幕間~ある少女は鬼となる~
その少女はごくごく普通の家庭に生まれた。
普通…と言ってもそれなりに裕福な家庭であった。彼女の両親は優秀な商人であったし、懇意にしてくれる有力貴族がいたからだ。
少女はとても幸せだった。
優しくてカッコいい父親は一人娘の彼女には殊更優しく、よく綺麗な小物や美しい景色を見に連れ出してくれた。
サッパリとした性格の美人な母親は厳しく教育を行ったけれど上手くできた時は誰よりも褒めてくれた。
少し遠い所に住む祖父母も健康そのものだったし、少女らが遊びに行けばとても喜んで家族団欒の時を過ごした。
「■■■■!!こちらにおいで。綺麗な髪留めがあるよ。見てごらん。」
「■■■■!!凄いわっ。上手じゃない!!さすが私とあの人の娘だわ!!」
「■■■■!!よく来たのぅ!!よし、何をして遊ぼうか?じいじが何でもしてやろう。」
「■■■■。あなたの好きなお菓子を作ったのよ。ばあばと一緒に食べましょう?」
父も母も祖父も祖母も少女の名を愛しさを込めて呼んでくれた。それだけで自分の名が輝いて聞こえた。そう、少女はとても幸せだった。
「ふふふっ!!わたしぱぱもままもおじいちゃんもおばあちゃんもだーいすき!!」
けれど、崩壊の音色はもうすぐ耳元で鳴っていた。
『この玩具はお前にやろう』
「いやぁぁぁぁぁあっ!!」
大人になりかけの少女は今、ベッドから飛び起きる。
体は汗ばみ、眼からはとめどない涙を流しながら悲痛な声を上げ、彼女は優しくて懐かしくて哀しくて憎らしい夢の世界から戻ってきた。
「あぁぁあっ!!ぱぱ…まま…あいたい。あいたい。おじいちゃん、おばあちゃん戻りたいよ…あの頃に戻りたい。あいたいあいたいあいたい!!うぁぁぁあぁああっ!!」
幸せだった幼き日の夢。触ることも話すことも出来ぬ泡沫の夢。しかし、見てしまっては…思い出してしまえば…戻りたいと、会いたいと心が叫んでいた。
『この玩具はお前にやろう』
だけど、その度にこの声が心に刃を突き刺すのだ。幸せを壊したこの音色が耳元で鳴り続けるのだ。
優しき父の声を塗り潰すように、
明るい母の声を掻き消すように、
元気な祖父の声を握り潰すように、
穏やかな祖母の声を吹き消すように、
『この玩具はお前にやろう』
あの男の声が耳にこびりついて離れない。
「■■■■!!逃げなさいっ!!」
「お願いしますっ■■■■だけは見逃して!!」
「■■■■!!ここは危険なんだ。隠れてなさい。」
「■■■■!!泣かないの。きっと大丈夫よ」
その後に続くのはいつも大好きな家族の悲鳴。
だから少女は決めたのだ。父や母、祖父や祖母を奪ったあの声に復讐してやる、と。
『この玩具はお前にやろう』
「ぱぱもままもおじいちゃんもおばあちゃんも玩具なんかじゃないっ」
『この玩具はお前にやろう』
「うるさい!!うるさいうるさいうるさい!!」
『この玩具はお前にやろう』
「お前なんかが私の家族を見下すなぁぁあ!!」
『この玩具はお前にやろう』
「許さない。絶対に絶望させてやる。ぱぱやまま、おじいちゃんおばあちゃんの痛みを絶対に思い知らせてやる。」
それは幸せだったはずの少女が鬼となる事を決めた瞬間だった。鬼となった少女は待ち続ける。あの忌まわしい声を絶望で染める為に。仮面を被り待ち続ける。
「思い知らせてやる。」