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第7話 不幸の手紙と竜と告白

ぽちゃん


その音は大の男の掌の3つ分と中々大きな木箱からしていた。木箱といっても、文字にも模様にも見える…しかし腕の良い彫刻家が人生で一度彫れるかという位美しい彫刻が施されていて、美しい人魚が四隅を持ち上げる形状の足までついている。


その木箱は平常ならば水が張られているだけの美しい箱なのだが、今は王族のみが使うことを許される封筒が沈んでいた。この箱は水送りの箱という離れた者と手紙をやり取りするための魔道具なのだ。つまりこの封筒は箱の持ち主へ宛てた手紙であることは箱の持ち主…アザレアには解った。


「はぁ…王族からの手紙なんて、嫌な予感しかしないわねぇ。」


しばし水に沈む手紙を見ていたが、渋々とアザレアは手紙に手を伸ばす。そして差出人の名を確認してアザレアは頬がひきつらせた。


差出人は…ザイル・フォン・セイジアス


「あらあら、殿下からとは…。」


不幸の手紙のようね。と続くはずだった言葉を溜め息として吐き出す。しかし、仮にも王族からの手紙を無視するわけにも行かず、アザレアは封を風を纏わせた細い指で切る。


ザイルからの手紙はこう書かれていた。


「アザレア・エスタール。お前とお前の家族に利用価値があることが解った。お前のような女など視界に入れたくもないが、父上と母上に頼まれたからには仕方ない。父上達はどうやらお前がこの国に奉仕することをお望みのようだ。お前など居なくともリリーがその優しさで国を盛り上げると思うが、あの可憐なリリーに仕事をさせるのも可哀想だからな。代わりにお前を側室にしてお前とお前の家族を働かしてやろう。使用人共々エスタール侯爵家は俺に捧げろ。お前は俺を好いているのだから幸福だろう?機会を与えてやる俺に感謝して死ぬまで俺達に尽くすがいい。死ぬほど働かせて俺が即位すればお前達は国外にでも捨てる予定だから図に乗るなよ。竜帝だとか言うトカゲがお前にはお似合いだからな。etc」


アザレアは途中までしか読むことは叶わなかった。何故ならばあまりの怒りに目の前が真っ白になったのだ。これは例えではなく、物理的に真っ白になっていた。


魔導として魔道を極めしアザレアは全ての魔術を完璧に操って見せる。しかし、一番最初に覚えた魔術が氷の魔術だったからか感情が昂った時に発動するのはいつも氷の魔術だ。今も昂ったアザレアの感情に連鎖して部屋は一瞬で凍り付いた。というよりも銀館全てが凍り付いた。そしてそれは留まる事をせずに本館を侵食していく。


「…ふ。」


天上の美を思わせる顔から表情が削ぎ落ちる。しかし、その唇は微かに音を漏らした。


「ふふふ…。わたくしの、家族を…お父様を、お母様を…お兄様を…アルを…アインを…そして、セスアルド達を…よこせですって…?ディアスを、トカゲですって…?ふふふ。」


楽しげに笑うその声には一片の優しさも含まれてはいない。あるのは敵を排除するための容赦ない冷徹さのみ。


「その愚かな頭で愚かな心でわたくしの宝を侮辱した罪は重いわよ、ザイル・フォン・セイジアス。」


ギラリと煌めいた銀の瞳は鋭く、まるでナイフのよう。アザレアが尖る瞳をそのままに転移をしようとしたその時。


パシャン


小さな水渦が現れ、一瞬にして崩れた。


「お姉ちゃん、なんで怒ってるの?」


水渦から出てきたのは深海に住まう王たる竜。ジアコースト・リウ・イルマーレ。10歳ほどの男の子の姿をしており、髪も瞳も鮮やかな青。肌は青白く、しかしふっくらとしたそれは柔らかそうである。見た目通り、幼いからか耳は鰭のような形のまま残ってしまっている。そんな可愛らしいジアコーストを見て少し落ち着いたアザレアが言う。


「おはようコースト。ふふ、手紙が届いたからよ。」


「お手紙?えー、誰から誰から?」


「んー、そうねぇ。コーストは会ったことが無い人よ。一応ね、偉い人よ?」


「へぇー。だったら怒っちゃだめなんじゃないの?」


「そうかもしれないわね?でもおいたが過ぎるからちょっとくらい叱ってあげなきゃ周りが苦労するわ。」


「ふーん。まあ、どっちでもいーや!!それよりその手紙読みたーい!!」


「だめよ。」


王たる竜であるジアコーストだが、まだ産まれてから100年と少しのため、200歳で成人とされる竜の中ではまだまだ子供であり、精神的にも幼い。そのため、止められるとどうしても見たくなってしまう。


「我が源たる水よ、我にその記憶を見せよ。」


手紙はアザレアが隠してしまった為、ジアコーストは水送りの箱の水から記憶を読み取る事にした。


アザレアが妨害するも間に合わず、ジアコーストは記憶の読み取りを終える。


「…。」


「…コースト?どうしたの?」


「あははは。この人間!!ここまでするとほんとに清々しい限りだよ!!」


「あ…そうね!!その通りだわ!!」


アザレアはジアコーストの笑顔を見て、ジアコーストが怒り狂っていないと思い安堵した。ジアコーストは幼い故に行動が極端なことをアザレアは理解していたのだ。しかし、アザレアの安堵も長くは続かなかった。


「だよね!!だよね!!ほんと…清々しいほどに屑だと思うよ。この屑を地上から洗い流せばもっと清々しい気分になれると思うんだよね。」


「え…?」


「我が源たる水よ。我が力たる水よ。我の声に答え「ちょっとお前は眠っていろジアコースト」



腰に響くようなバリトンボイスが聞こえたかと思えば現れるはアザレアの髪に黄金を1滴垂らしたような白金の髪にアザレアと同色の瞳。少し長めの髪を後ろへ撫で付け、額に一房垂れている前髪と鋭く煌めく瞳が色気とカリスマ性を醸し出す黒の軍服を纏うこの男はディアス・リウ・ワルドバーン。


ディアスは怒れるジアコーストを一瞬にして意識を刈り取りソファに投げてしまった。



「アザレア。久しいな。」


ディアスは未だに固まっているアザレアへ向き直ると微笑みかける。それが固まっているアザレアを解かす合図となった。


「お久しゅうございます。ワルドバーン様。」


貴族としての礼をしたアザレアにディアスは頷き、そして


「もう良いだろ?アザレア。」


「ふふ。仕方ないですわね。ディアはせっかちですわ。」


その眼差しを愛しいものを見るものへと変化させた。ディアスにとってアザレアは唯一無二の愛を捧げる者であるためだ。


「せっかちだと?俺はずっとずっとずっと、それこそあの王子がお前と出会う前からずっと待っていたんだ。気が長いと思うんだがな。」


「…。わたくしのせいでご迷惑をおかけしました。」


「俺はお前に謝ってほしいわけではないぞ。誤魔化すんじゃない。アザレア。お前は俺の想いを知っているだろう?お前自身の想いも知っているはずだ。アザレア、今度こそ俺の手を取るだろう?」


ディアスはアザレアへ問う。彼は知っていたからだ。アザレアが彼の気持ちに気づいていること、自分の気持ちに気づいていること、その上で気持ちに蓋をして我慢していたこと。だからこそ、自由となったアザレアを捕まえることにディアスは躊躇などしない。


「わたくしは…。「なぁ、アザレア。お前に秘密があるのは知ってる。だけどな、そんな理由で俺の手を取らないなんて俺は許さない。」


「ディア…。ですが!!」


「ですがもくそもねえよ。俺はそんなに器が小さく見えるのか?」


「違うっ!!わたくしは…私は、ディアに…」


「アザレア。俺は竜の皇帝ディアス・リウ・ワルドバーンだ。欲しいものは全てこの手に掴んできた。それにな?俺は自由になったお前をむざむざ逃がすほど優しくはない。だから言え。お前の心を。」


「…ディア…っ!!わたくし、…。ぅ…あ、つっ…お慕いして…っ。」


「上出来。」



ディアスは嬉しそうに笑って、アザレアは

涙を浮かべながらも微笑む。遠回りをしていた二人がやっと想いを通じ合えた瞬間であった。


「じゃあ、アザレア。この凍結を解いた方がいいぞ。銀館全てを凍らせて本館まで少しずつ凍っていたからな。」


「えっ!!本館まで?今すぐ解除します!!」


パチン

アザレアが指を鳴らすと凍結は粒子となって解かれる。丁度その瞬間、


「お姉様!!」「ザラ!!」


ジアコーストを止めようと急いでやってきたヴィアインとリヒトが部屋に入ってきた。


それを見て、アザレアは少し困った顔をする。


「お父様。アイン。急いで来たのは解りますが、入室の際には伺いをたてるのが礼儀ですわよ。」


「あ、ああ。すまない。」


「ごめんなさい。お姉様。」


「ククッ そんなに叱るなよアザレア。お前を心配してた所にジアコーストが暴れるかもと言われれば焦りもするさ。」


「わかっておりますわ。こちらこそご心配をおかけして申し訳ありませんでした。」


「いや、大事なくて良かった。」


「ほんとに良かったよー。あ、そいえば、お姉様はなんであんなに怒ってたの?まあ今は機嫌よさそうどけど。」


ヴィアインが問うとアザレアとディアスは顔を見合わせ微笑みあう。


「ちょっとした不幸の手紙が届いただけよ。」


「今はそんなことどうでもいいくらい幸せだけどな。」


「不幸の手紙…って誰からだ?」


愛する娘に不幸の手紙なんていう物を送り受ける者には鉄槌を下してやるとリヒトの目に剣呑な光が宿る。そしてアザレアはそれに気がついていたがリヒトなら大丈夫だと判断し、ザイルからの手紙を渡してしまう。


「…。」

「…あは、あはは、はははっ面白いっ!!面白いよ!!これが自信過剰ってやつだね!!わたし達エスタール家を抑えられるつもりなんだ?この王子様。自分じゃ何にも出来ないゴミくずのくそ虫の木っ端王子のくせに、どうやって抑えるつもりなんだろ?エスタール家に権力での支配は無理だと知らないのかな?それとも実力行使とか?謀略の才も武の才能も、魔法の才能もない、ないない尽くしの王子さまが?あははははっ!!」


冷酷につり上がった口角を隠そうともせず、悪辣に王子を罵ったヴィアイン。それは予想できたのでアザレアは注意はしない。いや、出来なかった。自分自身が怒り狂ったのもあるが、リヒトが何度も何度もそれこそ視線で紙に穴が開くんじゃないかという勢いで読み返しているのが気になってそれどころじゃなかった。


「あ、の…お父様?」


恐る恐る声をかけるアザレアにやっとリヒトが視線を上げた。


「ん?どうしたんだ?」


ニッコォと甘く穏やかな笑顔を浮かべるリヒトにアザレアは頬がひきつる気がした。悪辣に罵詈雑言を並べていたヴィアインや成り行きを見守っていたディアスにいたっては実際に顔がひきつっている。


(過去最高にお父様がお怒りだわ。)


そう、リヒトは正に激怒していた。


「ああ。そうだ。俺は少し行く所ができた。昼食までには戻る。」


そして、止める間もなく部屋を出ていった。


「リヒトすげぇ怒ってたが、いいのか?行かせて。」


「あんな恐ろしいお父様を止めれるわけないでしょう?それよりそろそろ朝食の時間だわ。ディア、コーストを起こして。食べていくでしょう?アイン行くわよ?」



アザレアは激怒して飛び出していったリヒトのことは考えない事にした。そして3人を引き連れて本館へ歩いていった。



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