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幻想大都市ウヴォ美学雑記帳  作者: 小林しゃばこ
「とある地下街での、過去に纏わる話をしよう」 前編
1/1

プロローグ・盗賊ディディ


 生きてりゃ、誰しも過去ってもんがある。未来もあるし、現在もある。


 今、盗賊なんてことをやってる世間様からのつまはじき者、町の汚れっカスみたいな俺も、そういう大層なもんを持っている。

 大抵の場合俺みたいのの役どころってのは決まりきってるってくらい決まってて……女神様に選ばれた勇者様の旅路の序盤も序盤に、運も悪く悪事を働いてるとこを見咎められ、一刀の元に成敗されるのが関の山ってなもんだ。

 活躍の場なんぞ欠片も得られず、終始小物臭い台詞を悲しくも可笑しくその場に残して消えてゆく。


 物語は、見目麗しく英俊豪傑たる勇者と、そいつに救われた運命を背負った容姿端麗な少女の、冒険譚を刻み始める。

 この広く美しき幻想的な大陸を旅して、世界の秘密に触れたり、恐ろしい魔物と対峙したり、そんな中で徐々にお互いの距離を縮めたり、危険な香りもするけれど頼り甲斐のある仲間と出会ったり、満点な星空の下でいい雰囲気になって二人はチョメチョメ…。

 いや、下卑た妄想はこの辺りで止めておくか。


 でもよ。そうやってまるで、使い捨てちり紙のごとく斬り捨てられる舞台装置みたいないち盗賊にも、そいつの生き様ってもんがある。それを少しも省みないってのは良くない、良くねえなぁ。あんたも、そうは思わないか?

 例えそれが、納税もままならずにふらふらと役人から逃げ回って毎日を生きるロクデナシだったとしても、さ。


 え? そんな汚い落ちこぼれ野郎の話なんざわざわざ聞きたくもないって? 幻想世界の物語でくらい、夢と脳汁溢れる無双展開が詰まった転生活劇にうつつを抜かしたいってか?

 はは、気持ちは分かるぜ。だってこれは、気持ちよく酒を飲んでるって時に女房に別れ話を持ち出されて、酔いで釈然としない頭でなんとか離婚届けにサインをするような、そんな話だ。

 ……ちょっと、例えが分かりづらかったかもしれねえな。


 話が逸れたな。過去についての話をしている所だったはずだ。まあ世間から疎まれる存在である俺だって、過去を持っているってわけだ。それに関して哲学だって持ってたりする。


 こんな幻想世界の片隅で、ただ喘いでいるだけの盗賊の話で良けりゃ、聞いていってくれ。











 今、ひとつ踏み出したこの一歩。身体はいつの間にかそれを越えて次の一歩を踏み出てる。最初に踏み出した方は気付いたときには後方に追いやられている。

 しかし、今踏み出されている方の足でさえ、次の瞬間にはまた後ろへ過ぎ去ってゆく。


 そうして毎日毎日、今の自分を過去に放り投げながら、俺達は今日を生きる。

 俺達の存在は連続している。時計の針が進み続ける限り、同じ″俺″であることは二度とない。

 例えここで歩みを止めて、できる限り静止してみた所で、肉体は微妙な変化を止めない。見開いた眼球は乾いていくし、皮の下じゃあ血液が巡回していく。

 そして何よりも…。


 ググゥ~。


 胃袋が、入れた側から食い物を溶かしていく。

 何が言いたいかって、俺は猛烈に腹が減ってるってことだ。



「勿体ぶった顔で、何を考えている?」


「うるせぇ」



 幻聴まで聞こえてきやがる。こいつはいよいよ末期症状だ。

 早いところ食い物を口に放り込まなくちゃあならない。おお、女神よ。哀れな俺様に施しを…。



「日頃女神に悪態をついている奴が…。調子の良い事だ」



 うるせぇってんだよ。幻聴は黙れ。

 もはや口を開くのも億劫な俺は、傍らのそれを睨んでみる。

 奴は暢気そうなあくびでそれに答えた。おちょくってんのか、こいつ。


 …こういう苦しみは俺が生物である以上つきまとう。こいつも、一応生き物(?)である以上、同じ問題を抱えているに違いないのだ。


 生き物は常に変化する。変化は友であり、希望であり、時として敵だ。

 ま、その変化が止まっちまったら、そいつはただ死んじまった…ってことになるのかもしれねぇよな。

 死んじまえば、そいつはただ過去の存在になる。

 死んだ者は、現在からも、未来からも、見向きされることはない――。


 …………何が言いたいかって、俺は死ぬほど腹が減ってるってことだ。



「さぁ~安いよぉ! おひとついかが~?」



 そしてその時は突然訪れる。

 甘く香ばしい香りが鼻をつき、聖人のような笑みをたたえた団子屋が視界に飛び込んできたのだ。

 団子。甘い蜜にくぐらせた、カリっとした表面ともちっとした柔らかい舌触りを併せ持つ奇跡の食い物。

 俺の目を吸い寄せられるようにそこに固定され、気づけば早足で団子屋に向かって突進していた。

 正直、この時ばかりは目が血走っていたろうが、そんな事を気にしている場合じゃあない。


 過去?未来?アホか、んなもん。

 そんな事より大事なのはまず目の前の食い物なのである。


 そんなわけで。


 まさかこの瞬間がきっかけで、過去にまつわる奇妙な話に巻き込まれるなんて、この時の俺は思ってもみなかったのさ。

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