子供が産まれた時、その子が銀髪で吸収魔法の使い手だったりしたら言い訳など出来ませんし…。使用人たちの口止めができたとしても、外部にいつまでも隠せるとは思えません」
「だから、それを今から考えるのじゃよ。そんなに慌てるな」
実は、ノルンがあわてる理由に、国王は内心ほっこりとしていた。ノルンは、大事な主を、できるだけ早くセシルの傍に居られるようにしたいと思っている。だが、それだけではない。ノルンの心には、セシルをできるだけ早くレスターの傍に置いてやりたいという、セシルに対する思いやりも見える。
国王はレスターから以前、ノルンのセシルへの態度にほとほと困っていることを聞いていたが、今やノルンは彼女に強い信頼の念を置いているようだった。
「きっと何とかしてやるから待っておれ。何しろ今は、銀髪の女が事件を起こしたと騒いでいるときじゃから難しいのじゃよ。こんな時にリトミナ王家の者がサーベルン内にいたとなれば、大騒ぎじゃ。一つ間違えれば、セシルちゃんがあの女だと思われてしまう」
しかし、逆に言えばこの事件が起こったからこそ、レスターは踏ん切りがついたのだろう、と国王は思う。もし、起こらなければ未だに、イルマへの思いに囚われ、セシルへの気持ちを忘れようとしていただろうから。ありがたくはないが、結果的にありがたいことのようにも思えてしまう。
「王子にも相談する。あやつもレスターのことを気にかけておったからの、協力してくれるじゃろ。ただ、あの筋トレ馬鹿、足の肉離れを起こして療養中だからな…」
その時、ふと国王は思いだしたように、「そう言えば」とノルンに顔を向ける。
「…今はセシルちゃんは、リトミナでは、怪我の療養中ということじゃったな?」
「はい…我々が誘拐した後、混乱を避けるためか行方不明の事実を隠して、爆発に巻き込まれた時の怪我の療養中ということになっておりますが…」
問われた意味が解らないながらも、ノルンは答える。
「誘拐は1月半前ぐらいじゃの…それなら、セシルちゃんを半月ほど前からラングシェリン家に拘束していたことにすれば、あの女だと思われてしまうことは無いな。…本当はもっと前から拘束していたことにしたいのじゃが、リトミナの王宮の爆発事件と時期が近すぎると、リトミナが王宮爆発をラングシェリン家のせいにしたりと、変な憶測を立てるかもしれないからの…」
国王はそのまま何やら考え込んだ。そして、しばらくすると、ノルンを向く。
「方法は思いついたには思いついたんじゃが…」
「…本当ですか!」
「ああ、この戦も止められる一石二鳥の方法なんじゃが…」
「では、尚更いいではありませんか!」
思わず身を乗り出したノルンに、国王は「ただちょっとの…」と不安そうに言った。
「ちょっと無理があるような気がしないでもない方法なんじゃよ…」
だが、時間もないことだ。一端はこの方法で行くしかないかもしれない。