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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
顕現 ――七日目
83/99

10.顕現 3

 オスレイルの体が意識を失ったまま金色に光ってゆらりと立っている。側に立つ女性ももう手を出そうとはしていない。

 側に立っていたはずの金聖獣は消え、場は沈黙が占めている。


「オスレイル……なんでっ……」


 がっくりと床にへたり込んで幼なじみは床を殴る。


「お前は……こんなことがお前の望みだったのかよっ! 俺は……俺は認めねえっ!」


 悲鳴に似た叫び。大神官も神官たちも呆然として立ち尽くしていた。

 魔術師たちでさえ、じっと事の成り行きを見守っているだけだ。


『我が器を守ってくれたこと、礼を言う。セイファード』


 息子の口から息子と違う声が流れ出る。大神官は我に返ると恭しく腰を折った。が、続く金聖獣の言葉に、セイファードは狼狽を隠せなかった。


『これでようやく我はこの地を離れられる』

「そ、それでは話が違うっ。幼子の器なればこそ、十年に一度、しかも七日の間しか依代をおろせぬというから……」

『……息子として育て置いた者を我に与えたというわけか。我が作りし器だ。我が魂を納めたところで何の損傷もない。いつでもお前たちの言う神託を降ろせよう。だが、そんなことのために我は器を作ったわけではない』

「では何故……」

『逆に聞こう、セイファードよ。これが我が器だと知っていたなら、なぜ己の子供のように慈しみ育てた。その結果、別の人格が宿り、お前を父と慕っておる。……何故だ』

「それは……御身には関係ありますまい」


 苦しげにセイファードは言葉を紡ぎ出す。


「それに、私はあれを息子として接しなかった。いずれ明け渡す物、情が移らぬようにと」

「嘘言うなよ、オヤジさん」


 床にくずおれたまま、アマドは口を挟んだ。


「確かに、あんたはオスレイルにだけは冷たくあたってた。俺らでも分かるぐらいにさ。でもオスレイルはちゃんと理解してたと思うよ。オヤジの七光だと言われると怒ってたもんな。それにさ、オヤジさん。本当に器だって――モノだって思ってんなら、神殿の地下に閉じ込めたってよかったはずだよ。でもあんたはそうしなかった。名を付けて、普通に育て、俺らと引き合わせてもくれた。なのに……こんな結果でいいのかよっ!」


 床を激しく殴り、アマドは歯を食いしばって嗚咽をこらえる。


『セイファードよ、それと知らせずに与えた器だ。どう育てるのもお前の勝手だ。それを責めるつもりはない。ただ……知りたいのだ』


 大神官はゆるゆると顔を上げた。


『人として育てようとした理由を』


 金聖獣の器はゆっくりと目を開けた。本来は黒い瞳のはずの目は、金聖獣の人型と同じく虹彩のない金の瞳に変わっている。


「……あの子を育てるには、乳母が必要でした。同じ頃に子を産んだ元使い女たちに預けて、月に一度、休みに様子を見に行っておりました。……乳兄弟と戯れる姿に、このまま人として育てるのがあの子の幸せなのではないかと思ったのです。器である可能性を慮った上でも、モノとして扱うことはできませんでした……」


 大神官は頭を振った。


「一度目の十年祭で神子に金聖獣が降りなかったことで、あの子が器である可能性が高まり、以来、親と子ではなく、神官と見習いとして距離を置くようにしました。でも……遅すぎました」


 力なくセイファードは膝をついた。艷やかな黒髪が顔を覆う。


「……私は太陽神殿の大神官として、やるべきことをせねばなりません。今年の十年祭にはどうしても金聖獣に降りてもらわねばならないのです。そのために、御身を器に縛るべく力を蓄えて来たというのに……」


 ぽたり、と膝上の拳を雫が濡らす。


「あの子は自分で御身に体を譲り渡した。……私は、何を間違っていたのでしょうか……」


 さらりと衣擦れの音がした。金聖獣の側に立つ女性が大神官に向き直り、足音高く歩み寄ると胸ぐらを掴んで上を向かせる。

 乾いた音が響いた。


「お前は馬鹿か。二十年も経ってまだそんなことを言っているのか。……あいつの言ったことを聞いていたのか? あいつは、お前が望むから器を明け渡したんだぞ。その意味が分かっているのか」

「……シャナ、様」


 左頬を赤く腫らしてセイファードは目の前の麗人を見上げる。


「あいつは……オスレイルは、いつも不安そうな顔をしてたよ」


 幼なじみが口を開く。


「二言目には親父様親父様って、いつだって父親であるあんたにふさわしい息子かどうか、すっげぇ気にしてた。神官の道を選んだのはまあ、神殿で育ったからだろうけどさ。それでも太陽神殿の神官になりたいとずっと思ってたんだって。言ってたろ、他の属性が出るのを恐れてたって。あんたの側にいたかったんだよ。あんたの側にしか、自分の場所がなかったんじゃねえのか?」


 アマドは立ち上がった。


「……俺ら幼なじみって言ってもそれぞれ行くべき道が違う。いつまでも一緒に居られるわけじゃねえ。でも、親ってのはさ、一生その縁は切れねえ。俺だって、うるせぇとは思ってたって母さんは母さんで大事なんだ。オスレイルだって、オヤジさんが大事で、だからオヤジさんの望むようにしたんだよ」

「子供は親を裏切れない。親が思うより子供は親の言動にたやすく左右される。それを、子供の親を二十年もやってきて、まだ理解してないのだな」


 シャナはそう言ってセイファードの胸ぐらを解放した。ぐらりと揺れたセイファードの体はそのまま両手をついて前かがみになった。


「オスレイル……っ」


 息子の名を呼ぶセイファードの声は嗚咽に変わっていった。

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