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第11話 花と叫びと憤怒

コツコツコツ


「なぁ、なぜ止めたんだ?」


磨きあげられた王城の床を見つめ、リヒトは足音を立てず、気配も感じさせず、されども絶対に後ろに控えているであろう男へ問いかける。


何故ならその男とは謁見の間でリヒトの邪魔をした男。セスアルドであるからだ。


リヒトには不思議でならなかった。先程、謁見の間でセスアルドの言ったセーラの言付けは確かにセーラ自身がセスアルドへと託したものだろう。だが、セーラの言う食事は朝食のことのはずだからだ。リヒトは朝一番にこの城へ乗り込んだ。であれば、セーラが朝食は見逃すのに昼食を見逃さないのは疑問が残る。であればあの伝言は朝食前に間に合わないのを解っていて釘を刺そうと言ったと言うのが長年連れ添ったリヒトの予想だ。

それに昼食はだいたい皆忙しく飛び回っていて帰ってくる事は少ない。「必ず皆で」と決めているのは朝食と夕食だけなのだ。ならばこの男はきっとリヒトが謁見の間に入る前にはもうこの城に居て、リヒト達の様子を見ていたのだろうと推測できる。エスタール家に仕える者達は皆、エスタール家に仇なす者に容赦はしない。特に顕著なのがセスアルドなのだ。きっとセスアルドはザイルが目の前で斬られようと、潰されようと、毒を飲まされようとピクリとも表情を動かす事なく見ていられるだろう。なら何故、この男は止めたのか。あのタイミングで止めたのか。どんなに考えてもリヒトには解らなかった。


「…なぜ、と申しますと?」


後ろでセスアルドが立ち止まった気がした。


「お前は殿下がどうなろうと構わない。そう考えていると思っていたが読み違えたか?」


クス、とセスアルドが笑ったのが聞こえた。


「いいえ。お間違いございません。」


「なら、なぜ「旦那様はアスファの花をご存知でございますか?」


再度問おうとしたリヒトの言葉に被せるようにセスアルドは問う。それは普通ならばやらない行動、やってはいけない行動。常のセスアルドでは有り得ない。だからリヒトはその問いに答える。


「ああ。知っている。白銀の花弁を持つ美しい花だな。確か魔法植物であったか?」


「流石ですね。そう、あの花は通常は白銀の花びらをつけるたおやかな花にございます。まるでアザレアお嬢様のようなとても美しい花。ではあの花がある一定の条件を満たすと白金に色を変えるのはご存知でしょうか?」


「いや…知らない」


アスファの花。それは本当に美しい花だ。白銀の花弁を持ち、たおやかに、しかし強かに咲く。その花からは何故か澄んだ夜空を思わせる香りがした。


「あの花は元々はユエの花と呼ばれていたんですよ。アスファの花と呼ばれていたのは白金に色を変えた後の花の方です。ユエ。月の花。夜道で誰もを平等に導く月のようにユエの花は導く為の花。」


初めて聞くアスファの花、いや今はユエの花の話をリヒトは感心しながらも訝しみながら聞いていた。


「その話が何の関係があるのか、と聞かれたいのでしょう?」


「解っていて何故遠回りをするんだ。」


「遠回りはしておりません。これが近道なのです。ユエの花は魔力を分け与えた者の運命の者へ導いてくれるのですよ。まあもう既に出会っていなければいけない等の細かい条件はありますが。その運命の者を一瞬ですが見せてくれるのだそうです。その瞬間にユエの花は白金へと色を変える。そしてその運命の者に花を渡すと共に歩む未来を、幸せを掴める。そう、言い伝えられております。」


そう聞いてもリヒトには何の関係があるのかさっぱり解らなかった。何故かセスアルドの声には哀しさとナニかが混じっているように聞こえる。なぜ、なぜ、なぜ。振り返って顔を見れば解るかもしれない。だが、リヒトは振り向けなかった。そんなリヒトにセスアルドは語る。


「旦那様は覚えておられないですか?幼い頃、アザレアお嬢様が一輪の花を育てていらっしゃった事を。」


セスアルドが言った事でリヒトの脳裏に幼いアザレアが懸命に世話をしていた美しい花を思い出した。リヒトが見た時にはまだ蕾だったその花。確かに白銀の…

もうそろそろ咲くのだとアザレアはそれこそ満開の笑顔で言っていた。そしたらあげたい人もいるのだと。そう言っていたがあれからすぐ鉢植えは無くなっていて、アザレアはなぜか張り付けたような笑顔を振り撒いていた。


そこまで聞いてしまったら思いあたってしまった。優秀なリヒトの頭脳はちょうどその頃にザイルが突然エスタール家邸宅を訪問したこと、アザレアがワルドバーンを遠ざけ始めたこと、嫌がっていたザイルとの婚約にアザレアが了承したことまで思い出してしまったから。


「…ま、さか…。」


「お分かりになりましたか?旦那様がお考えになったことは恐らく正解に近いと思いますよ。答え合わせを致しましょうか。アザレアお嬢様がユエの花を育てていらっしゃったのは私がお教えしたからです。旦那様にご説明した通りにお教えしてしまった。あのとき、アザレアお嬢様は仰いましたよ。「ならわたくしはディアにこの花をあげたい。喜んでくれるかな?」と。あの頃よりワルドバーン様はアザレアお嬢様を大層慈しんでおられたので私は言ってしまいました。「きっとお喜びになるはずです。」と。そしてアザレアお嬢様はご存知の通り懸命にお世話しておいでだった。見事なユエの花を咲かせて、その花は私が見ている間にアスファの花へと変わったのです。アザレアお嬢様はこれをディアに渡しに行きたいっ!!きもち伝わるといいなぁと仰って…綺麗に笑っておいででした。なのに突然来たあのガキは…あのガキはアザレア様の目の前で奪ったアスファの花を踏み潰して言ったんですよ!!「おれ様とこんやくできるというのにいやがっているという女はお前だな!!ぶめいものめ。そんなにいやならこの花のようにお前のだいじなものをこわしてやる」そう言いやがった!!」


いつもの穏やかな口調をかなぐり捨てたセスアルドはこれでもかと叫んだ。


「許せる訳がないっ!!許す気もないっ!!あいつが言ってからアザレア様はずっとあの言葉に縛られていた。愛しい者は竜だから大丈夫。家族も強いから大丈夫。でも使用人達は?使用人も強い。では仲の良い者達は?中にはか弱い者もいる。守らなければ。だが王族の権力は強い。ならば自分が耐えれば…旦那様と同じで聡明なアザレア様は思いいたってしまった!!あの時、アザレア様は潰された花をかき集めて「わたす前でよかったわ」って泣きながら言った!!絶対に忘れはしない。あいつは純粋で優しいアザレア様の心すら踏み潰した!!ならばあいつは…屑で愚かなあの男の心は塵となるまで踏み潰してやる。一瞬の痛みなど慈悲をかけるなんて勿体ない。そうは思いませんか?旦那様。」


ようやっと振り向けたリヒトからは逆光となってセスアルドの顔は見えなかった。しかし、その口角はきっとつり上がっているのだろうと解っていた。


なぜなら彼もエスタール家に仇なす者に容赦ないセスアルドと同じ。家族に仇なす者に慈悲の欠片も必要とは思えない自分がこんな表情をしているのだから。セスアルドがそうだと解っていた。


今は、止めてくれた事を心より感謝していた。

危うく慈悲をかけてしまう所だったのだから。


「ああ。お前はやはり素晴らしい。それでこそ我が家自慢の華楊一族だ。」


優秀な従者へと心からの賛同と賛辞を。


「勿体無きお言葉。今後も誠心誠意お仕えいたします。リヒト・リウ・エスタール様。」


敬愛する主の一人へ心からの宣誓を。



全ては彼らが最上位と定めた者達のために。

その為に敵にはこの舞台より退場願うのだ。


「あの愚かな王子は…。」


「きっと何かしでかしてくれますよ。」


「少しずつ削って行こう。」


「塵となるまで遊んであげませんと。」


「子供の相手をするのは大人の役目だからな。」



2人の男はニヤリと笑う。


「「楽しみですね。ザイル・フォン・セイジアス殿下。」」


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