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光のない男

作者: 輪竹裕理

 衆議院議員選挙が公示されたその日、貼られたばかりの選挙ポスターに落書きをしていた男が捕まった。彼は自分の区の候補者の目の部分を、一人を除いて黒く塗り潰して回っていたのだ。

 当初はその除かれた陣営の差し金かと思われたが、動機を聞くとどうにも違うようだった。

「彼以外には、目の中に光があったから」

 署員は、男の頭がそもそもおかしいのではと疑ったが、結果は健常者を表すものだったので、やや混乱した。そうして改めてポスターを眺めてみると、確かに一人を除いて目に光があるのだった。

 だがそれは別段おかしなことではない。むしろ光がない方がポスターの印象としては悪いのではないか。

 男の動機は、一般には公開されなかった。多くのマスメディアも、選挙期間ということもあって無言を貫いた。ただし一社だけ、その光のない男と敵対している陣営に協力的な新聞社だけがそれを報じた。もちろんそれが誰とは言わなかったが。

 それを皮切りにインターネットの世界では、情報が無責任に拡散されていった。面白がった若い有権者たちは自分の票を、その光のない男へと入れた。そのせいかその区の投票率は異様に高くなり、結果、目に光のない男が当選を果たしたのだった。


 その男は着々と上り詰めていき、やがて総理大臣となった。

 世代は移り再び選挙の季節になると、二匹目の泥鰌を狙って目から光を消した候補者たちのポスターが軒を連ねたが、既に服役を終えている落書き犯の男が再度それに手を出すことはなかった。それどころか彼はポスターには見向きもせず、選挙にすら行かなかった。

 そのため、飽きっぽい若者――――既にその名称は次世代に譲渡した中堅たちは、目の光には拘泥せずに投票したので、泥鰌にはあっさりと逃げられた。話題にならなければその程度である。


 総理大臣に上り詰めた男は、実に精力的に働いた。国民の多くが不必要だと思うものは排除され、悪法は改正し、アンチを繰り返す国とは事実上断交。明確に「いい方」へと舵を切っていた。元々悪くなかった世界での信用は益々上がり、国民も自ら手本を示そうと前向きになった。

 メディアを通して彼を見る機会が増えた国民だったが、その目に光がないことは誰も気づかなかった。気づいても、どうということもない。彼が国民にとって良い政治家だからである。献金問題などで足を引っ張られもするが、そういう混ぜっ返しで議論を中断させようとする輩に、総理は容赦しなかった。

 強いその姿勢が、若い世代を中心に多くの国民を引き付けた。

 彼に舵を取られると困る者らだけが、アンチとなった。それは報道関係でも例外でなかった。連日、国のトップをこき下ろしたが視聴率も販売数も惨憺たるものであり、ネットの世界で笑いものにされるだけだった。


 やがてさらに世代が移り変わり、強い総理大臣も引退を余儀なくされた。代わりに頂点に立ったのは、目に光のある男だった。その男が最初に立候補したのは、かつて落書き犯がいた地区であった。だが彼は、何もしなかった。できなかったのだ。

 老いと病で、体が言うことを聞かない状態にあったからである。

 彼は這いずってでも、行こうとした。手に油性ペンを持ち、衰え痩せ細った手足を必死でばたつかせて玄関に向かっていたが、辿り着く前にこと切れた。

 発見したのは、以前に彼を担当したことがあるあの署員であった。定年間近だった彼は、男のことを覚えていた。

 選挙の公示と油性ペンの関連に、無念にも絶命した男が何をしようとしていたか、彼は気づいた。

「ああ、もしかしたら今回の候補者の中に―――いたのか」

 当時こそ戯言だと思っていた署員だったが、現在の結果を見ればその考えを改めざるを得なかった。だからこそ彼は、候補者の中にいた目に光のない者に票を投じたのだが、結果は落選。別の男が当選していった。

 その男こそが、新たに総理大臣の椅子に座った者である。

 それは国民にとって、受難時代の始まりであった。改正された正しいはずの法律は悪用され、これからさらに排除する予定だった最後の癌は、居残る形となった。情けない土下座外交と足の引っ張り合いによる無意味な延長により物事はほとんど何も決まらず、断交していた国は調子づいた。前総理をこき下ろしていたメディアは彼をたたえ、ネットでは逆の現象が吹き荒れた。

「彼にはこれが、分かっていたんだろうな」

 定年退職した元署員は、それをぼんやりと眺めながらため息をついた。


end

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