11.祭りのあと 6
「世話になったの、大神官殿」
「こちらこそ、大変世話になった。感謝してもしきれぬよ」
転移の魔法陣を前に、セイファードは居並ぶ塔の魔術師たちに一人ずつ握手を交わし、祝福を与える仕草をした。
若い黒髪の魔術師に祝福をし終えると、その隣の空間をちらとみて、一歩下がる。
その視線に気が付いたのだろう、黒髪の魔術師が目を伏せるのが見えた。
やはり、シャイレンドルは戻らないことを選んだのだ。その選択にセイファードは心を痛めた。
彼の持つ力について知ったとき、塔に送ることを選んだのはセイファードだ。
その選択は、やはり間違っていたのだと思い知らされる。
ちらりと塔長を見ると、柔らかな笑みをたたえてセイファードの背後を見ていた。
響く靴音にセイファードは振り向いた。
金髪の魔術師はゆっくりと歩み寄ると、セイファードの前で足を止めた。
「シャイレンドル」
「……あんたのこと、思い出した」
そう告げたシャイレンドルの顔は、お世辞にも機嫌が良いとはいえないものだった。眉間にしわを寄せ、まっすぐセイファードの目を見つめている。
だが、見返した金の目には、怒りではないほかの感情が浮かんでいるように見えた。
「……すまなかった。お前を塔に送るのが、あの時は最善だと思っていたのだ。塔ならば……お前を導いてくれるだろうと……」
だが、違った。
この十年もの間、彼は一度として魔法を使えたためしはなく、十年ぶりに再会した彼には当時の記憶がなかった。
誰かに封じられたのか、本人が自分の意志で封じたのかわからない。が、その結果、彼は十年の長きにわたって無為に過ごすことを強要されたのだ。
「もうええて」
ぽつりとこぼれた言葉にセイファードは潤み切ってにじんだ視界を手で拭った。
「……ありがとな」
目の前に立つ金の魔術師は、視線を外すと首の後ろをかき、唇を尖らせた。
それは照れからくる行動だったのだろう。
目を丸くしたセイファードの前を横切ると、彼は黒髪の魔術師の隣に立った。
「セイファード殿、すまんが彼にも祝福をくれぬかの」
シャイレンドルを目で追っていた大神官は、塔長の言葉に我に返るとゆっくりとシャイレンドルの前に立ち、祝福を与えると腕を広げてやんわりと抱きしめ、数歩下がって魔術師たち全員に向けて祝福を与えた。
「旅の無事を祈る。……そなたによき風が吹くように」
それが誰に当てての言葉かなど、誰一人聞かなかった。
最後の魔術師の姿が消え、ようやくセイファードは肩の力を抜いた。
「お疲れ様でございました」
後ろに控えていたセグニールが声をかけてくる。セイファードはうなずくと彼の方に向きなおった。
「これでそなたもお役御免じゃ。後ほど水の大神官宛に手紙を認めよう。安心して水の神殿に戻るがよい」
「……ありがとうございます」
首を垂れるセグニールに、セイファードはぽんと彼の肩を叩いた。
「そういえば、カラにはずいぶん迷惑をかけてしまったな。祭りがすべて終わったら改めて挨拶に行くと伝えておいてくれぬか?」
「はい、承知しました」
「そなたにもずいぶん迷惑をかけた。わしでできることがあれば何でも言ってくれ」
その言葉にセグニールは顔を上げた。
「それでは、一つ教えていただけませぬか」
「何をじゃ?」
「セイファード様を迎えに上がった際のあの女性……黒髪のあの女性はいったい何なのですか」
セイファードは目を見張った。
「それを聞いてどうするつもりか?」
「いえ。……少し気になったものですから」
「彼女はもうおらぬよ」
「……どういうことですか?」
「わしにも適当な言葉が見つからんのだが……必要な時に、必要な場所に現れるのだ。今回は金聖獣の覚醒を見守りに来たのであろうな」
「守り人、と考えてよいのでしょうか?」
しかしセイファードは首を横に振った。振るしかなかった。
「わからぬ。わしも今までに数度しか会ったことはない」
「そうですか……」
落胆してうつむくセグニールに、セイファードは再び肩に優しく手を置いた。
「必要があれば、そなたの前に再び現れるであろう。その時にはすぐわかるだろう。……わしが初めて会った頃から、彼女の姿は全く変わらない」
「姿が……?」
「そして、言葉を交わした相手のことは、忘れない」
「え……」
セイファードは少し遠くに視線をやった。
彼女がいくつなのか、正確なところは誰も知らない。
初めて彼女を見たのは十代のころだった。二度目にあった時には正神官になったあと、二十年前の十年祭でのこと。
十年以上会っていなかったにもかかわらず、彼女だとわかった。
そして彼女は、成長したセイファードに「大きくなったな」と声をかけてくれたのだ。
「彼女はそなたのことを気にかけておったな。いずれまた会えよう。それも遠くないうちにの」
セイファードの言葉に視線を揺らしてセグニールはうつむいた。
「彼女には、何が見えるのでしょうか」
セグニールの言葉に大神官は首を横に振る。
「彼女に見えるものは我らにはわからぬ。ただ、何もかもご存知なのではないか、と時折思うことはある」
「……はい」
その表情は、セグナが習いとして太陽神殿にいた頃のそのままだった。
セイファードは彼の頭に手を置いた。
「そなたが苦しんでいるのはわかっておる。……何も出来なかったわしを許せとは言わぬ。そなたが自ら答えを得ることを、祈っておるぞ」
小さく頷くと、セグニールは礼をして部屋を出ていく。
自分の言葉が届いたかどうかはわからない。
彼の行く末が幸せであるように、と祈りながらセイファードは去りゆく少年の背に祝福を与えた。




