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The End of The World ~四国の猟犬~  作者: コロタン
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第5話 メモ

 「そう言やぁ、俺等が港出てから結構経つけど、瀬崎一尉達の方はどうなっとるんですかね?」

 

 「奴等を出来るだけ引き離さないようにしながら港に戻るらしいし、もうちょっと掛かると思うわよ。

 港を出てここまで来るまでの間、B型に出会わなかったのはあの人たちのおかげね・・・正直、B型がうじゃうじゃいる場所をくまなく探索するなんて想像しただけで吐き気がするわ・・・」


 先頭を進んでいる玉置は俺の言葉に振り返らずに答える。


 「でも、そんな中を井沢さんは一人で先に進んでるんですよね・・・」


 最後尾を付いてくる永野は不安そうに呟いた。

 B型が4~5体くらいなら井沢はもちろん俺だけでも1人でもどうにかなる数や・・・せやけど、瀬崎達が引付とらんかったら100や200じゃ済まん数のB型がこの地域にはおるらしい。

 井沢は囮もおらん状況でそんな中を突き進んどる・・・正直、消息を絶ったんが井沢やなかったら、俺等もそいつが生きとるなんて希望を持つことは無かったやろう・・・。

 永野が不安になるんも解るけど、俺等が諦めたらあかん・・・俺は、あいつが絶対に諦めん事を知っとる。

 それやのに、俺等が諦めてどないするっちゅう話や・・・。


 「まぁ、俺等の内誰かが同じ目にあったら死んどるかもしれんけど、井沢なんやから大丈夫ですって!

 あいつの事やし、絶対に生きて生存者のとこまで行ってます!」


 「ははは・・・まぁ、あの人ならそんな気はするよね・・・」


 永野は未だ不安そうではあったけど、俺の言葉を聞いて少し呆れたように笑った。

 それを見た玉置が立ち止まって俺等を振り返る。


 「さてと、そろそろ最初の詰め所に着くわよ・・・そこで何か手がかりが見つかってくれれば有難いんだけど・・・」


 「なぁ姐さん、あいつが拠点にしそうな場所って消防団の詰め所だけなんか?」


 「そう言えば、前に井沢さんに聞いた時には、シャッター付きのガレージとか交番も結構良いって聞いたけど・・・今のところそう言った場所は無視してるよね」

 

 永野も首を捻りながら玉置を見る。


 「そうね・・・確かにその2つも良いんだけど、今の井沢さんのように1人の場合は消防団の詰め所の方が良いでしょうね。

 ガレージはシャッターがあるけれど、ガレージ内では動けば少なからず音が出るから、シャッター1枚では外の奴等に気付かれる危険性がある。

 それに、音に気付いた奴等にシャッターを叩かれれば、その音でさらに他の奴等が寄って来るし、もしシャッターを突き破られたら逃げ場がないわ・・・。

 交番は何人かで見張りをするなら良いんだけど、1人でとなるとガラス窓とか守るべき場所が多すぎるから立てこもるには向かない。

 交番は窓が多い分ガレージよりも侵入経路が多いから、奴等に囲まれてしまえば脱出も出来なくなるわ・・・。

 でも、消防団の詰め所なら1階建て、2階建てとかいくつかあるけど、地域の分団ごとに所有しているから探せばすぐに2階建ても見つかるわ。

 2階建てなら1階部分がシャッター付きの車庫になっていて、入り口は大抵の場合はそのシャッターと勝手口のみで、階段を昇れば2階に休憩室なんかがある構造になってる事が多から音も漏れにくいし休むのにも適してる。

 2階の窓からなら、奴等に見付かる心配もなく外の様子を伺えるし、仮に奴等の侵入を許したとしても、2階に続く通路が狭い階段だけなら罠を張っても良い。

 もし迎え撃つ事になったとしても、階下から上がってくる奴等を蹴落とすだけで済むから守り易いのよ。

 奴等はAもBも不安定な足場では動きが鈍るし、蹴落とされて死ねば良し、例え死ななかったとしても一度倒れると起き上がるまでに時間が掛かるから自身の体力の消耗も抑えられるわ。

 井沢さんは元々時間に余裕をもって拠点を探す人だし、常にその日休む安全な場所を探しながら動いているはず・・・だから、他の所を見て回るよりも詰め所を重点的に見て回った方が手掛かりを得る可能性は高いと思うわ」


 玉置は周囲を警戒しながらも、俺と永野に解りやすく説明してくれた。

 

 「今何時やったっけ・・・俺等もそろそろ今日休む場所探しながら動いた方が良ぇんかな?」


 「12時過ぎね・・・取り合えず、最初の詰め所を見つけたら昼食にしましょう。

 その後は、次の詰め所まで行って今日は休むわ」


 「了解や・・・まぁ、井沢が詰め所で休んだ形跡が無いか探すんやったら、そのまま俺等もそこで休んだ方が良ぇわな」


 「目的が単純明快で解りやすいってのは井沢さんらしいよね・・・自分のやるべき事をやろうとするし、休む場所も最初から決めてるんだからさ。

 捜す方としては大助かりだよねほんと・・・」


 「そうでなくちゃ困るわよ!いくら井沢さんが私の恩人だとしても、流石に命を無駄にしたくはないからね!結婚もせずに死んでたまるもんですか!!」


 玉置は拳を突き上げて高らかに言い放った・・・。


 「姐さん、無駄死には嫌とか言っとったけど、今の声で何体かこっちに向かって来たんやけど・・・」


 「こんなんで結婚出来るのかね・・・玉置二尉はもっと女性らしさを身に着けた方が良いんじゃないかな・・・」


 「五月蠅いわね!さっさと片付けて先に行くわよ!!」


 玉置は顔を赤くしながら向かってくる奴等に走り出し、俺と永野は深くため息をついて後を追った。








 「はぁ・・・見事に空ぶってもうたな・・・」


 俺達は、玉置のせいで寄って来た奴等を素早く倒してから最初の詰め所まで行き、しばらく中を探索して昼食を摂った後で外に出た。

 その詰め所は2階建てやったけど、ほこりなんかの状態を確認しても最近誰かが利用した形跡は見当たらんかった・・・。

 まぁ、念のためちゃんと2階の隅々まで見はしたけど、結局何一つ手がかりと言えるものは見つからんかった。


 「あそこは港から近いとは言っても、B型なんかに囲まれた状態で遠くまで行くはずはないと思ったんだけどね・・・井沢さんは武器も1本失っていたし、早めに休むと思っていた分当てが外れたわ」


 「逆に、囲まれていたからこそ先に進んだんじゃないかな?

 あそこに入るのを見られてたら、結局は奴等に囲まれて籠城することになるし、狭い室内で戦闘になるよりは広い路上で数を減らしていった方が、身長が高くてリーチのある井沢さんはやりやすいんじゃないかな?

 室内で戦闘になったら外の状況が解らなくなるし、例えその場をしのぎ切れても、窓や扉を壊された状態じゃ休む場所としては不安だしね・・・」 


玉置のボヤキに対して、永野は真面目な顔で呟いた。


 「何や永野さん、昼飯食って調子出てきたんか?」


 「いやいや、俺は任務中はいつだって真面目だよ?

 瀬崎一尉達のおかげでここら辺のB型は殆ど居なくなっているとはいえ、これから先には誘導しきれなかった個体もいるだろうから気を引き締めて行かないとって思ってね・・・。

 それに、最後尾の俺はここまで殆ど何もしてなかったからね・・・これから先は少しでも鬼塚君達が楽できるように頑張るよ」


 永野は自嘲気味に笑いながら俺と玉置を見た。

 俺は別に気にしてへんのやけどな・・・実際、永野は前衛向きやない。

 俺がこの仕事をするようになってから永野とは何度か一緒に行動したことがあるけど、永野の射撃の腕は相当なもんや。

 俺がまだ生きとるんも、常に後方で俺のフォローをしてくれる永野の精確なスナイピングのおかげや。

 人間誰しも得意不得意はある・・・それが俺にとって得意なんが前衛、永野は後衛ちゅうだけの事や。


 「まぁ、あまりにも数が多い時はお願いするわ。

 永野二尉の言う通り、これから先はどうなってるか分からないし、次の詰め所まで気を引き締めて行きましょう」


 玉置はそう言って歩きだした。

 言葉の通りさっきよりも緊張感のある雰囲気や。


 「姐さん、次の詰め所まではだいたいどのくらいの距離なんや?」


 「約7kmってところよ・・・そこを抜けるとすぐに都市部に入るわ」


 玉置は振り返らずに答える。

 

 「まぁ、都市部に入る前に休めるのは有り難いね・・・そこに行くまでに何も無ければだけどね」


 「永野さん、不吉な事言わんといてくださいよ・・・それはフラグっちゅうやつやで?」


 「おっと申し訳ない・・・でも、これまでが順調すぎて少し不安ではあるんだよね」


 「その気持ちは解らんでもないけどな」


 俺と永野が話しとると、玉置が立ち止まって振り返った。

 怒られるんかと思ったけど、玉置は港の方角を見とる・・・。


 「どうやら始まったみたいね・・・このくらいの音じゃ奴等も反応しないとは思うけど、念のため急いでここを離れましょう」


 玉置に言われて俺も耳を澄ました。

 確かに港の方角から銃声のような音が聞こえてくる。


 「玉置二尉・・・港の方も始まったみたいなので、これから先は自分が先に行きますよ。

 出来るだけ早く次の詰め所に向かうなら、近接で1体ずつ倒すよりも狙撃した方が危険もありませんし、念のため体力も温存しておいた方が良いかもしれませんから」


 「あら、それは助かるわね」


 「まぁ、自分は近接では足手まといですからね・・・こういう時くらいちゃんと働かないと」


 「弾は大丈夫なんか?」


 「そりゃあもう大量に持ってきてるよ。

 近接武器は井沢さんの鉈があれば十分だから他のは持ってきてないし、自分の食糧とワクチン、あとは井沢さんの義手用のバッテリーと無線機以外はほぼ弾薬だよ」


 永野は胸を張って答えた。

 それを見た玉置がジト目で睨む・・・。


 「タバコ持ってきてるんじゃないでしょうね?」


 「いやいや、タバコはもうやめましたって!今のご時世タバコはお金掛かるし、その分貯金するようにしてるんですよ!」


 「それなら良いけど・・・じゃあ先に進みましょう」


 玉置はため息をつくと、永野に先に行くように促した。


 「なんか信じて貰えてない気がするんだけど・・・」


 「まぁまぁ、俺は信じてますって・・・」


 「ありがとう、俺の味方は鬼塚君だけみたいだよ・・・」


 永野は涙目になりながら俺に笑いかけ、先頭を歩きだした・・・。








 「おっと・・・ちょっと待っててね」


 最初の詰め所を出て30分程歩いたところで、永野が交差点の角から通りの奥を覗いて立ち止まった。


 「集団がおったんか?」


 「うん、20体近くいるね・・・距離は250ってところかな」


 ここまでは集団に出会う事もなく、おっても1~5体の少数ばっかりで順調に進んできとった。

 その中にはB型もおったけど、結局今のところ2体だけや。


 「玉置二尉と鬼塚君は周囲の警戒をお願いします」


 永野はそう言ってサプレッサー付きの小銃を構える。

 これは確か、俺の試験の時に使っとったM4カービンとかいう銃や。


 「姐さん、前から気になっとったんやけど、狙撃の時ってどうやって狙っとるんや?」


 俺は小声で玉置に話しかける。

 もちろん周囲の警戒はしっかりとやっとる。


 「私はあまり得意じゃないからあまり詳しくは言えないんだけどね・・・経験と訓練に裏打ちされた技術であることは確かよ。

 距離、風向、風速、気温、湿度なんかを機材を使ったりして計算して撃つんだけど、はっきり言って私には向いてないと思うわ・・・ちまちまと計算するより身体動かした方が性に合ってるしね。

 まぁ才能のあるなしもあるんでしょうけど、古株のスナイパーなんかは機材を使わなくてもそう言った計算が出来る人もいるって話よ・・・。

 本来1人じゃ出来る事にも限界があるから、自衛隊じゃ基本的にスナイパーはスポッターとのツーマン・セルなんだけど、人手の限られてる今の状況じゃそれもままならないのよね・・・。

 自衛隊でのスナイパーの役割は敵を撃つために潜行させるというより、本来は味方部隊の指揮官を守るという戦術運用なんだけど、今はもっぱら前者での運用が主になってるわ。

 他の狙撃班の人たちは永野二尉みたいに私達と一緒に前線で行動するよりも、安全な建物の屋上とかから奴等の数を減らすのが主な任務なんだけど、何故か彼は櫻木一尉や井沢さんと組まされるのよね・・・。

 まぁ、彼も井沢さん達と一緒の方が楽しいみたいだし良いのかもしれないけど・・・。

 今回はサプレッサー付きのM4カービンと、念のため対人狙撃銃のM24も持ってきてるから、もしかしたら彼の本気のスナイピングを見る機会もあるかもね」


 玉置も周囲を警戒しながら俺の質問に答える。

 話を聞く限り、俺にもスナイパーは向いとらんと思う・・・計算とか苦手やしな。

 俺は少しだけ通りの奥を覗いて奴等の集団を見る。

 永野は相変わらず奴等の頭だけを綺麗に撃ち抜いとる・・・。


 「ほんま見事なもんやな・・・」


 「このくらいの距離ならまだまだ余裕だよ・・・はい終わりっと」


 俺は小声で呟いたつもりやったけど、永野は聞こえとったようや。


 「邪魔してすんません」


 「気にしなくても大丈夫だよ!それより、片付いたし先に進もうか」


 永野は俺に褒められて少し嬉しそうに笑って歩きだした。


 「姐さんと櫻木の兄さんやったら、どっちが狙撃が上手いんや?」


 「・・・櫻木一尉よ!何?分かってて馬鹿にしてんの!?」


 「知る訳ないやろんなもん!なんで兄さんと比べられるとそないに怒んねん!?」


 俺は何気なく聞いただけやのに、後ろから背中を蹴られた・・・。

 理不尽にも程があるやろ・・・。


 「ちょっと2人とも、あまり声出すと他の奴等に気付かれるって・・・」


 先頭の永野が呆れたように俺と玉置を振り返る。


 「せやかて姐さんが・・・」


 「悪かったわよ・・・」


 玉置はバツが悪そうにしとる。


 「まぁ近くには他の奴等はいないみたいだから良いけど、今後は気を付けてね・・・こっちに気づいて動かれると狙うの面倒なんだよね」


 「すんません・・・」


 「ごめん・・・」


 永野は、平謝りする俺と玉置を見て苦笑する。


 「ほんま見事に頭だけ撃ち抜いとるな・・・流石や」


 「これが仕事だからね・・・さっきこいつ等撃ってる時に気づいたんだけど、ここにも荒らされた死体がいくつか転がってるね」


 永野の視線の先には、原形を留めないほどに荒らされた死体がいくつかあった。


 「ここに来るまでにも何体かあったよな?」


 「そうね・・・これで何体目かしら?」


 「原型を留めていないのもあるから何とも言えないけど、少なくとも20体以上はあった気がしますね・・・。

 既に誰かの手で倒されていた奴等の死体は、殆どが荒らされていた気がします・・・」


 玉置と永野が荒らされた死体を調べとる間、俺は他の奴等が近づいて来とらんか気になって通りの先を見て、おかしな個体がおるのに気が付いた。


 「永野さん、あれってさっき倒した奴とちゃいますよね?」


 「ん?あの位置には居なかったと思うけど・・・というか、動かなかったから死んでるものと思って気にしてなかったよ」


 その個体は壁に寄り掛かるように地面に座ったまま、全く動く気配がない・・・。

 見る限り、顔に傷はあっても頭が原型を留めとるようやし、本来なら襲ってきてもおかしくない。

 それが、俺等が近くにおっても反応せんのはどういう事や?


 「様子見て見よか・・・」


 俺は左手にトンファーを構え、右手にボウイナイフを持ってゆっくりとそいつに近づいた。

 俺が目の前まで来ても、そいつは濁った虚ろな目で遠くを見たままや・・・。

 そいつの身体は他の死体と違って荒らされた形跡はなく、微かにではあるけど口が動いとる。

 完全に活動停止しとる訳ではなさそうや・・・。


 「なんなんやこいつは・・・」


 「まったく襲ってこないってのが逆に不気味ね・・・」


 俺の後ろをついて来とった玉置は、動かん個体の目の前で鉈をチラつかせる。

 そいつは、目と鼻の先でそんな事されても、まったく動こうとせん・・・。


 「動く様子はないけど、念のためとどめを刺しときましょう」


 玉置はそう言ってそいつの頭に鉈を叩き込む。

 発言といい、はたから見たら危ない女にしか見えん・・・。


 「荒らされた死体と、動かない個体ね・・・何なのかしらほんと。

 偵察機やドローンの映像だけじゃ解らないことがあるのは承知の上だけど、こうも色々と目にすると不安になるわね・・・」


 「まぁ、ここにおっても始まらんし先に行きましょ・・・。

 もしかしたらこの先にも動かんのがおるかもしれんし、考えるのは次の詰め所に着いてからでも良ぇんちゃいますか?」


 「そうだね・・・」


 永野はそいつの事が気になるみたいやけど、俺の言葉を聞いて立ち上がると、次の詰め所に向かって歩きだした。 







 「それにしても、ここまで来て動かん個体の数が増えてきたな・・・」


 俺等は初めて動かん個体を発見した場所からさらに先に進んで、目的の詰め所の近くまでやって来た。

 詰め所に着くまでの間に何度か小さな戦闘はあったけど、徐々に動いとる奴等の数が減り、代わりに荒らされた死体と動かん個体の数との遭遇が目に見えて増えた・・・。

 普通のもおらん訳ではないけど、正直不気味や・・・。


 「詰め所の前に5体ほどいますね・・・こっちは手早く済ませますから、玉置二尉と鬼塚君はその辺の動かない奴を片付けてください」


 「了解や・・・ほな姐さん、そっちお願いしますわ」


 俺は永野に詰め所前の奴等を任せ、玉置と2人で動かん個体にとどめを刺す。

 これをやるんもかれこれ23体目や・・・。


 「こっちは終わったけど、姐さんはどうや?」


 「私も終わったわよ」


 2人で倒したんを合わせたら何体になるやろうか・・・。

 永野の様子を見に行くと、既に終わっとったようや。

 ほんまあっという間やな・・・。


 「向こうにも動かない個体がいるみたいだし、片付けたら詰め所の中を確認しようか」


 先行する永野を追って詰め所の前まで行き、俺達は手分けして動かん個体にとどめを刺して詰め所に入った。

 そこは2階建ての詰め所で、井沢が利用しそうな条件が揃ってそうなところやった。


 「姐さん、誰かおった形跡はあるんか?」


 「ちょっと待ってて・・・最近誰かが利用した形跡があるわ!床に積もってる埃に足跡が残ってる!!」


 階段を確認した玉置が嬉しそうに振り返った。

 あとは、それが井沢かどうか確かめるだけや。


 「ほんまでっか!もしかして井沢のでっか!?」


 「その可能性は高いわ、埃に残った足跡から見てアウトソールの大きさは30cm以上あるし、ソールのパターンも井沢さんのブーツと同じ物よ!」


 井沢は足を掴まれた時、すぐに脱げるようにエンジニアブーツを履いとる。

 あいつの履いとるのはアメリカの老舗ブーツブランドのオーダーメイドで、ソールにもこだわっとると言っとった。

 俺もブーツは何足か持っとるからある程度は詳しいつもりやけど、あいつの場合はマニアの域に達しとると言っても良ぇ。

 確か、あいつのソールはイタリアのVibram社製の#100Fっちゅうソールで、耐摩耗性とクッション性の優れた通常の#100ソールに耐油性と耐火性を持たせ、摂氏246度の高温の中で40分も耐えたラバーソールの常識を塗り替えたソールや。

 パターンはワークブーツの定番のごつい見た目やけど、履き心地が柔らかいのが良ぇ言うとった。

 埃に残った足跡のアウトソールが30cm以上ちゅうことは、少なくとも足のサイズは28cm以上ある人間や・・・もちろん個人差はあるけど、昔見た計算式では足のサイズが28cm以上ある場合の身長は約190cm・・・井沢は191cmって言っとったから、まさにドンピシャや。


 「井沢さーん、いらっしゃいますかー!?」


 永野が階段の下から2階に向かって声を掛ける・・・しかし返事は無い。


 「井沢がおらんくなってから、今日で何日目やったっけ?」


 「私が知らされたのは消息を絶った翌日で、知った後すぐに櫻木一尉の様子を見に行ってあんたと約束して準備に3日、島で1日過ごしてるから今日で5日目よ・・・」


 玉置は指で数えながら計算する。


 「それやったら、ここにはもうおらんと思うわ・・・。

 ここにおっても状況は変わらんし、それよりもあいつは生存者の所に向かってると思う・・・」


 「そうかもしれないね・・・とりあえず、本当にここに居たのが井沢さんか確認しようか」


 永野は武器を鉈に持ち替えて階段をゆっくりと上がって行く。

 俺と玉置も武器を構えつつそれに続いて階段を上がった。

 

 「扉開けるの嫌だなぁ・・・もし井沢さんがここで転化してたらどうしよう」


 「さっき不吉な事言うなっちゅうたばっかやないか!そんなんなっとったら、さっきの永野さんの声で何かしら反応があるやろ!?」


 俺は扉の前で立ち止まって不安そうに呟いた永野の背中を強め殴った。


 「痛いって鬼塚君!そのトンファーで殴んないでよ!!さっきからそれで奴等の頭殴りまくって血と肉片まみれなんだからやめてくれよ・・・」


 永野のは涙目で俺を見た・・・。

 玉置は呆れて深くため息をついとる。


 「・・・いくよ」


 気を取り直した永野が扉を開けると、部屋の中はもぬけの空やった。


 「誰もおらんな・・・」


 「部屋の中を見てみましょう・・・」


 俺等は部屋の中に入って探索を始めた。

 その部屋は休憩室と給湯室、洗面所に別れとって、俺は給湯室の方を見に行った。


 「永野二尉、鬼塚!ちょっとこっちに来て!」


 しばらく2階の部屋を色々と見て回っとると、永野と俺を休憩室の探索をしとった玉置が呼び戻した。


 「姐さん、なんか見つけたんか!?」


 「これ、ワクチン用の注射器だわ・・・」


 玉置が手に持っとったのは、俺等が持っとるのと同じワクチン用の注射器やった。


 「そこ、なんかたたまれたメモ紙が落ちてないですか?」


 「えっ・・・あ、何か書いてあるわね・・・」


 玉置が床に落ちとった紙を開くと、そこには見慣れた筆跡の文字でただ一言だけ書かれとった。

 

 『生存者の元に向かう。 井沢』


 ただそれだけや・・・。 

 せやけど、井沢は俺等が捜索に来ることを・・・俺等が自分の行動を予想して動くことを見越してメモを残しとった。

 そして、ここを出るまであいつは確かに無事やった・・・共に行動する仲間もなく、ただ一人でここまで生きて辿り着き、さらに先に進んだ。

 それだけやない・・・メモと一緒に空になったワクチン用の注射器が落ちとったっちゅう事は、あいつはまだワクチンの効果が発揮できる状態やったっちゅう事や。

 このワクチンはまだまだ完成とは言えん代物や・・・体力が著しく低下しとる場合なんかには効果が発揮出来ないと言われとる。

 それを打ってまでここを出たんやから、あいつならまだ無事な可能性は高い。


 「ははは・・・流石というか何と言うか、ここまで無事に来てくれてたみたいで良かった・・・」


 永野は安堵してその場に座り込んで鼻をすすった・・・目じりには涙が浮かんどるようや。

 確かに井沢のおった形跡はあったけど、結局は会えへんかったんやからまだ安心するのは早い気がする・・・せやけど、永野の気持ちは解らんでもない・・・。


 「まだ安心するには早いとはいえ、この詰め所まで井沢さんが無事だったのは嬉しい発見ね・・・。

 荒らされた死体や動かない個体とか気になる事はあるけど、今日はこの辺で切り上げてゆっくり休みましょう!

 明日は都市部に入るからさらに危険度が増す可能性もあるし、今日の疲れを明日に持ち越さないようにしましょう!」


 明るく言っとるけど、玉置も目が赤いところを見ると少し泣いたようや。


 「今夜の見張りはどないすんの?」


 「ここは公平にじゃんけんで決めましょう!」


 玉置はそう言って手を突き出す。


 「2番目は嫌やなぁ・・・」


 「恨みっこなしだからね!」

 

 幾度となく繰り返されるあいこの末、結局俺はじゃんけんに負けて2番目に見張りをすることになった・・・。

 

 「はぁ、途中で起きたら寝られへんくなるんやけどな・・・」


 俺は玉置達に聞こえないくらいの声で小さく呟いて、早めの夕飯の準備を始めた。

 

 


 


 




 


 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


 

 

 

 

 


 


 


 

 


 

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