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11.祭りのあと 5

 あの店を訪ねると、あの血色の悪い小女が変わらず無愛想にユレイオンを見た。


「何の用」

「シャルがアイランに会いに来た、と伝えてくれないか」

「……お客以外は通さないよ」


 そう言ってから、肩に担がれている金髪の男をちらりと見て、目を見張った


「あんた……どこ行ってたのよ!」


 小女に胸ぐらを掴まれて、ユレイオンの肩からシャイレンドルはずり落ちかけた。ぐいと引っ張り上げつつ、ユレイオンは小女の手を外させた。


「悪いが病人なんだ。早いとこ中に入れてくれ」

「……あんたには一杯言いたいことあるけど、今回だけは感謝するわ」


 じろっと睨みつつも、女の目にはにじむものがあった。


「入って。アイランの部屋は分かるわね」

「ああ。おおきに」


 シャイレンドルはユレイオンの肩を借りながら入り口までたどり着くと、戸口に寄りかかってユレイオンの肩から腕を外した。


「おい」

「こっからはわい一人で行く。……行かせてくれへんか」


 見上げてきたシャイレンドルの目は強い光を湛えていた。

 いつものおちゃらけた雰囲気はかけらもない。


「分かった。……肩が必要になったら連絡を寄越せ。水鏡、もうできるだろう?」

「ちょ、無茶言うなや。習いもしてへん魔法、使えるかい」


 となると、あの時に双方向で通信が出来たのは無意識だったのか。


「分かった。それでは……」

「ちょい待ち。前みたいに覗くんは勘弁や」

「……俺だって覗き見したくてしていたわけじゃない」


 非難を込めて睨むと、シャイレンドルは鼻で笑った。


「このむっつりスケベ」

「……なっ」

「まあええわ。ここまで肩貸してくれておおきに」

「構わない。それから、塔長たちは明日の日没で塔に帰る」


 シャイレンドルの目が眇められた。が、ユレイオンがそれ以上何も言わないことで逆に眉根を寄せる。


「時間までに帰ってこいとは言わへんのか?」

「塔長から伝言だ」

「伝言?」

「『好きにせよ』」


 その言葉を聞いた途端、シャイレンドルは目を見開き、それから眉根を寄せて視線を外した。

 塔長からは、シャイレンドルが塔に戻る気があるならば、時間までに戻って来るように伝えてくれと言われている。

 それが、十年も塔に縛り付けた彼への贖罪だと。

 このままシャイレンドルが雲隠れしたとしても、不問に処すと言い切ったのだ。


「あの爺……」

「では、確かに伝えたぞ」


 ユレイオンは踵を返す。そろそろ日も没して花街には女を買いに来た男たちがうろつき始めた。もっと早くに撤収しているはずだったのに、予想外に時間を食ってしまった。


「おい、あんた」


 シャイレンドルの声にユレイオンは足を止めた。振り向けば、まだ戸口のところに立っている。小女はすでに家の中に入ったようで、見当たらなかった。


「……お前よりは一応年上なんだ。せめて名前で呼べ」

「そう言うたかて、名前覚えてへんし」


 唇を尖らせるシャイレンドルに、ユレイオンは頭を抑えつつ口を開いた。


「ユレイオン、だ」

「ユレイオン。……ありがとな」


 改まった物言いに、ほんの少しだけ目を見開く。

 何か返そうと口を開きかけたが、結局思いつく前にシャイレンドルはきびすを返して階段を上がっていった。

 息を吐き、ユレイオンは来た道をたどり始めた。

 彼が何をどう選択するのかは預かり知らぬことだが、もし彼が同じ道を選ぶのなら、近々また会うことになるのだろう。

 その時には、同じ銀の冠をかぶっているのだろう。

 客引きの手が煩わしい。引かれた袖を振り払いながらユレイオンは街の中を抜けた。街の喧騒はイグレーンと会った時によく似ている。

 彼女はもう還ったのだろうか。

 あの時、光が形作ったイグレーンの姿は子どものものではなく、大人の女性の姿だった。

 シャイレンドルの姉だと言っていた。何歳年が違うのかは分からないが、十年前に大人だとしたら、今頃は三十手前といったところか。


「失礼ね、まだ三十になってないわよ」


 脳裏にあの子どもの声が聞こえた気がした。

 祭りの間は子どもは外に出られない。当然、いるはずがないのだ。


「ちょっと、こっち向きなさいよ」


 焦れた声の方に顔を向けると、あの時の少女が立っていた。笑顔も何もかも、イグレーンのままで。


「お前……もう還ったんじゃなかったのか」

「一応かわいい弟の姿をちゃんと確認してから行くわ。それより」


 ぷん、とむくれた顔をしていたイグレーンは、表情を引き締めると頭を下げた。


「ありがとう。おかげであの子が戻ってきたわ。あなたには本当に感謝しています」

「……俺は何もしていない」


 実際、彼の隠れ家を探し出し、神殿に連れ帰ったに過ぎない。


「それでも、あなたが見つけてくれたおかげだから。……悪かったわ、誓約で縛るような真似をして」


 イグレーンはユレイオンの方に歩み寄ると左手をすくい取った。そこにあの紋章の跡形はない。


「いや、良い経験になった」

「相変わらず堅物ねえ。そこで少しでも愛想を振れば可愛げがあるのに。……まあいいわ」


 ユレイオンの手を離し、イグレーンはにっこりと微笑んだ。


「じゃあ、そろそろ行くわね」

「ああ。……ではな」


 死者になんと言葉を送ればよいのだろう、と考えているうちに、イグレーンは輝く笑みを残して背を向けるとパタパタと走り去った。その姿が闇に紛れて消え、ユレイオンは左手を拳に握った。

 あの紋章を二度も刻みたくはないが、何もない手の甲が寂しくも思えた。

 街はまだ祭りの賑わいの中にある。

 顔を上げると、空を見上げた。篝火が弾けて散る。


「帰るか」


 きびすを返して神殿へ向かう。その足取りはこころなしか軽かった。

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