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12.後日談 1

「話は分かった」


 執務用の机の前に座った大神官は、読んでいた手紙から目を上げ、重々しく頷いた。白くなったひげが机に触れる。

 アマドはようやくため息をつき、肩の力を抜いた。


「太陽神殿の騒動については巡礼団の面々からすでに話は聞いている。それにそなたが巻き込まれたということも。そなたが太陽神殿の大神官と顔見知りであったとは知らなかった」

「え」


 ゴーラの神学校に入る際にはセイファードが推薦書を書いてくれたのだ。それは火の神殿に入るときにも伝えられているはずだ。


「そなたが太陽神殿からの推薦で神学校に入ったのは知っておる。が、個人的に知り合いだとは思っておらなかったのでな。父が太陽神殿の神官だということも聞いておらなんだし」

「それは俺……私も知らなかったもので」

「なるほど。……この度の一件はセイファード殿から直接、そなたを借り受けたいとの急ぎの連絡が入っておった。他門の神殿の手伝いをすることは……神官見習いでは例はないが、正神官ではないわけではない。特例として不問に処す」

「ありがとうございます」

「その代わりと言っては何だが、そなたが見聞きしたことを話せ。無論、そなたが太陽神殿と交わした約定に従って、でよい」


 大神官の声音に威圧する色はない。アマドは目を閉じ、息を吐いて首を垂れた。


「寛大なご処置、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。……太陽神殿と交わした約定により、太陽神殿内で見聞きした一切のことは口外できませぬ」


 わずかに大神官がうめき声を漏らしたのが聞こえる。アマドは顔を伏せたまま口角を上げた。


「一切、とな」

「はい。それが、五体満足で太陽神殿を出る条件でしたので」

「それは……真か?」

「……大神官様に嘘を吐いたところで、私に得はございませんが」

「わかった。……もう下がってよい」

「では、失礼いたします」


 アマドは一礼すると背を向けて部屋を出て行った。





「おー、無事帰ってきたな、坊主」

「坊主呼ばわりはやめてくださいよ、寮長」


 寮に戻るところで待ち構えていた寮長に捕まった。玄関のすぐ横が寮長の部屋で、避けようもない。


「まあ、いいからとりあえずこっち来て座れ」


 玄関を見渡せるように大きく開かれた窓から寮長の部屋に引っ張り込まれる。


「いやー、巡礼団からはぐれたって聞いてな。戻ってくるにしてもずいぶん先だろうと思ってたよ」

「ほんと、ひどいですよ。そりゃ俺は正式の巡礼団じゃないしさ、混ぜてもらっただけだけど、帰りだって一緒に帰れると思ってたのに」

「災難だったな。まあ、行先はお前の故郷だっていうし、もしかして里心ついて帰りたくなくなったんじゃねえかって思ったんじゃねえの」

「それにしたって、探してくれてもいいと思うんですけど。お袋に聞いたけど、神殿の人間は誰も来なかったって」

「お前の家、ちゃんと教えておいたのか?」


 寮長はキッチンからグラス二つと琥珀色の液体の入った瓶を手に戻ってきた。


「もちろん教えてましたよ」

「じゃあやっぱりあれだな。巡礼団の名簿に乗ってないから、人数だけ確認したんだろうな。お前がいないのに気が付いたの、町を離れたあとだって聞いたし」

「そんなに俺、影薄いですか」


 がっくりと肩を落としたアマドに寮長はグラスを押し付け、液体を注いだ。


「ま、飲め」


 勧められるままにグラスを傾け、アマドは目を丸くした。


「寮長、これ……」

「お、気が付いたか。幻の酒といわれてるアレだよ」

「こんなの、どこに隠してるんですか」

「いや、前に土産でもらってな。で、どうやって帰れたんだ?」

「……またですか」

「ん?」


 アマドはため息を吐いた。


「大神官にも尋問されたんですよ。……友人が馬をくれたんです。その友人の父親が太陽神殿の大神官で、俺が神官見習いをしてた時の教官で、祭りの手伝いを頼まれたんです。で、俺が巡礼団に置いてけぼり食らったって聞いた大神官が、正式な通行証を発行してくれたんで、帰ってこれたんですよ」

「へええ、なるほどな。……あー、もしかしてそれでか」


 うんうん、とうなずきながら自己完結する寮長に、アマドは首を傾げた。


「何なんすか、さっきから。気持ち悪いっすよ。てか、もう部屋戻っていいですか? 馬走らせ続けてくたくたで。大神官の尋問の時から眠くって」

「あーっと、いや、もう少し話聞いてもいいか?」

「だから……明日でいいじゃないですか。もう帰らせてくださいよ」


 グラスを傾ける。一息で飲むには惜しい酒だから、ゆっくり飲みたいのはやまやまだが、このまま飲んでたらここで寝込んでしまいそうだ。

 寮長はさっきからしきりに窓の外へ視線を向けている。何が見えているのかと顔を巡らそうとしたら、寮長は慌てて酒瓶を差し出してきた。


「ほら、お代わり飲め」

「いや、だからこれ以上飲んだら、ここで寝ちゃいますけどいいんですか? 寮長、寝るところなくなりますよ?」

「う、それは……いやしかし」

「……寮長、なんかかくしてません?」

「へ? え。いや、そんなことはないぞ?」


 視線をあちこちにさまよわせる寮長に、アマドは眉根を寄せた。


「俺に声かけることなんてめったにないのに、部屋にはいれとか引き留めてんの、なんでですか? 俺が部屋に戻るのがまずいんですか?」

「いや、その、だな」

「寮長? 何隠してんすか」


 ぎろりとにらみつけると、寮長はしばらくしどろもどろに言葉を繰り返していたが、いきなり頭を下げた。


「すまん! お前が巡礼団とはぐれて、里心ついてもう戻ってこないって言われたもんだから、お前の部屋、他の新人に明け渡しちまった……」

「……はぁ?」


 心底呆れたのが声に出たのだろう、寮長は青くなった。


「で、俺の荷物は」

「……一応、まとめて置いてある。ただ、神官補の部屋が今、どこも空いてなくてな……」

「へぇ。俺、そんなに信用なかったんすねえ」

「そ、それでだな。今空いてる部屋が正神官の部屋しかなくてだな……」

「……は?」

「すまん! 居心地悪いとは思うが、前の部屋よりは広いから、それで勘弁してくれ。今、部屋の準備をしてもらってるから」

「勘弁してくださいよっ! 俺、まだ死にたくないっす。そうでなくとも俺、正神官あのひとたちの受け悪いってのに。俺よりもっと正神官に近い人、いるっしょ? その人に動いてもらってくださいよ」

「やー、さすがにそれは……と、とにかく、部屋準備できたら入ってもらうから。これ、大神官命令だからなっ」

「はぁっ? なんで大神官命令なんだよっ!」

「知らねえよっ。お前が帰ってきたって聞いたのも、大神官からの命令書が初めてだったんだから聞くなよな。だから、諦めろよ?」


 寮長の上ずった声に、アマドはため息をつくしかなかった。




 オスレイルへ


 元気にしてるか?

 こっちは元気にしている。

 お前が譲ってくれた馬と、親父殿がくれた通行証のおかげで、無事火の神殿に戻れたよ。

 ありがとな。

 ただ、巡礼団からはぐれたせいで、俺がもう戻らないと勘違いされたみたいでさ。

 寮に戻ったら部屋がないんでやんの。

 無事帰ったのを知って、慌てて準備してくれた部屋が正神官用の広い部屋でさあ……。

 部屋に移った当初は正神官たちからはめちゃめちゃにらまれるし、先輩の神官補からは総スカン食らうし。

 まじでどうしようと思ったよ。

 でも大神官の命令だってことと、寮長の勘違いで部屋がなくなったせいだと話したら同情されたみたいだ。

 巡礼団に置いて行かれたのも同情を誘ったらしい。

 部屋広いって話したら同期の神官補たちが遊びに来るようになって、今やすっかりたまり場だよ。

 おかげで今まで喋ったことがなかった神官補たちとも話すようになった。

 寮長からはお詫びに秘蔵のうまい酒をせしめたから、いつでも来ていいぞ。

 神官補なかまたちには見つからないように隠しとくから。


 じゃあまた。

 ライルによろしく。


 アマド』


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