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第9話 笑う父と謁見と乱入

リヒトを除くエスタール家の者達とディアスにジアコーストを含めた者達が朝食を取るために食堂で集まった頃、リヒトはセイジアス王国の王都にある王城の中にいた。


ガツゴツガツゴツ


リヒトが歩を進める度にナニカ恐ろしい音が聞こえているからだろうか。それとも普段は冷静沈着で冷たい印象を受けるリヒトの面に浮かぶのがピクリとも変わらぬ毒を含んだような甘い微笑だからか。すれ違う者達は皆怯えたようなひきつり顔である。


それは勿論、王への謁見の申請を受け付けた文官達や王城を警備する騎士や衛兵達も当てはまる。むしろ王城で仕事をするリヒトの普段の様子を知る分恐怖は他の者達の比ではない。

そんなリヒトの様子はすぐに国王の耳に入り、通常ならば申請してから許可が下りるまで結構な時間を要するのだが直ぐ様許可が下りることとなった。



コンコン


謁見の許可が下りるまでの待機室に消え入りそうなノックが響く。


「陛下から…お返事をお伝えしに参りました…。」


「どうぞ。」


「ヒッ…失礼、致します。」


「許可下りたんだろう?勿論。」


「はいッ…今から謁見を行うそうです。」


「それは良かった。私も暇ではないからなぁ。出直す位なら…いや、何でもない。さて、案内してくれ。まあ謁見の間だとは思うが。」


「ッ…はい。御案内、します…。」


部屋に入ってきたのは生け贄…ではなく、伝言役の執事だ。顔は真っ青を通り越して真っ白であり、リヒトが視線をやると面白いくらいに体が跳ねる。


そんな憐れな生け贄…執事を気にすることなく、リヒトは案内をさせる。


「エスタール侯爵様。こちらが謁見の間でございます。」


「ああ。ご苦労様。戻っていいぞ。」


「え…しかしっ!!」


「本当は謁見の間への案内すらいらなかったんだ。何故ならこれは非公式の謁見となっているからな。使者もすでに来ていた。それに、君はザイル殿下の側付きだろう。探ってこいとでも言われたか。いや、弱味を握れ…違うな。ああ、丸め込めと言われたのか。」


「いえ、ち、違います!!」


「ふむ。そうか。まあどっちでも構わないがな。さあ、もう良い時間だな。『戻れ』」


並外れた頭脳により国の中枢を掌握するリヒトにとって他人の顔と名前、経歴や役職などを覚えることは然程苦痛ではない。故にその執事がザイルの側付きであることも覚えていた。


そしてリヒトの愛しい妻の趣味は人間観察である。観察し、推測し、想像し、判断し、掌の上で転がす。これがセーラ・エスタール考案「誰でも簡単!!これで貴方も社会の裏ボス~相手を丸裸にしようの巻~」の基本であるからだ。それは勿論、リヒトを始めエスタール家はセーラに叩き込まれている。だからこそ執事にどういった命令が下されているかを察知した。しかし、仮にも王族の使者のため、あまり無下にも出来ない。そんな厄介な問題を解決するのもやはりセーラ考案オリジナル魔法である、



セーラが最も得意とするオリジナル魔法【言霊】は言葉に強制力を伴わせる精神干渉系の魔法である。難易度がバカ高く、今現在使えるのはセーラとアザレア、辛うじてリヒトだけ。

それでも効果は抜群であり、『戻れ』と命令された執事は駄々を捏ねることもなく、疑問を持つこともなくそれが当たり前であるかのように自らの主の元へ戻っていく。


「ザイル・フォン・セイジアス。お前は自らの愚かさに気付くことが出来るのかな。だが、今更気づいても遅いか。」



リヒトはクツリと小さく喉をならした。それが合図だったかのように謁見の間の扉が開かれる。



「久方ぶりだな。エスタール卿。」


「お久しぶりでございます。国王陛下。」


謁見の間に居たのは国王陛下と近衛騎士の長を務めるジルベルト・イアニクスのみであった。と言ってもジルベルトは気配を消し、自分は話に入らない事を態度で示していた。尤もジルベルトとは言え、一介の騎士が国王と侯爵の会話に口を挟むのは余程の事がない限り許されはしないのだが。


「うむ。そなたと最後に会ったのは…」


「我が娘、アザレアとザイル・フォン・セイジアス殿下の婚約破棄の御話の時でございます。」


「そう…であったな。」


「はい。突然の事でしたので大変驚きました。陛下から賜った誠に有難いご縁でありましたので残念に思います。しかし殿下にも何かお考えがあってのことやも知れぬと今は納得しております。この国のバランスを取る方策を殿下はお持ちなのでしょう。そんな殿下の傍らに立つには我が娘は力不足だったのだと思います。でなければ殿下に苦言を呈されることも無かったでしょうから。我が娘の至らなさを心よりお詫び申し上げます。しかしながらこの度殿下からお手紙を頂きました。殿下はそんな私達の不手際を寛大にも許してくださるばかりか、我ら侯爵家や使用人までに役目をくださるという名誉をくださると仰ってくださいまして。このリヒト・エスタール、あまりの感動に我を忘れてしまいました。」



リヒトのマシンガントークに国王は顔を蒼白にする。それもそうである。リヒトの言った言葉を直訳すると【何の手順もなく婚約破棄をかまされたせいでこっちは迷惑を被ったんだ。だいたいこの婚約はあなた方がどうしてもと強引にしたものの筈なんだがな。勿論、破棄したのだからそれ相応の考えがあるんだよな?いや、むしろそうじゃなければ納得できないな。本当はあんな男はアザレアには相応しくなかったんだ。それなのにあんなにボロクソに罵っておいて謝罪もないとかあり得ないだろう。しかも手紙が来たが「許してやろう」などとふざけた態度で、あまつさえ侯爵家や使用人に馬車馬の如く働けなどと。あまりの物言いに怒りで我を忘れる所だったぞ】というところなのだから。


あまりにも貴族らしい遠回しに毒を吐く言い方なのだが、それを自国の王にかますところに怒りを感じてならない。山よりも高く、海よりも深い憤怒である。それは強引に話を漕ぎ着けたにも関わらずこのような結果を招いた国王に対してであり、実の息子を抑えきれない王妃に対してであり、何よりも愚かで傲慢で卑怯で屑なザイルに対してのものだ。


「すまぬ。そなたの怒りは尤もである。此度のこと、総てにおいてこちらに非がある。だからこそ、そなたはここに参ったのであろう?我らに言いたい事があるが故に。この場での発言は不敬罪には問わぬ。」


「…感謝致します。ンンッ…では、まずは報告から。アザレアは竜帝ディアス・リウ・ワルドバーンと婚約する事となる。それと同時に我らエスタール家は爵位を返上することとした。理由は解っているかと思うが一応話しておこうか。我らは恩を仇で返されてそれでもまだ支えてやるほどお人好しではないんだ。アザレアは貴方が【この国の為に】と言ったから己の心を殺してザイル・フォン・セイジアスの婚約者となった。見下され、罵られ、蔑まれても我慢していた。アザレアだけではない。我らエスタール家は各々がこの国のために何かしらやってきた自負がある。見返りが欲しくてやっていた訳ではない。だが、感謝をされこそすれこんなに都合の良いように扱われる謂れはない!!」


「待て、待つのだ!!この国の者が皆そのように思っているわけではない!!」


「知っている。しかし、そう思っている者が一定数いるのも知っているさ。それの筆頭が貴方の息子であるのでね。それに貴方も心の奥底ではそう思っていると私は思うんだが?」


「なッ…」


「違うとでも?なら何故、アザレアに謝罪がない?婚約破棄の処理をした際、貴方は一度もアザレアに謝罪をしようとはしなかった。それどころか貴方はこう言った。【婚約と言う繋がりは切れたがこれからもこの国の為に共に歩んでほしい】と。言い換えれば【いつまでもこの国の為に働け】とも思える。」


「そんなつもりで言ったのではないっ!!」


「ならどういうつもりで言ったんだ?短くない時間をアザレアは貴方の言う【この国の為に】と捧げてきたはずだ。それを砕かれた者に言うのがあの言葉だとでも?」


「それは…」


「ああ言う言い方をすればまたアザレアを縛り付けられるとでも思っていたからあんな言葉が口をつくんだ。」


取りつく島もなくリヒトは国王を切り捨てる。ザイル達と違って国王は悪い人間ではないとはリヒトも理解している。国を想い、民を想い、慈しむ。その為に清濁合わせ飲む事ができる王としての器を持つ人間だと。




…だからこそ、一欠片の迷いもなくリヒトは国王を切り捨てる。国王にとって最優先事項が国であるのと同様に彼にとって最優先事項は家族であるのだ。家族は彼の世界であり、心臓。そんなリヒトにとって国とは大した感慨も持てぬものなのである。それの平和の為に愛しき家族が糧となるなど承服しかねるというのが理由であったりする。それに国王は何かを隠している気がしていた。それはきっと間違いではないとリヒトは思う。



「では、爵位を返上したとしてどうやってこの国で生きていくつもりなのだ?今まで貴族であったのだ。生活は厳しくなるのではないか?」


アプローチの方向を変えてきた国王に対してリヒトは今まで張り付けていた毒のような微笑みを獰猛な捕食者のそれに変える。


「この国に留まるつもりは少しもないから大丈夫だ。」


「なんだって…?」


「だから。私達はこの国に留まるつもりはないと言ったんだ。それに高々、王国貴族でなくなった位で困る訳がないだろう?そんな脅かし意味がないぞ。まあ王としては正しい行いかもな。誰かを利用する術は国王として必要不可欠なものだしな。」



今度こそ国王の顔色が真っ白に変わる。彼は気づいてしまったのだ。リヒトの言う事は事実である、と。

先んじてリヒト達を利用しようとしているという発言を否定したが今の行動はエスタール家を国に縛りたいと言う心から来ていたから。では何故、縛りたいのか。そんな事は簡単である。エスタール家の力を国をまとめるために利用したいからだ。

そう気づいてしまうと今までの自分の行いはそんな気持ちが透けてみているように感じてしまい、リヒトに言い返す事も、目を合わせる事も出来なかった。



「とまあ、色々言ったがまとめると、お別れの挨拶ってところだ。…ンンッ。国王陛下や王妃殿下には大変お世話になりました。子供達が小さい頃、お二方にはよく相談に乗って頂いた事。セーラ共々感謝しております。陛下、王としての器を持ち、優しい陛下だからこそ良き政を行えると私は思います。陛下の治めるこの国を私は好きでございましたよ。」


国王が自分達家族を利用しようとしていたのはずっと前に気づいていた。けれどそれ以上に国王はエスタール家に心を砕いてくれていた。だから今までエスタール家はこの国の為にやってきたのだ。


「故に、最後に一つだけ御忠告致します。ザイル・フォン・セイジアス様には王族としての器はありませぬ。陛下のように民を慈しむ事など出来はしないでしょう。」


だからこその忠告であった。アザレアへのあの手紙はザイルの心を写した鏡だと思ったからだ。あんな男に王族など務まる筈もなく、王族であってほしくもなかった。あんな男に国を、民を、臣下を慈しむ事など不可能であるとリヒトは判断したのだ。




「このッ!!無礼者めッ!!」


そこへ怒り狂ったザイルが転がり込むようにして謁見の間へ入ってきた。その事にリヒトはクッと喉を鳴らして笑う。しかしザイルの侵入に気を取られていた王達は勿論、怒り狂っているザイルは気づけなかった。


「おや?おやおやおや?これはこれはザイル殿下。お久しぶりでございます。ご健勝のようでこのリヒト・エスタール大変嬉しゅうこざいます。」


「はんッ先程まで俺への罵詈雑言を並べ立てていた癖によく言うな。さすがあの悪女の父親だ。虚言が得意とみえる」


「殿下は面白い事を仰る。私は虚言など言いませぬ。貴方様がお元気で嬉しいのは本当です。」


突然侵入してきたザイルに驚く事も怒ることも無かったリヒト。王達が突然の事に固まっている間もザイルと舌戦をこなし、それでもなお仄かな毒を含んだ微笑が浮かべていたリヒトの雰囲気は一瞬にして切り替わる。


「一度ならず二度までも俺の宝に唾を吐いたお前をいたぶるなら元気な方が愉しいだろう?」


クツクツと喉を鳴らし笑うリヒトはまるで、獲物を前にして喜びの声を上げる猛獣のようであり、人間を弄び愉悦に浸る悪魔のようであり、怒りに唸る鬼のようであった。



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