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カケルがかける

作者: 馬猿

カケルは小学校3年生。


2年生のころ、九九が誰よりも得意で、学年中や先生たちの間でとても評判でした。


ところが、3年生になってからのこと。


ある日、2けたのかけ算の授業で、カケルは、教科書の問題を読んで式とその答えを立ってみんなの前で答えることになりました。


カケルは元気がなさそうに立ち上がり、

「ええと、ええと……」

と言ってばかりで、なかなか答えません。


あつ子先生は、「カケルくん、どうしたの?」

と聞きましたが、カケルは「う~ん……」

と言ったきり、下をうつむいたままだまってしまいました。


「カケルくん、どうしたの?かけ算得意なんじゃないの?」

先生は聞きました。


けれども、カケルはだまっていました。 



いつまでたっても答えないカケルにクラスの子たちもだんだんいらいらしてきて、教室の中はざわめきはじめました。


それから、やんちゃな子数人が、

「字が読めないんじゃない?」

「何で答えないんだよ!」

などとちょっかいを出しはじめました。


すると、カケルの机の上の教科書やノートの上にぽつぽつと、涙のつぶが落ちてきました。カケルはついに泣き出してしまいました。


ところが別の日の授業で、かけ算の答えを黒板に書いたときは、カケルはすんなりと間違えなく答えを書いて席に戻りました。


「どうしてなのかしら?」

あつ子先生は不思議に思いました。


せっかくかけ算ができるのに口で答えられないのは、カケルのためにもよくないと思いました。


そして、授業参観の日も近づいてきたこともあって、その前にあつ子先生は、放課後カケルの家に行って、お母さんに話をしてみようと思いました。



ある日、学校から帰ってきてから遊びに行こうと自分の部屋から出たカケルは、玄関先でお母さんが先生らしき人と話しているのを見かけました。


カケルはおどろいて、自分の部屋に戻りました。


先生らしき人が帰るのを待ってから、カケルは外に出ようとしたところ、お母さんに見つかり、呼び止められました。


「カケル、どうしてかけ算が急に答えられなくなっちゃったの?2年生のころあんなに九九ができたのに」

お母さんが聞きました。


カケルは黙ったままです。


知りたいあまり、ついお母さんも、

「黙ってばかりじゃ分からないでしょ!!教えてくれるまで外には出さないわよ!」

カケルの肩を両手で強くつかみながら、きつく言いました。



するとカケルは、顔をくちゃくちゃにして、

「だって僕の名前を言うのはずかしいんだもん!」

と泣きながら言いました。


「カケル、お母さんはけっして責めているんじゃないのよ」

お母さんは、それまでカケルの両肩を強くつかんでいた両手を、やさしくおさえ直して続けました。


「名前のカケルはかけ算のかけるとはちがうんだよ。思いっきり外をかけ回るくらい元気な子になってほしいと思ってつけたのよ。だからそんなことで何も言えなくなるなんてカケルらしくないなっ」


カケルは力強くうなずきました。



その次の日、あつ子先生は、この前ちょっかいを出した子たちをこっそり呼んで、やさしく伝えました。


「カケルくんはこんどの授業参観の算数の授業までにしっかり答えられるようになるから、ちゃんと見守ろうね」


呼ばれた子たちは「はい!」と元気よく返事をしました。



授業参観の日、その日は算数の授業でした。


教科書の問題を読んで、式と答えを立ってみんなの前で言わなくてはいけません。


カケルが答える順番が来ました。


カケルは最初、教科書の問題文をすらすらと読んでいましたが、式を答えるとたん、だまってしまいました。


教室の後ろには、カケルのお母さんをはじめ、クラスのみんなのお母さんたちも見守っています。



この間ちょっかいを出していた子たちが「がんばれ!」とはげましはじめました。


しばらくすると、カケルはついに、

「23かける33…」

勇気を持って答えました。


カケルが答え終わると、みんなから大きな拍手を受けました。


それ以来、カケルはちゃんとかけ算を口に出して言えるようになりました。


自分の名前が、一般的に使われる単語で、日常的に使わざるをえないとき、いろいろな気持ちになりはしないのかな?と思い、書いてみました。


ここでは主人公の男の子が、自分の名前が単語に出てきて、それを言うのがたまらなく恥ずかしいという前提で物語を進めてみました。


そういう自分にしか分からないこだわり、というものを表現するのに苦心しました。

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