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12-②:やった、死ねる。

「…あれ?」

 セシルは気づくと、どこかの花畑に立っていた。見渡す限り花ばかりの、丘のようなところだった。ところどころ転々と小高い木が生えており、少し離れた所には川が流れている。


「……」

 まるで絵のような素晴らしすぎる絶景に、セシルは状況も忘れてほうっと息をついてあたりを見回す。



「…そう言えば、ここはどこだろう?」

 しかし、しばらくして、セシルははっと状況を思い出す。先ほどまで、レスターと山にいたはずなのだが、どう見てもここはあの山の草原じゃない。


「…もしかして、オレ、死んだ?」

 あの時、確か腕が取れて体が動かなくなった。意識も朦朧として、もう駄目だと思った。ここに来たのは、それから後のことだ。きっと自分は死んだのだと、セシルは思う。


「しかし、死ぬとまず最初に花畑に行くって聞いていたけど、本当だったんだな」

 臨死体験をした者は花畑を見ただとか、黄泉の川を渡りそうになったと言う事があると噂には聞いていた。生きている頃は信じていなかったが、本当に死後の世界があったとは。



「じゃあ、早速、黄泉の川を渡ろうかな」

 セシルは川の方へと駆け出す。残してきたレスターたちのことは気になるが、向うへの戻り方なんてわからないのだから仕方ない。


 確かこういう時は死んだじいちゃんやばあちゃんが、川の向こう岸から「こっちに来ちゃ駄目だ」と追い返してくれないと生き返れないと聞いている。だけど、自分には追い返してくれるような肉親なんていないはずだから、自分はもう死ぬしかない。無駄な抵抗をせず素直に死んでおこうと、セシルは足取り軽く川へと向かう。


―やった、死ねる死ねる♡


 その足取りは次第にスキップへと変化する。

 セシルは正直言うと、もう生きるのが面倒くさかった。色々考え悩みつつ生きることに、疲れ果てていたからだ。


 やがて川岸にたどり着く。セシルはその綺麗な流れを見るなり、飛び込もうとジャンプした。


―ダーイ…

『何やってんだバカ』

「ぶっ!」


 川にダイブして泳ぐつもりが、襟を後ろから誰かにつかまれて、後ろへ放り投げられる。


「痛ってえ!」

 ごつごつとした川岸の砂利が、もろにお尻に食い込んだ。セシルはひいひい言いながら、お尻をさする。


「何しやがんだこの野郎!」

『それはこっちのセリフだっての。何してやがんだこのバカ野郎!』


 セシルはぎっとその人物を睨んだ。しかし、ほぼ同時に固まる。

「は…?」

 セシルは唖然とその人物をまじまじと見る。そして、目をこする。しかし、見間違いではない。


「…お、オレがいる」

 セシルは信じられないと目を丸くした。セシルの目の前には、銀髪のショートカットの人物がいた。水色の目。顔は瓜二つ。背丈もほぼ同じ。そして、声も同じ…。


『びっくりしたか?オレも初めてお前を見た時、腰を抜かしそうになったけどな』

 その人物は、はははと頭に手をやり、軽い調子で笑った。


「お前、オレのドッペルゲンガーか?」

 といってから、セシルは違うと思い直す。ドッペルゲンガーは人間が死ぬ前に見る物だ。死んでから見るはずがない。ならこの人物はいったい誰なのだろう。


『違うよ。まあ、何というか、オリジナルがオレで、お前が真似したってことだな』

「真似?オレは真似なんかした覚えなんてないけど。っていうか、誰かの顔なんて真似したら、それは整形ってことだろ?オレは生まれつきこの顔だよ」

『う~ん、説明がややこしいから詳細は省くけど、簡単に言うと、お前の本体―お前の魂の故郷(グループソウル)が、オレの顔にそっくりな顔を持って生まれてくる人間を選んだんだよ』

「…?」


 セシルは訳が分からなくて、首をかしげる。そんなセシルを見て、その人物は何とかわかりやすく説明をしようとあれこれ試すが、やがてあきらめた。そして、『そのことよりも』とセシルに向き直る。


『お前、何死のうとしてんだ、バカ野郎』

「え~、だって生きるのってめんどいじゃん?だから、もう死んでもいいかな~って。それに帰り方もわかんないんだし」

『生きるのが面倒くさいって…呆れたな。お前、生きるのが面倒くさいのは当たり前だ。わざわざ天国みたいなところを離れて、下界へ修行しに行くわけだから。修業が簡単だったら意味がないだろう?』

「…お前、オレに説法すんのかよ。ありがた~い説法したいなら、サーベルンかメラコに行けよ。あいにくオレ、無神論者だから」


 セシルは「残念」と手のひらを返し、肩をすくめてみせた。


『…オレに顔は似てるくせに、やっぱり根はあいつと一緒だな。むかつく事至極だ』

 その人物は額に浮かべていた青筋を納めると、腕組みして頭を悩ませ始めた。オレをどうやって説得しようか、あれこれ考えているらしい。そこで、ふとセシルは、はっと顔を上げる。


「もしかして、お前がいわゆる死にそうな人間を、黄泉の川を渡らないように追い返す縁者ってやつ?」

『そうだ』

 その人物は、一端悩むのを中断して、セシルに頷いた。


「オレ、お前みたいなのと縁者だった記憶なんて全くないけど」

 自分と全く同じ顔の人間が、周囲にいた記憶なんてない。それにもしそんな者が過去に自身の親戚にいたとなれば、誰かが生き写しだと噂するはずだ。そんな噂聞いたこともない。


『…オレは今のお前とは関わりがない。まあ、現在はあるということになるが…。とにかく、オレはかつてお前と関わりのあった人間だ』

「…?お前みたいなやつ、関わりあった覚えもないけど」


 セシルは首をかしげる。こんなに自分にそっくりな顔の奴と関わっていたことがあるのなら、忘れるわけもないだろう。その人物はセシルのその疑問に答えようと口を開きかけたが、はっと何かを懸念した顔になると、うんうんと考えこみ始める。


―そういえば


 一度だけ夢の中で自分に声のそっくりな奴にあった覚えがあるが、もしかしてこいつはそいつだろうか。姿は光で見えなかったが、背丈的には自分とほぼ同じだったはず。セシルがそう思って口を開きかけた時、


『とにかく!お前はここから帰れ。帰り方だけど、安心しろ。オレが強制的にお前を帰してやる』

 その人物は、セシルの肩をつかもうとした。しかし、セシルは咄嗟にその手を避けた。


「やだ―――!」

 そんなのいやだ。せっかく楽になれると思ったのに。


 だから、セシルは駆けだした。セシルに似た人物は、慌ててセシルを追いかける。


「この世よ、さらば!」

 セシルは川に向かってダイブした。が、

「ふぎゃ!?」

 確かに川へダイブしたはずなのに、川から少し離れたところの、ふさふさとした花の海に頭を突っ込んだだけだった。


「なんで!?」

『…良かった。焦ったけど、どうやらタイプアップだな』

 その人物は額の汗をぬぐい、ふうと息をついた。


「オレ、もう死ねないの!?そんなのやだ~!」

 セシルはその場にへたり込み、叫んだ。そんなセシルをやれやれとみると、その人物はセシルの傍に寄った。


『…君が死にたくなる気持ちはわかるよ。だけどね、人は皆、それぞれ色々な目的と役割を持って生まれてくるんだよ。持っているその目的や役割は全部が全部、良いものとは限らない。辛い目的や理不尽な役割もある。だけど、どんなに辛い目的であっても、どんなに理不尽な役割であっても、それをやり遂げなきゃいけない。それは、自身の魂を磨くために必要な課題だから仕方ないんだ。…もしそれを放棄して死んだら、今度の修業がもっとつらくなる。そう、今の君のようにね。…それに、君にはあいつが憑いているから、なおさら状況が複雑になっているしね…』

「…?」


 セシルはまた訳が分からず、首をかしげた。そんなセシルにその人物はふっとほほ笑みかけると、光に包まれた。

「…!?」

 驚くセシルの前で、その人物はすっと背が伸びた。そして、その光が収まった時、そこには眼鏡をかけた壮年の男―以前に夢で見た男がいた。


『こいつを助けてやってくれ、セシル』

「助けるって…」

『それがお前の今世の目的と課題の主なものだ。つまり、お前が生きる理由だ、セシル』

「……」


 全く訳が分からないと、セシルはぽかんと口を開ける。


『深く考えなくていい。ただお前は目の前にくる試練を乗り越えていけ。どんなに辛くても逃げるな。絶対に自分で死を選ぶな。それだけでこいつは救われる』


 訳が分からなくてセシルが疑問を一から全部問おうとした時、空間がぐにゃりとゆがんだ。セシルはバランスを崩し地面に倒れる。


「時間だな」

 はっと前を見れば、その人物は曲がりくねる空間の中、元の銀髪の姿に戻り、空間の中央に浮いていた。


「何なんだよ、あんた…」

 セシルは曲がる地面にしがみつき…しかし自身の存在すら曲がり、空間ごとどこかへと吸い寄せられていく。意識も渦を巻いているかのように、しどろもどろになって訳が分からなくなっていく。


 頭がガンガンとする。激しい耳鳴りが波のように襲ってくる。


 だけどそんな状況でも、何故か、聞いておかないといけない事だけははっきりと分かった。だからセシルは叫ぶ。


「あんたの名前は?!」


 景色も音も何もかも崩れていく空間。その人物の姿は既に消えてただの光の塊となっていたが、セシルの視覚はもう失われていて、それすらも認知できない。しかし、返事だけははっきりと聞こえた。


『リアン、ジュリアン・アークライトだ。だけど、これは夢だから、お前は忘れるかもしれないけどな』

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