表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

第6話 寝起きと構造と凍りつく銀

ピキピキピキピキ


「ん…?」


その日、その男は僅かに聞こえる不穏な音と異常な寒さで目が覚めた。いつもは鋭い眼光を放つ切れ長な目も寝起きだからか弛めである。しかし、不穏な音は絶えず聞こえるためにすぐにその目は常の鋭さを取り戻す。隣の柔らかく波打つチョコレート色の持ち主は朝を苦手とするためかこの音に気付く様子もなく、むしろ寒さから逃れるようにシーツの奥へと籠城している。そんな可愛らしい行動をする愛しい妻 セーラ・エスタールに防寒結界を張ってやり、ベッドから出てきたこの男はリヒト・エスタール


「フゥ…」


ベッドから出たために寒さが端の方からじわじわと侵食してくる。しかし、冷気とともに漂う魔力に白銀を思い出して足を早めた。


「あ、お父様。」


「アインか。おはよう。」


「おはよう。お父様。」


強まる魔力に近づく程に寒さは増す。もはや防寒結界を張らねばならない程になり、苦笑いをしていると末娘のヴィアインに声を掛けられた。


「お父様、そんなに急いでどこ行くの?」


「銀館に向かっているんだ。」


「ふふ、やっぱりお姉様の所へ行くんだ。寒いもんね。屋敷が凍る前にお姉様の機嫌治さなきゃね。」


「ああ。今回は相当悪いようだな。俺達の部屋まで薄氷が張ってきていた。」


「流石お姉様だね。魔法阻害の機構が巡らされてるのに本館まで凍らせたんだ。」


エスタール侯爵家の屋敷は当主執務室や食堂・会議室・リヒトとセーラの自室などがある本館。ゼクシアートの自室があり、私兵達の訓練場もある紅館。アルフォードの自室兼研究室や資料室、実験場など開発を行う部屋が纏められている琥珀館。ヴィアインの自室があり、ヴィアインになついた動物(魔獣)達が住まう蒼緑館。そしてアザレア自室と巨大な図書室・結界などの維持を行う管理室がある銀館。使用人達の住まう黒館と客人を迎えるための白館。5階建ての7館が空からみると六芒星のように配置されている。そして庭を彩る煉瓦の道や花壇、池や流れる小川はスペルとなっており、屋敷はそれ自体が1つの魔法陣となっているのだ。効果は不朽・万能結界・隔離。それだけでも難攻不落だと言うのに、アルフォードが魔法阻害の機構まで取り付けたので並の魔術師では魔法どころか魔力すら練れないのである。


「だが、この屋敷に住まう者で魔法阻害に阻まれるような無能はいないだろう?」


ニヤリ、とヴィアインは笑う


「当然!!あたし達もそうだけど、セスアルド達も余裕だよ。あたし達を守るためにはこれくらい出来なきゃって訓練を欠かさないからね。」


セスアルド。フルネームはセスアルド・華楊。黒の髪を後ろへ流し、同色の目はいつも色気たっぷりに細められている。執事長を務めるこの男を筆頭として屋敷で働く者達はエスタール家に絶対の忠誠を誓っている。


「確かにそんな感じのこと言っていたなぁ。」


「だけど、セスアルドって魔法使う必要ないと思うんだよね。この前、脚の指の力だけで天井にぶら下がってたよ。だからかな?最近影で鉄人って呼ばれてるらしいよ。」


「あいつの身体能力はおかしいと俺も常に思ってるぞ。ザラも同じだろう。鉄人って最初にザラが言い出したんだから。ああ、ついたな。」


本館から銀館へつながる道は一つのみ。3階の両開きの扉を開け、水の間と呼ばれる1階から5階までをくり抜いて中央に橋を渡した巨大なプールを通らなければならない。一面を水で満たされ、窓はないのに光が溢れるこの場所は幻想的である。水の間に住まう者達と同じように。


「水の間っていつ来ても綺麗だよねー。」


『ふふ。嬉しい事を言ってくれる。久しぶりじゃな、ヴィアイン。』


「久しぶりラミア。相変わらず美人だね?」


『うふふ。そう言ってくれるのはザラとそなたら位じゃ。リヒトも久しいな。』


「ラミア元気そうで何よりだ。」


『ザラに出会ってからは穏やかに過ごさせて貰ってるからの。』


ヴィアインに声を掛けたのは上半身が女性、下半身が蛇の淡い水色の肌とターコイズの結い上げた髪。深い知性と慈愛を写すターコイズの瞳の優しげな美女 ラミア。


「それは良かった。ではラミア。ここを通っても良いだろうか?」


『そなたらなら構わぬ。ザラの今の機嫌は最悪じゃがな。妾がここを支配してなければ人魚達は氷付けになっておった所じゃ。まあ、もしもの為に結界も張られておるようじゃし大事なかったかもしれぬが。』


ラミアがそう呟くと人魚達が水面に姿を見せる。それはまるで色とりどりのドレスのようにも見えるほど色鮮やかな尾ひれを持つ美しい人魚達。


『くすくすくす』

『アザレア様はご機嫌斜め』

『私たち氷付けになってたかもだって』

『アザレア様だもの。大丈夫よ』

『でも何故アザレア様はご機嫌斜め?』

『さあ?』

『手紙だって』

『手紙?なんの?』

『誰から?』

『あ、私も水から聞いた』

『わたしもー!!』

『私も。』


女三人よれば喧しいと言うのか人魚達も例に漏れずおしゃべり好きだ。


『ちと静まれ。そなたらが話すと時間がいくらあっても足りぬ。でもまあ解ったであろう?ザラはどこからか手紙が届いてから怒り狂っておる。今はコースト殿が側に居て宥めておる故少しは落ち着いているかとは思うが、コースト殿もザラには甘いからのぅ。手紙の内容によってはコースト殿が暴れるかもしれんなぁ。』


最後は小さく小さく口の中で呟くラミアの言葉を聞いたリヒトとヴィアインは顔をひきつらせた。


この世界には空・海・地、それぞれを支配する竜王がいる。

天空の女王 スカイリア・リウ・エアーラス

深海の覇王 ジアコースト・リウ・イルマーレ

大地の覇王 ヴァルテラ・リウ・アースト


そして、その竜王達を纏めるのが竜帝 ディアスティー・リウ・ワルドバーンである。


ラミア達が呼ぶコーストとは、深海の覇王ジアコーストの愛称であり、ラミアが言うようにジアコーストが暴れれば一切合切が海の藻屑となるのが想像できるからだ。


「ラミア…その、コースト様に暴れられるのは…ちょっと…」


『妾もそれはない方が良いが、コースト殿は竜王の中でも幼い故、一度怒ると中々止まらぬのだ。』


「では、急ぐとしよう。」


『ああ。行ってくるとよい。』


ラミアが右手を一振りすると銀館への扉が開かれる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ