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12.後日談 2

「顔をあげなさい」


 冷たい大神官の声に、セグニールは片膝をついて頭を下げた状態から、顔を上げた。

 目の前に立つ銀髪の大神官は、やはり冷たい目でセグニールを見下ろしている。


「セイファード殿からの書簡は読みました。そなたが正式に大神官の要請を受けて、太陽神殿内で神事の手伝いをしたことも連絡はうけています」

「はい」


 セグニールは淡々と答える。


「それについては、正神官としての職務上、問題はありません。……ですが」


 そこで大神官は言葉を切った。


「神殿内の神事について、見聞きしたことを口外しないという約定を結んだことは誤りです。何のために他門の依頼に応じているのか、そなたも十分存じておろうに」

「はい」

「であれば、なぜその約定を受け入れたのです? 仮にも正神官であるそなたが」


 その質問にセグニールは口を閉ざした。


「言えぬのですか? それは、真のみを話すとした誓いを破ることにもなるが、よいのですか?」

「……では、申し上げます。その約定を受け入れねば、私は水の正神官である立場を失っていたでしょう。約定を受け入れた結果、ここに戻ることができたのです。どちらを選べと言われれば、私は正神官であり続けることを選びます」

「なんだと……そんなことを言われたのですか?」

「はい。……二度と太陽神殿の外に出られなくなる、とのことでした」


 そう答えながら、セグニールはちくりと胸が痛むのを感じた。

 太陽神殿を悪者にしてもよい――セイファードから書簡を受け取ったとき、そう告げられて言葉を失った。

 神殿内に自分――水神殿の正神官とアマド――火神殿の神官補がいることは、大神官と魔術師以外では、太陽神殿には秘匿されていた。

 だからこそ、無傷で祭りの終わりとともに神殿を出ることができたのだ。

 だが、騒動のみが伝わっている各神殿に対しては、二人の地位を保全する意味合いでもセイファードの名で協力要請の書簡が届けられている。

 それをねだったのはセグニールである。

 何があったのか、神殿で何を見てきたのか、聞かれぬはずはない。

 太陽神殿に聖獣の現身があることは、祭りに参加した者の口から瞬く間に広まるだろう。

 それは構わない。

 だが、それが何であるのか、その裏事情をすべて知っているオスレイルの友に対しては口を閉ざしてもらう以外、手がなかったのだ。

 大神官は、口外無用の約定を形ばかりの口約束として、誓約としなかった。

 見たことを己の所属する神殿に告げれば、一気に昇進することも夢ではない。

 だが、それはすなわちセイファードからの無条件の信用を裏切ることにもなる。

 太陽神殿が脅しでもって二人の口を閉ざさせたことに対し、火神殿と水神殿からいわれのない非難を受けることになるのは間違いないだろう。

 それでも、自分とアマドの将来を守るためなら、太陽神殿を貶めてでも利用せよ、と言い切ったのだ。


 ――なのに、どうして裏切れようか。


「これは、重大な脅迫行為だ。水神殿として公式に抗議致すことにする。セグニールよ、ご苦労であった。今回のことでつぶれた休暇については、改めて調整して取得するとよい」

「ありがとうございます」


 大神官は身を翻して執務机に戻る。会見の終了の合図だ。

 セグニールは再び首を垂れると、足早に執務室を出て行った。





「いい気になってんじゃねえぞ、セグニール」


 執務棟を出て寮に戻る道の途中で声をかけてきた者がいた。神官補から声をかけられても足を止める義理もないのだが、一応先輩である以上、蔑ろにするといろいろ面倒な人物でもある。

 仕方なしに足を止めて振り向くと、衣装を着崩した男が数人立っていた。


「太陽神殿の大神官と懇意なんだってなあ。どうやって取り入ったんだ? なあ? 水神殿ここでやったみたいに、そのおキレイな顔と体で篭絡したのか? なぁ?」


 男たちは下卑た笑いを漏らしながら寄ってきた。


「何を仰っているのかわかりません」

「へーえ? 神殿にいる者全員が知ってるぞ? お前が上の人たちにそのひょろひょろの体を差し出したおかげで正神官になれたこと」


 にやにやと笑う顔に心底うんざりしながらも、セグニールの表情はぴくりとも変わらない。それが――代償だから。


「言葉を慎みなさい」

「は、お前、そんな偉そうなこと言えるのか? 男に尻を向けるだけしか能のない奴が」

「黙るのはあなたです。私を貶めると同時に大神官様や太陽神殿の大神官殿を侮辱しているのがわからないのですか」

「うるさい、黙れっ」


 振り上げられた拳で殴られることを覚悟したが、その衝撃は襲ってこなかった。

 その代わり、肩で何かが引っ張られた感触があった。目を開けると、男たちの手には、セグニールの肩にかけられていた正神官の証である紺色の肩掛けがあった。


「――返しなさい」


 仕方なく、立場が上である正神官としての声を出し、片手を差し伸べる。


「神官補が正神官の肩掛けに許可なく触れることは禁じられています。……今この場で罰せられたいのであればかまいませんが」

「くっ……こんなもの、お前にはふさわしくねえんだよっ」


 手にした肩掛けを地面にたたきつけると、先輩の神官補たちは憎々しげにセグニールをにらみつけて立ち去った。

 やれやれ、と内心ため息をつきつつ、肩掛けを拾い上げ、ついた土を払い落とす。

 今までなら何を言われようと何をされようと無視できた。

 この地位を手に入れるために何を犠牲にするのも厭わなかったし、他の者の呪詛など耳に入りもしなかった。無視してさっさと立ち去っただろう。

 だが、セイファードを揶揄されたことは許せなかった。

 こんな感情は捨てるべきなのだ。氷のように冷たく、無表情であるべきなのだ。

 笑い上戸で泣き虫で、簡単に騙されてふくれっ面をさらすような子供、ゴーラの水神殿では先がない。

 でなければ、正神官より上へは上がれない。

 だから、捨てたのだ。

 目を閉じて深呼吸をすると、あの白い顔が脳裏に浮かび上がる。

 長い時間共にいたわけではない。なのに、中まで見透かすようなあの視線が焼き付いて離れないのだ。

 いつ会えるともわからない。だが、次に彼女に会ったとき、落胆されないだけの自分になれるだろうか。

 彼女に胸を張れる自分になりたい。

 それは、兄のために現状を選んだセグニールの、初めての自分のための決意だった。

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