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第14話 母と心配と小鳥


「まったく信じられませんわ。ご自分で朝夕の食事は皆で取ろうと仰っておきながら、一番最初に破るなんて何て事でしょう。」


リヒトとセスアルドが屋敷の門を潜ると出迎えたのはチョコレートの色彩を持つ美女。優しげながらも凛とした美しさを持つ社交界の薔薇。

セーラ・リウ・エスタールである。

セーラは聖母のような優しげな微笑みを浮かべながらリヒトに言い放つ。それは柔らかく子守唄を歌うような口調でありながらリヒトの心に刺さる言葉の羅列だった。



ヒクリとリヒトの顔がひきつる。


「すまない。セーラ。」


内心では怒りの炎を燃やしているであろう妻にリヒトが言えるのはこれだけである。側にいるはずのセスアルドは気配の一切を消し去り、まるで空気のようにその場で微笑みを浮かべるだけで助ける気は無さそうだ。


「何故約束を破ってまでお一人で行かれたのか私ちっとも理解出来ませんわ。しかも私には何の相談も無しだなんて、あんまりではなくて?弁解がございましたら聞いて差し上げましてよ。」


「すまない。セーラ。」


「弁解がございましたら聞いて差し上げましてよ。」


「本当にすまない。」


「…弁解が「すまないっ!!」はぁ…。つまり頭に血が上って一人で突っ走ってしまったって事ね?」


最初からぴくりとも変わらない微笑みが呆れたものに変わるのと同時に少し口調もくだけたものに変わる。

だが、ここからがリヒトの正念場。先程までは貴族の遠回しにチクチクと攻撃するような言い回しであった為にぶっ刺さるようなものでは無かったがそれが終了となると力いっぱい突き刺さった上にグリグリと抉るような言葉が飛んでくるのは不機嫌具合から目に見えて明らかであるのだから。


よしっ!!とリヒトが覚悟を決めたその時…


「あら?お母様…とお父様にセスアルドも。どうしましたの?」


落ち着いたダークグレーのドレスを身に付けたアザレアがやって来た。

その後ろからアザレアの側付であるユナ・華楊が付き従っている。


「旦那様が帰ってこられた様だから出迎えに来ていたのよ。ザラはどこかに出掛けるの?」


「そうでしたのね。私はユナと供に孤児院の子供達に会いに行ってきますわ。」


「まあ。最近行けて無かったものね。いってらっしゃい。」


アザレアが孤児院に行くのはもう何年も前からの習慣である。そこで文字の読み書きや算数、簡単な武術に魔法。そしてサバイバル術や調薬など生きていく為の技術を子供達に教えているのだ。

勉学は騙されない為に。

武術と魔法は己と大切な人を守るために。

そして、最後は何がなんでも生き抜くために。

アザレアが始めたこの行動は今やエスタール家全員が時間の合間を縫って行っていた。

だから侯爵令嬢という数多の悪人から狙われる立場であるアザレアがふらっと孤児院に行くというのに快く送り出してやるセーラを責め立てる者はいなかった。

それにアザレアの専属侍女であるユナはセスアルドとその妻であるマリファの子どもであり、リヴァイアサンなどの大物をなんなく仕留める華楊一族の中でも序列第三位という強者である。

つまり、歌って踊れるアイドルならぬ世話して戦える侍女さんなのだ。


「ユナ、ザラを頼みます。貴女が居ればきっとこの子は大丈夫だろうけれど…これから少し荒れると思うからいつもよりも警戒をしなさい。貴女も気をつけるのよ?あと、弧児院の近況も聞いてらっしゃい。何かあれば力になるわ。子ども達にもよろしく伝えてちょうだいね。」


「承りました、奥様。アザレアお嬢様はこの命にかけましてもお守り致します。」


黒髪を腰の辺りまで伸びた背中の一房を残し、耳が隠れる程度で切り揃えた涼やかな容貌のユナはその容貌と同じ涼やかな声にてセーラに諾を示した。しかし、その瞳は熱く熱く燃えている。


余談ではあるが、後にやる気に燃えるユナがやる気を殺る気に変え、襲撃して来た者達を一欠片の慈悲もなく心を砕き、絶望を抱かせながら返り討ちにしたのは間違いなくセーラの言葉が少なくない影響を与えたせいであろう。


「ふふ。お母様は心配性ですわね。ユナもそんなに力を入れなくても良いのに。」


セーラとユナのやり取りを聞いていたアザレアは小さく笑い、言う。


「用心するに越した事はないわ。まあ、貴女たち2人なら怪我の心配はないと知っているけど、心無い者の言葉に傷付くことはあるわ。」


セーラの顔は辛そうに歪んでいる。

セーラは知っていた。アザレアがどうしてザイルの婚約を受けたのか、今朝届いた手紙にどんな言葉が書かれていたのか。

その言葉に少なからずアザレアが傷付いていた事も。

母だから知っていた。感じていた。

だからどうしようもなく憤っていた。

優しい我が子はどんな相手からだろうと大切な者を貶められる事に心を傷付けられるから。

ずっとセーラは心配していたのだ。


「ありがとうございます。お母様。」


セーラの気持ちを知ってか知らずかアザレアは安心させるようにふわりと微笑む。未だ辛そうなセーラはリヒトに背中をぽんぽんと叩かれて振り向く。


ずっと黙って見守っていたリヒトはセーラのすぐ側にいて、おでこをコツンと合わせた。


〈俺達が守ってやればいい。そうだろ?■■〉


音無き声で告げるリヒトにセーラは頷きで返す。

その顔にはもう辛そうな影はない。凛として美しい社交界の薔薇と呼ばれる隙の無い貴婦人がいるだけだ。尚、輝きを増して。

それはセーラが母としての誓いの顕れか…セーラしか知るよしがない。


「嫌ね。弱気になるなんて私らしくないわ。ごめんなさいね。2人ともいってらっしゃい。」


聖母の微笑みでアザレア達を送り出したセーラにアザレアも嬉しそうに


「いってきますわ。お母様。」と返した。







アザレア達が屋敷の門を出て暫く…


セーラは聖母の微笑みの代わりに穏やかに冷たい笑みを浮かべた。


「誰の小鳥なのかしら?覗き見なんて悪趣味でしてよ?ねぇ、小鳥さん[こちらにおいでなさいな]。」


セーラの呼び掛けに現れたのは4人のローブを目深に被った者達。


「ふふふ。小鳥さん達。いい子だからどうして、何処から、誰に言われて来たのか[教えて]くれるわよね?ああ、その前に持っている武器を[全て捨てて]ちょうだい。」


カランカラン


震えながら放られた武器は全て毒が塗られており、その者達が何処からか放たれた刺客だと言うことが解る。

しかし刺客達は皆、セーラの言葉に従っていた。

それは何故か。

簡単である。リヒトが城で使ったセーラオリジナル魔法[言霊]だ。

セーラが作った魔法をセーラが行使する。それはリヒトが使うよりもより強力に魔法が作用する結果を産む。


セーラは笑う。その笑みは恐ろしく、冷酷で、何より美しかった。



「綺麗な華には棘がある。とは良く言ったものだな。そう思うだろう?セスアルド。」


「まことに。しかし、そんな奥様も愛しいと思っていらっしゃるのでございましょう?」


「そりゃあそうだ。うちの嫁はよく出来た嫁だからな。」


「左様でございますね。頼もしい限りです。」


「ではそろそろあの小鳥を引き取りに行こう。」


「はい。奥様にも協力して貰わなければなりませんからね。」


「セーラ。」


「なんですの?」


「そろそろ処分を決めよう。まだその小鳥にはやって貰わなきゃならん事があるんだ。」


「…。なるほどそうでしたの。ではそのようにしましょう。」


「「私(俺)達の愛しい子の為に。」」



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