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青春エトセトラ  作者: 羽柴 歌穂
第1章
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52.恋する幼馴染

 外に出るとどこか遠くの方からジングルベルが聞こえてきた。

 街はすっかりクリスマス一色で、電飾がピカピカと輝いている。

 クリスマスイブである今日はどこを見ても人、人、人の塊で外に出たことを若干後悔し始めた。


 そもそもなんでこんな日に外に出なきゃいけねーんだよ……


 そう、心の中でゴチながら隣で鼻歌でも歌いだしそうなほど嬉しそうな顔をしている颯希を見ながら、数分前の出来事を思い出す。



「そうちゃーん!メリークリスマス!!」

「まだイブだから違ぇだろ。」

「えーイブでも言う人は言ってるじゃん。て言うかそんな細かいことは気にしなくて良くない?」

「細かいって、お前なぁ……はぁ。んで、何だよ、こんな時間から。晩飯までまだ時間あるだろ。」


 イベントごとは毎回、両家揃って行っている俺たちは今年のクリスマスも例に漏れず、夜、合同でパーティーをやることになっているのだが、今はまだ17時を過ぎた頃で、颯希が家にやってくるには少し早い気がする。

 そう思って先程の疑問を口にすれば


「んふふ~、それはね……じゃん!これに行きたくて!!」


 そう言って取り出したチラシには大きなクリスマスツリーのイラストが描かれていた。


「何だよ、これ。」

「あのね、商店街の方でこのクリスマスツリーの点灯式が今日18時からあるみたいなの、折角だから見に行こうよー!」

「何でわざわざそんな人ごみの中に行かなきゃなんねーんだ。」

「お願い!それに俺文房具屋に言ってスケッチブックも買いに行きたいんだよね、ほらそうちゃんもシャー芯もうすぐなくなりそうだって言ってたじゃん。」

「いや、別に今日じゃなくてもいいし。」

「……ダメ?」


 そう言って屈んで俺の膝に両手を上げながら小首を傾げて聞いてくる颯希にノーだなんて言えるはずもなく、俺は大きなため息とともに肯定の言葉を呟いたのだった。


「そうちゃん、顔怖いよー。」

「何が悲しくて男2人でこんな人がごった返すクリスマスイブに町まで繰り出さなきゃいけねーんだよ。」


 そう言いながらも内心少し喜んでしまっている自分もいるわけでそれが表情に出ないよう気を付けていれば自然と眉間にしわが寄るんだよ!!


 漫研に入ってから2人だけで過ごす時間も無かったしな……


 そんな俺の心情など知る由もない颯希は「もーそんなこと言わないでよー。」なんて隣で苦笑する。


「……お前、絵続けてんだな」

「あー、うん。結構描いてたりするんだよ。どこかに出かけるって事はしてないから殆ど風景写真の模写ばかりだけどね」

「そうか」

「うん……俺、やっぱり絵を描くことは好きみたい」


 そう、眉を下げて小さく笑った颯希の言葉に俺は何も言葉を返すことはできなかった。

 

 知らなかった、颯希がまだ絵を描き続けていたなんて

 

 小さい頃から颯希は絵を描くことが好きで、絵画教室にも通っていてそれこそ中学の頃まではデカいコンクールとかで賞を取ったりしていた。

 俺はあんまりそっち方面には詳しくなかったからよく分からなかったけれどそれでも颯希の描く絵が周りの大人に評価されているってことは分かっていた。

 けれど中学2年の冬、颯希は突然絵画教室を辞めた。

 今度コンクールに出すんだ、と言って作成していたキャンバスは黒く塗りつぶされてぐしゃぐしゃになってごみ袋に詰め込まれてごみ置き場に出されていた。

 中学の美術部を辞めることは無かったけれど、それでも殆ど顔を出すことはなくなっていた、らしい。

 らしいって言うのはその時、俺は俺で所属しているサッカー部の大会が近いこともあり、颯希と顔を合わすことが少なくなっていたので直接本人から聞いたのではなく、母さんから聞かされたからだ。

 だから俺は颯樹が何で絵画教室を辞めたのか、黒く塗りつぶされてごみになったキャンバスの理由は何なのか知らない、聞くこともできなかった。

 颯希も俺にその事について何か話してくることは無かったから聞けなかったんだ。


 そんな事があったから俺は勝手に颯希は絵を描くこと自体を辞めたんだと、そう思っていた。


 でも、そうじゃなかったんだよな……


 胸の奥で黒い感情がとぐろを巻く。


「そうちゃん?」


 急に黙り込んだ俺の異変を察知したのだろう。

 颯希が俺の名前を呼んだ。

 俺の気持ちにはてんで疎いくせに、こういう事には聡いのだ。


 お前の事で俺が知らないことがあるって事が胸ん中がもやもやして嫌なんだ


 そう、伝えることができたならどんなに良いだろう。


 けれど俺は颯希にとってただの幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもない。


 ただの幼馴染、しかも男にそんなことを言われたってただ困らせるだけだって……


「何でもねーよ。」

「嘘。」


 だったらこんな気持ち自分の心の底に沈めてしまおうって、そう思ったのに颯希はそれを許してはくれないらしい。


「はぁ?」

「何でもないってことないでしょ。分かるよ。最近、てか高校生になってからそうちゃん時々変って言うか元気ないって言うか、とにかくいつもと違うなって感じる事増えたもん。幼馴染だもん。それくらい俺にだって分かる。何がとか何でとか理由までは分かんないけど……それでもそうちゃんがいつもと違うって事くらい分かるよ。」

「颯希。」

「ねぇそうちゃん、俺には言えないこと?」


 お前だから言えねえんだよ。


 そんな言葉が咄嗟に口をついて出そうになる。

 けれどきっとそれを言ってしまえば今目の前で泣きそうな不安そうな顔をしている颯希を更に傷つけることになるのは分かり切っていて、それは俺の本意じゃない。

 けれど、だからと言って颯希に今ここで自分の気持ち全てを曝け出す勇気も俺は持ち合わせていない。


 お前の事が好きだからだよ。

 どうしようもないくらい、自分で自分の気持ちがコントロールできねぇくらい好きなんだ。


 でも、それを伝えてしまえば決定的に今までの関係が変わってしまう。


 颯希との関係に亀裂が入るかもしれない。

 もう今まで通りの誰よりも近い幼馴染と言う立場から遠ざかってしまうかもしれない。



 それが俺は恐い。



「ねぇ、そうちゃん。」


 でも、それでも、今目の前で泣きそうな顔している颯希に対してただ黙っていることも、嘘を重ねることもできない俺は今、思っている事をほんの少し素直に吐き出してしまう。


「そんな深刻な顔してんじゃねーよ。ただ何つうかお前の事で俺が知らないことが増えてくのが嫌だって思っちまったんだよ。」


 あれ、おい待て、俺。

 いくらなんでもこれはストレートに言いすぎだろ。

 ほら、颯希も間抜けヅラして固まっちまってんしゃねーか?!


「へ。」

「あ、いや、違くて!いやいや、違くは無ぇんだけど……あー!!くそっだからあんまり言いたくなかったんだ。みっともねー。」


 そう慌てて、大げさにいえば目の前で呆けていた颯希が


「そうちゃんって、俺が思ってるより俺の事好きなんだね。」


 何て顔を赤くして言うものだからどきりと心臓が跳ねた。


「うっせばーか。」


 今更かよ。

 俺はお前が思うよりお前の事好きだよ。


 そんな事口に出せるわけねーけど。


 そうしてお互い変な沈黙が流れる中その沈黙を破ったのは颯希の小さな声だった。


「あ……」

「あ?」

「見て、そうちゃん、点灯式始まったみたいだ。」


 そう、颯希が指差した方向に顔を向ければ下から徐々にライトアップされるクリスマスツリーが視界に映り込む。


「綺麗だねー。」

「あぁ……」


 そのまま再び沈黙が流れる。

 俺はツリーよりも隣の颯希が気になって横目で様子を伺っている「そうちゃん、」なんてこちらを向かず颯希が俺の名前を呼ぶもんだから一瞬颯希の方を盗見してたのがバレたのかと動揺してしまった。


「な、何だよ。」

「ありがとね、付き合ってくれて。」

「あ?」

「そうちゃんいつも口ではめんどくせーめんどくせーって言いながら絶対俺のやりたい事付き合ってくれるじゃん。」


 そんな事を急に言われて咄嗟に言葉が出てこなくて変な間を空けてしまった。


「……付き合わねーとお前が拗ねるからな。」

「もうっ、今真面目に言ってるんだから、茶化さないで。」


 そうやって膨れる颯希の方に顔を向けることが今の俺はできなくて、


「おら、文房具買いに行くんだろ?点灯式も見たんだからさっさと行って帰っぞ!」

「ちょっともー!そうちゃんの辞書には情緒って言葉が載ってないの?」

「置いてくぞ。」

「あ!ちょっと待ってよ、そうちゃーん!!」


 そう早口にまくし立て、颯希を置いて歩き出す。

 赤くなった頬はマフラーに顔を埋めて誤魔化した。


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