番外編《雅也と深月2》
深月 side
自分が周りからどう思われているかなんて知っていた。
実際、こう言う事を聞くのは初めてじゃ無かった。
クラスメイトの彼だけではない、他の子達もみんな僕の事を近づきがたい人間だって言っている、そんなの知ってる。
今まではそのまま、その場から立ち去って聞かなかったフリをしてやり過ごしてきたのに。
今日はそれができなかった。
だって怖かった。
雅也が何て答えるのか聞くのが怖かったんだ。
自分で自分の天邪鬼っぷりに笑えてしまう。
構われている時はずっと無視して、いつか話しかけてこなくなる未来を考えていたのに、いざ、他人から雅也が僕の事を本当はどう思っているのか聞く事になると、心臓が嫌な音を立てて聞きたくないって途端、耳を塞ぎたくなった。
苦手なタイプだなんだ言っていて結局、話しかけてくれるのが、構ってくれるのが嬉しかったんだ。
でも、今までまともに友達一人作ってこなかった僕はその好意の受け取り方が分からなくて、捻くれた考えしか思いつかなくて、与えられる好意を拒絶した。
だってそうだ、雅也が話しかけてくるのは、一人ぼっちでいる僕が可哀想だからなんだ。
ああいうタイプは一人が可哀想だって、無意識のうちに思っているんだ。
だから手を差し伸べなきゃって、思ってる。
そんな可哀想って感情と、義務感で好意を向けられたって嬉しくない、そんな相手と友達になんてなれるはずない、なりたくない。
「まてって!」
そうやってぐるぐる頭の中で考えて自然と早足で歩いていた僕は、後ろから追いかけてくる雅也に腕を掴まれるまで全く追いかけられていることに気が付かなかった。
「……なに。」
「おぉ!やっと口聞いてくれたな。」
腕を掴まれたまま、迷惑ですって顔と声をしながら口を開けば、雅也はそんなの気にしてないって感じで頓珍漢な事を言い出す。
そんな雅也の態度にイラついて、感情のセーブが出来なくなっていた僕は、言うつもりのなかった言葉をつらつらと雅也にぶつけていた。
「何、何か用?て言うか何でそんなに僕に構うわけ?君の周りには沢山人がいるじゃないか。わざわざ僕なんか相手にしなくたって何も困らないだろうに。僕の事は放っておけばいいだろ。それとも何、一人でいる僕は君の目からみたら可哀想にうつってるわけ?君から見たら可哀想な僕に話しかけて、それでただ優越感に浸りたいだけなんじゃないの。」
そうやって、好き勝手言い放った僕の言葉に雅也がなんて返してくるのか怖くて、でも視線を逸らしたら負けだなんだって思ってしまって、雅也の顔をキッと睨みつけた。
するとそこにはポカンとした表情のまま突っ立っている雅也がいて、そんな彼から出てきた言葉は
「ゆうえつかんってなんだ?」
なんてその場に似つかわしくない間抜けな言葉で
「……は?」
思わず僕の口からも気の抜けた言葉が零れ落ちた。
そんな僕に構わず、雅也は「まぁそんな事どうでもいいか」なんて言って、僕の肩を掴んで視線をしっかり合わせて口を開いた。
「別に可哀想だなんて思ってねぇよ。同情もしてねぇ、そもそも何で同情なんかする必要があるんだよ。別に無いだろ?俺がお前に構うのはシンプルだ。ただ単にお前と遊んでみたいって、お前のこと知りたいって思ったんだ。お前いっつも本読んでるじゃん、その本の事とか教えて欲しいし、どうやって勉強したらそんな頭良くなんのかも教えて欲しい、お前のこともっと知りたいんだよ。」
そう、恥ずかし気もなく言い切った雅也に今度は僕がポカンとする番で、思わず口をついて出た言葉は
「滝村君ってバカでしょ。」
だった。
けれど僕のそんな言葉に怒るでも呆れるでもなく
「おう、よく言われる。」
なんて言いきった雅也に毒気を抜かれる。
「即肯定しないでよ……」
今まで、一方的に話しかけてくる雅也を無視し続けてきたからきちんとした会話をするのはこれが初めてで、初めての会話がこれってなんだか可笑しくて、こういう時どういう言葉を返すのが普通なのか、どんな顔をしたらいいのかわからなくて困惑している僕の気持ちを置き去りにして雅也が僕の方へ手を伸ばしてきた。
「俺はバカかもしんねーけど、でもお前と友達になりたいって気持ちに嘘偽りは無いんだぜ、だからさ俺と友達になってくれよ。」
そう言って笑った雅也につられるように笑い返した僕の笑顔はちょっと不格好で、「お前笑い方下手だな、よし!俺がお前の事いっぱい笑わせて世界一笑顔の似合う男にしてやる!!」なんて言ってきた雅也に「何それ。」と呆れたふうに返した。
あれから雅也は何だかんだずっと僕の隣にいる。
「おー生きてっかー?」
「まさや?」
夢現に昔の事を思い出していたからか、そう言って部屋に入ってきた雅也の名前を呼んだ声が少し舌っ足らずに聞こえた。
「ん、大分顔色良くなってんな。」
「ずっと寝てたからね。て言うか、どうやって入ってきたの?」
「合鍵。相変わらず植木鉢の下に隠してあんのな。」
「あー……。」
「何か食いてーもんとかあるか?一応ヨーグルトとか桃缶買ってきたんだけどよ……」
「あー、じゃあヨーグルト貰おうかな。」
「了解。」
そう言ってガサゴソと袋を漁る雅也を見ていると自然と口元に笑が浮かぶ。
「なーに笑ってんだ。」
「んー、別に。」
「にしても、お前も誕生日に熱出すとかついてねーなー。」
「ついてないって何さ。」
「いーや、颯希達が誕生日祝いしたかったってしょぼくれてたんだよ。何かあいつら3人でお前の為にプレゼント用意してたんだってさ。」
「あー、それは悪いことしちゃったな……。」
「心配してたぜー。」
「何だかんだその光景が目に浮かぶよ……。ほんと、3人とも可愛い後輩だよね。」
「だな。」
しょんぼりしているであろう後輩達の姿を思い浮かべて少しばかり申し訳ない気持ちになる。
そんな俺の頭に手を乗せてぐしゃっと急に頭を撫でてきた雅也に思わず目を白黒させた。
「う、わ。」
「そんな顔してねーでさっさとこれ食べて薬飲んで寝て回復しろってーの。」
「そんな顔ってどんな顔さ。」
「んー?なんか心細そうな顔。」
「何それ。」
「いいから、ほれ、食え。」
「うん。」
丁寧にヨーグルトの蓋をとって、コンビニで渡されるプラスチックのスプーンも袋から出してズイっと差し出されて素直にそれを受け取る。
口の中に入れると甘さが広がって「おいし。」と小さく言葉が零れた。
そんな俺の言葉に満足そうな顔をしながら雅也が言う。
「オバサン達今日も遅いんだろ?」
「うん、まぁ。」
「だったら、今日はお前が寝るまでこの雅也様がそばに居てやろう。」
「ふふ、偉そう。」
「何せ今日は深月の誕生日だからな。風邪の時って心細くなんだろ。」
そう言って目を細めて笑う雅也を見ていると、心にポカポカとした気持ちが広がった。
「ん。」
「あ、そーだそーだ。」
「なに?」
「いや、まだ言ってなかったなーって。誕生日おめでとう、深月。」
「はは、ありがとう、雅也。」
「おうよ。」
そう笑う雅也につられて笑った俺の顔はきっと昔と違って心からの笑顔が浮かんでいて、それを見て雅也も満足そうに笑った。




