10.顕現 6
「なんや煩いなぁ……」
今まで全く起きる気配もなかった金髪の魔術師がつぶやき、体を起こした。
「目が覚めたのか、シャイレンドル」
ユレイオンが言うと、シャイレンドルはぶるんと頭を振るって顔を上げた。
「ああ。……なんやけったいな夢見とった。黄色い花を抱えたちっこい子供たちがけらけら笑いながらぐるぐる周りを走り回りよって、煩くて頭が痛くなって、それがようやくどっか行った思うたら、今度は金の獅子が気持ちよぉ寝取ったわいに頭突きかましよって。ゆっくり寝させぇとぶん殴ったらどっか行った。そしたらお前らの声が聞こえて……あれ? オスレイルはどないしたんや」
かつての幼なじみに目をやって、首を傾げる。つられてユレイオンもそちらを向いた。
先ほどまで短く切りそろえられた黒髪だったはずが、金の鬣のようになっている。
「それ……カツラか?」
シャルの言葉を聞いた途端、アマドは腹を抱えて笑い出した。オスレイルは憮然として髪の毛を掴んだ。
「……速攻切るっ」
「おいおい、祭りの間はそのままにするんじゃなかったのかよ」
まだ笑いが収まらないアマドが突っ込むと、オスレイルはしぶしぶ手を離した。
「んで、何なんや、それ」
二人が歩み寄ると、シャルはオスレイルの髪の毛をつまみながら聞く。
「お前ずっと寝てたもんなあ……説明すると長くなるんだが」
言いよどむオスレイルに肘鉄をくれてアマドは口を開いた。
「こいつさ、金聖獣の器なんだと。体の中に金聖獣の魂が入ったから、金髪になったんだそうだ」
「はぁ? そんなこと……」
続く言葉をシャイレンドルは飲み込んだ。金髪に変化した幼なじみの目は黒くなく、猫のように縦長の虹彩を見せた。
『ここにいたのか』
不意にオスレイルの口が開き、オスレイルのものでない声が漏れる。あわててオスレイルは口を手で覆った。
「ライル、勝手に出るなって……」
「何や、今の声」
「いまのがオスレイルの中にいる金聖獣の声だってよ」
「……腹話術じゃないんだな?」
「当たり前だろ! そんなの『覚えてないのか』」
「え……?」
オスレイルの言葉を遮って金聖獣の言葉が飛び出した。金の髪が揺らめいて本当の鬣に見える。
「なんで出てくるんだよっ! 今は神託の時間じゃないっ!」
頭を振りながらオスレイルは叫んだ。
「覚えてって……わいのことか?」
シャイレンドルはゆらりと立ち上がった。が、まだ熱の余韻が収まらないのだろう、ふらついて目の前の椅子を杖がわりにする。
「黄金花によって失っていた記憶は戻っているはずだ。それ以外で何か忘れているのではないか?」
側にいた黒ずくめの魔術師が口を開く。
「記憶……そういえば、そんな気が……」
シャルの言葉に、オスレイルは詰め寄った。
「そうだ、お前、ちゃんと記憶戻ったのか? 花が開く度に誰かの記憶を失ってただろう? ここに運ぶ前に最後にお前が失ったのがティアの……妹の記憶だったはずだ」
「妹……ティア……?」
床に視線を彷徨わせる様子にユレイオンも眉をひそめて口を開いた。
「シャイレンドル、イグレーンの名前に覚えはないか。お前の姉の名前だと聞いた」
「イグレーン……? 俺に姉なんて……っ」
「おい、シャル。お前やっぱり変だよ。なんで家族のこと覚えてねえんだよ。あんなに仲良かったろ? ティアもイグレーン姉さんも」
アマドの言葉を聞いてもシャルは頭を振った。
「しらな……い。俺には家族なんて……」
椅子の背を掴んだ手が白くなる。顔色も青く、額には汗が浮かんでいる。
「花の影響だけじゃなかったのか? 何でお前、家族のこと忘れてるんだよ」
ユレイオンは離れた場所に立つ塔長を見た。視線が合うと塔長は小さくうなずいた。
「シャイレンドル。……君が魔法を使えないのはもしかして、ご家族に関係があるんじゃないのか」
「うるせえ。関係ねぇくせに首突っ込むなよ」
シャイレンドルは唸るように押し出した。が、ユレイオンは構わず続けた。
「祭りの間、私は君のお姉さんに会った」
息を呑む音が聞こえた。
「イグレーンと名乗った彼女は、君が彼女のことを覚えてないと怒っていた。君が呼び出したくせに、とも言っていたな」
「黙れよっ」
「シャル、俺も会ったんだ。お前の妹のティアに。彼女はお前とはぐれたと言ってた。お前が自分のことを忘れてるから、と泣いていた」
オスレイルの言葉にシャルは呻いた。
「俺は……知らないっ、イグレーンもティアもっ……」
『手伝ってやろう』
オスレイルの口を借りた金聖獣の言葉が響いた途端に、シャイレンドルの前に光が集まってきた。光は二つに別れて、一つは幼い少女の姿に、もう一つは背の高い女性の姿に変わる。
「何をした、ライル」
『彼を慕う二つの魂に姿を与えただけだ。お前の記憶を借りた』
ユレイオンは目を見張った。背の高い女性を映す光は、ちらりとユレイオンを見て微笑みかけてきたのだ。あの少女の姿とは似ても似つかない姿だったが、笑顔は似ていた。
「知らない……寄るな、来るなっ!」
悲鳴に近い声があがる。シャルの金の髪がふわりと風になびいた。
――こんな地下で風が吹くはずがないのに。
そう思った瞬間、塔長の声が鋭く響いた。
「皆、下がれ!」
オスレイルはアマドにタックルして体を伏せた。ユレイオンは風で己の体を押して下げ、シャイレンドルの周辺に防壁を張る。
「そのまま、防壁を分厚く維持せよ」
塔長の指示に続いて長老たちの詠唱が耳に入ってきた。
……なんだよこの力は。
ユレイオンは張る端から刻まれる己の結界を幾重にも張り直しながら心の中で毒づいた。
「さすがは風の獣じゃな。気を抜くなよ」
「はいっ」
ラマカ師の言葉に反射的に返事をする。もともと風魔法はあまり得意ではない。風の獣、という言葉がよくわからなかったが、考えている余裕はなかった。
結界の中に飛び込む光が見えた。金聖獣の出した光の塊だ。ユレイオンはその光からイグレーンの声で『任せて』と聞こえた気がした。




