10.顕現 5
金聖獣の器が動いた。
ゆっくりと床を踏みしめ、光を保ったまま、床に崩折れた大神官に近づく。
「金聖獣様……」
床に額をなすりつけ、セイファードは食いしばった歯の隙間から言葉を押し出した。涙は止めどなく流れ、床にこぼれている。
金聖獣の器はセイファードの前で立ち止まると膝を折った。
大神官の背に手を置き、あやすように軽く叩く。
もう無駄なのだと悟ったセイファードは今度こそ嗚咽を堪えずに声を上げて泣いた。
「泣かないでくれよ……親父」
困ったように眉を下げ、光を放つ男はつぶやいた。その声は金聖獣のものではなく、息子のものだと気がついたセイファードは顔をあげた。
「ごめん、親父。……俺、親父の思うような俺にはなれなかった。それでも、親父の息子でいたいんだ」
「オスレイルっ……」
「俺……ここにいていいかな」
セイファードはそうつぶやく息子を目を見開いて見つめた。
「あ……たりまえだ。お前は……わたしの息子なのだからな」
オスレイルは父親の両手を取って立ち上がらせた。ふらつきながらも大神官はまっすぐ立ち、目元を拭って息子を見上げる。彼は金の光を失わないまま立っていた。
「折り合いはついたのだな?」
黒髪の美女が口を挟むと、オスレイルは振り向いてうなずいた。
「ライルが、『貴女の手を煩わせて申し訳ない』と謝っている」
するとシャナはふん、と鼻を鳴らした。
「謝るくらいなら最初からせねばよいのだ。全く……お前たちは一千年経っても相変わらず世話が焼ける」
『仕方があるまい。ここまで待ったのだぞ、私は』
オスレイルの口から金聖獣の声が滑り出した。セイファードが目を見張ると、息子は苦笑して片手を上げた。
「気軽に出てこないでよ、ライル。親父が驚く。――親父、こういうことなんだ。俺の中にライルがいる。……本当は逆なんだけど、説明するのがややこしいな……『約束通り、十年祭が終わるまでは神託を授けるぞ』とライルが言っている」
「神託なんて……」
そんなのはもうどうでもいい、と言いかけた父親をオスレイルは手で制した。
「俺の希望でもあるんだ。十年祭の後祭はあと三日あるんだよな?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、終わるまではライルにこの体を任せる。街には神託再開と受付の延長を知らせて」
「セイファード様!」
神官長や神官たちがセイファードの元に集まってくる。セイファードは皆の顔を見つめ、それからオスレイルの顔を見つめた。
「……良いのか?」
「俺が言い出したんだ。大丈夫」
オスレイルはほんのりと笑った。一瞬虚を突かれたセイファードは顔を引き締め、神官たちに振り向いた。
「神殿の門を開き、街への通知を出せ。神託殿の準備を急げ」
神官たちは一斉にうなずくと部屋から出ていった。セイファードも神学校の面々や魔術師、シャナに恭しく礼をすると、最後にオスレイルに微笑みかけて出ていった。
「オスレイル……」
アマドの声に気がついて、オスレイルはそちらへ足を進めた。金の光は失われていない。
「アマド、色々ありがとな。まさかこんなことになるとは思ってなかったけど……」
視線を彷徨わせるオスレイルに、アマドはいつもの笑い顔を浮かべた。
「なにビビってんだよ。良かったじゃねえか、これでお前は太陽神殿に戻ってこれる。あの花の予言通りだったな」
「うん……」
いつも通りにアマドが接してくれるのが嬉しかった。
「それにしても、髪まで変わるんだなぁ。びっくりしたよ」
言われて自分の頭に手をやる。短かったはずの髪が伸びていた。腰ぐらいまであるだろうか。そして、その色は、あの獅子と同じく金に輝いていた。
「これっ……!」
「ああ、シャルと同じ色だ」
「そっか……だからシャルが転生体だと思われたんだな」
「え?」
長い髪を掴んだまま、オスレイルはうなずいた。
「ほら、俺の体が光った時の儀式でさ、台座にシャルが据えられてたろ? あの髪の色だから、ライルの生まれ変わりだと勘違いされたんだよ、きっと」
「ああ、なるほどな。……お前のそれもなかなか似合ってるぜ」
にやにやと幼なじみは笑う。
「お前、面白がってるだろう……祭り終わったら黒に戻してもらって切るっ」
「あれ、今すぐじゃないんだ」
「だって、素顔で神託殿に座るのやだよ。恥ずかしい」
「神子みたいに真っ白化粧してもらやいいじゃねーかよ。あの化粧なら元の顔なんか絶対わからねえぜ?」
「絶対いやだ。そっちのほうが恥ずかしいわっ」
「……なんや煩いなぁ」
独特の訛り。はっと二人は声の方を向いた。もう一人の幼なじみが椅子ベッドから体を起こして座っていた。




