第17話 白き竜の幸せは…
ワルドバーン過去回2
その者はある時からそこに存在していた。
強大なエネルギーを凝縮したその者は穢れを知らぬ純白の体に繊細でありながらも力強い翼、鋭い輝きを放つ爪と角に深い知性を感じさせる瞳を持ち生まれてきた。それは後に始祖の竜と呼ばれる。世界から望まれ、世界に役目を与えられ、世界が産み落とした、始祖竜の片割れ。
そんな純白の竜は長き時をそこで過ごしていく。
時が流れる程にそこは命で溢れるようになった。
ただの草ばかりだった地に色とりどりの花が咲き乱れ、僅かばかりだった動物たちが広がった森で数えきれない程に数を増やし、その者が気紛れで作った湖が生き物に潤いを与えた。そこに生きる動植物たちはその者を[白き主様]と呼んで慕っていた。白き者もそこに生きる動植物たちを慈しみ、愛していた。
そしてまた時が流れ、白き者の絶対的なまでの守護や居場所を求めてやってくる精霊や聖獣、はたまた特殊な体質を持つが故に迫害された者達をも受け入るようになって暫く、その地には穏やかながらも賑やかで活気のある里が出来上がっていた。
住人達は種族に限らずお互いを良き隣人として尊重し助け合いながら日々を生きていた。
そんな里を白き者は見守りながも、決して近づく事は無かった。なぜなら己が持つ強大なエネルギーは住人達にとっては大きすぎるものであり、負担になると白き者は知っていたから。だからこそ決して自ら近づく事は無く、しかしその平和が続くように時に手助けしながら見守り続けた。
そんな白き者に対して里の者達が感謝と崇拝をし始める。
だから里で一番力を持つ者が定期的に白き者の元を訪れるようになるのは必然だった。
「主様。こちらが今回の品です。」
里の代表者が白き者の前に瑞々しい果物や大きな魚、里で作られている野菜など色々な物を積んで言う。その顔には少しの疲労の色が浮かんでいる。それを見て白き者は毎度心配になりこう言ってしまう。
『ありがとう。でも毎回言っているけど無理して来なくて良いんだよ?いくら貴方が里で一番力が強いといっても負担にはなるでしょう?』と。
しかしそれは代表者の心に火を付ける結果になる。
「確かに私どもが未熟なせいで主様のそばでは変調をきたしますが、それでも!!私どもは貴方様に感謝の意を伝えたいのです。本当は今度の祭りも来ていただきたい位なのです。貴方様にこそ楽しんで欲しいのに…毎年毎年、我々だけで…貴方様は遠くで…たった御一人眺めるだけ…。せめてお近くまでいらっしゃいませんか?それくらいならきっと大丈夫ではないでしょうか!?」
そしてこの言葉は代表者だけの気持ちではない。里の者みなそう思っているのだ。なぜなら白き者はこの里がある山全体に結界を張ってくれている。それは稀少種や迫害された者達を守る為に悪しき心を持つ者を弾く結界だ。この祭りはそんな白き者へ感謝を捧げる為の祭り。ただでさえ、居場所を貰っているのに守る為に力を惜しまない白き者に少しでも恩返しがしたくて始めた祭りだ。
だが己が身は優しく慈悲深い白き者の側では潰れてしまう。でも年に一度行う祭りだけでも一緒に楽しんで欲しかった。毎年気を使って遠く離れた山頂から動くこと無く、里は家族で、友人で、みなで楽しんでいるのにたった一人過ごす。それはどれ程孤独で寂しい事だろうと。それに里に住む者の中で白き者に会う事の多い代表は気付いていたのだ。白き者の美しい瞳にちらりと羨望と寂しさが映っている事に。
『ふふ。ありがとう。でもね、山頂にいる私の影響がギリギリ出ないから山の中腹に里を作ったんだよ?そんな私が動いたら影響が出てしまうでしょう?気にしなくていいんだよ。いくら距離があるといっても同じ山の中だ。楽しげな様子も美味しそうな料理のにおいも解る。私は十分楽しいよ。』
「ですがっ…。」
『そうだね。気にするなら…また皆で歌を歌って欲しいな?前の年の最後に歌ってくれたあの歌が良い。それで祭りで皆がつける花冠を私にもくれないかな?』
「それだけで…良いのですか…?もっと…なにか…」
『良い。それが良い。ほらもうこれ以上は貴方の体がきつくなる。祭りを控えているなら代表が体調を崩すのは良くないと思うよ。さあ、お行き。』
何か言いたげな代表者に帰るよう促した。知っているのだ。里の者が自らを案じてくれていること。
だが、彼らが己の側に居ることは出来ない。膨大なエネルギーの余波は彼らの心身を確実に削り取る事になる。それは白き者の本意ではないのだ。膨大なエネルギーを抑える術があればまた違った道があったのかも知れないが。
ちらりとそんな事を考え、しかしそんな事は無理だと諦めた。
時が立てばまた何かが変わっていく。だからいつか己が彼らと近づける日も来るかもしれない。今はその時ではないのだろうと思ったのだ。
『なら今まで通り、彼らを見守りながらその時を待とう。』
そうしてまた白き者は時の流れに身を委ねる。
彼らの生活を見守りながら長き時を過ごす。その中で白き者は欲しいものをはっきりと見つけた。
ある日は親と子。
また明くる日は友と友。
またある時には夫と妻。
それは時にとても輝き、時にとても強くなった。
それは[愛情]だった。
彼らの間にある愛情を白き者は欲したのだ。だけれど強大な力ゆえに一人佇み続ける白き者にはそれは無理な物に思えた。
しかし、そんなある時、流れついた風の精の話が聞こえてきた。それは己によく似た漆黒の者の話。自分のように強大な力を持ち、姿形も話を聞く限りでは似ていた。白き者は「この者ならば」と思った。自分と似たこの者ならもしかしたら分かり合えるかもしれない。そうすれば自分が欲するものが…と。
そう考えた白き者の行動は早かった。里の者を守るために己の姿を模した像を作り上げたのだ。この像は周囲から魔力を集め、半永久的に山全体を悪しき者を阻む結界で包みこむ。これで白き者が居なくても里の者は守られる。だから、少しだけ、あの漆黒の者に会いに行っても良いだろう。自分は里の者に気を使わせるだけの迷惑な者だから。黙って行こう。
いざ飛び立とうとした、その時
「「「「「いってらっしゃいませ!!主様!!」」」」」
『え…?』
そこには里の者みんながいた。汗を浮かべながらも互いに支え合いながら立ち、しかしいつも見るあのつらい顔は無かった。そこには暖かい笑顔があった。
「私達はっ…主様のお帰りをっ、ずっと、ずっとっ未来永劫御待ちしておりますっ!!主様がっお戻りになるその日までっこの場所を守っていきますからっ!!だからっ…いってらっしゃいませ!!」
白き者はこの場所に居場所などないと思っていた。だから里の者が持つ絆を羨んだ。だけど、確かに白き者と里の者達との間にもあったのだ。お互いを慈しみ、気にかけながらも歩み寄る勇気がなかっただけで。そこには確かに白き者が欲した物があった。
『…ありがとう。いってきます。』
そして、里の者に送り出された白き者は漆黒の者に会いに行く。この為に白き者は人化の術を作り出した。里の者達がしていたようにするなら人型になる方が良いと考えたから。
会いに行った先に居たのは己よりも大きく、艶やかな漆黒の体に美しい瞳を持つ竜。あまりの美しさについ挨拶も忘れて声をかけてしまった。
「わぁっ、凄く綺麗な瞳ね!!」
続きます。