11.祭りのあと 3
風がふわりと頬をなでていく。
耳元できゃらきゃらと子どものような甲高い笑い声がさざめいて聞こえる。
「煩いのぉ……」
「起きたのか」
聞き覚えのある声が耳朶を打ってシャイレンドルはゆっくりと目を開けた。見覚えのない天井の色。黒髪の白い顔が覗き込んできたのが見える。
「あんたか……」
「体はなんともないか? 記憶が飛んだりしてないか?」
妙なことを聞く。そう思いながらもシャイレンドルは自分の体をもぞもぞと動かして起き上がった。途端にくらりと目が回ってベッドに倒れ込む。
「無理をするな。気分が悪くはないか?」
「……吐きそう」
ぐったりと目を閉じて横たわるシャイレンドルに、ユレイオンはとりあえずたらいと水を枕元に置いた。それとは別に水で濡らしたタオルを額に置いてやる。
「魔力に酔ったのかも知れない。慣れるまではおとなしくしておくことだ」
「魔力酔い……ほんまにわい、魔力が……」
そう言ってシャイレンドルは自分の手を掲げて見つめた。
ユレイオンはじっと金髪の魔術師を見つめた。はっきりと魔力の流れが感じられる。それどころか膨大に流れ出している魔力でむしろユレイオンのほうが魔力酔いを起こしそうだ。
「……これ、いつまで続くんや」
「人それぞれだ。起き上がれるようなら何か食べ物を頼んでくるが」
「いや、いい。……ここ、どこや」
「神殿の地下だ」
「……こんなとこあったんやな。知らなんだ。なあ、出かけてきたいんやけど」
「その体調でか?」
「ああ。……塔長の許可がいるっちゅーんならもろてきてもらえへんか」
ユレイオンは眉をひそめた。
「俺が部屋を出ている間に勝手に出ていくつもりか?」
「そこまでアホとちゃうわ。一人で動かれへんぐらいは自覚しとる」
「……いいだろう。勝手に出歩くなよ」
そう言いおいてユレイオンは部屋を出た。
どこに行くのかはおおよそ想像がついた。おそらく彼女の――アイランのところに行くのだろう。荷物も旅装もあそこに置いたままだし、何より必ず戻ると約束した相手だ。
行かないはずがない。
ため息をつくとユレイオンは塔長たちの控室へ足を向けた。
「シャイレンドルが?」
控室には塔長しかいなかった。外出の件を伝えると、驚いたように顔を上げた。
「まだ動ける体調ではないように見えるのですが」
「そうか。まあ、好きにさせるがよい。己の道はきちんと見いだせたであろうから、逃げることはもうあるまい」
「だといいのですが」
ユレイオンはため息をついた。この街に着いてすぐ逃げられた自分としては、二度目は勘弁して欲しいのだが。
「それよりユレイオン」
「はい」
「そなた、力の判定を受ける気はないか?」
「……それはなぜですか?」
ユレイオンは訝しげに塔長を見る。自分の額に嵌められた青い石は割れてもいなければひびすら入っていないはずだ。冠をいただいている以上、次に力の判定を受けるのは石が割れてからが定石だ。
「そなたのその石、割れておる」
「え……?」
塔長の視線は額の石に向けられている。ユレイオンは額の石を外して掌に置いた。ひびが入っているようにも見えないが、と掌から石へ魔力を流すと、確かに流し込んだ魔力が全く留まることなくこぼれ落ちていく。
額の石は増幅器であり、制御器である。自分の魔力に馴染んだ石に力を流せば蓄えるはずなのに。
「どうやら見えにくいひびのようじゃな。いつから割れておったのか分からぬが、そなたには力の判定を受ける義務がある」
「……申し訳ありません、全く気がついておりませんでした」
ユレイオンは頭を下げた。
石の管理は自分で行うのが普通だ。派手に割れれば一目でわかるが、こんなにわかりづらい割れ方をしていては自分自身で把握するのは難しい。
にしても、石に違和感を感じてもおかしくなかったはずだ。それに気がつかなかったのは、己の修行不足だ。
「力の焦点が割れておってはうまく力が流れないわけじゃな。ここ数年、そなたの成績はあまり芳しくなかったが、ずいぶん前から割れておったのじゃろうな。しかし……よかったよかった」
「……え?」
塔長の言葉にユレイオンは顔を上げた。
塔長は、微笑むとユレイオンの肩を軽く叩いた。
「実はの、銀三位のそなたを連れて行くとはけしからん、とあちこちから非難轟々でのう。まあ、わしは気にもしておらなんだのじゃが、そなたへの風当たりが強かろうと思うてな」
「はい……」
実際に、今回の任務にあたることが決まった時、銀二位の兄弟子たちや銀三位の同期たちから散々皮肉を言われからかわれた。万年銀三位、と罵られもした。
「それを見返してやれそうじゃな。そなたが石の割れを見落としたのはそなたの落ち度であるが、実際は数年前に割れていたとなれば、そなたに祭りへの参加資格は十分にあったと言えよう」
「はい」
「塔に戻ったら早々に手続きしておく。よかったの」
「……ありがとうございます」
深々と頭を下げると塔長はユレイオンの背中をぽんぽんと叩いた。
「礼を言う必要はないぞ? 戻って銀二位に上がったら、すぐ働いて貰うからの。――おお、そうじゃった。一応聞いておくが、そなた、銀二位になっても塔に残る気はないかの?」
その言葉は、左手に紋章を刻んだ日に聞いた言葉だった。
あの日、塔長から今後の進退のこと、と切り出された時は、塔から放逐されることを覚悟していたのに。
ユレイオンは引き結んでいた口元をゆるめた。右手を左胸に当てる。
「長様のよいようにお取り計らいくださいませ。精一杯務めさせていただきます」
あの日、絶望に塗りつぶされた心で口にしたのと同じ言葉を返してユレイオンは口角を上げた。
塔長は目尻を下げて小さく頷くと、ユレイオンの左腕をとんとんと叩いた。
「期待しておるぞ、ユレイオン・フォーレル」
「はい」
ユレイオンは頷くと、深く腰を折った。




