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翠の瞳 ~塔の魔術師 外伝~  作者: と〜や
花街 ――六日目
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9.花街 11

 塔長の言葉に、ユレイオンは身じろぎした。

 生まれ変わり、ということ自体を否定するつもりはない。人が死んだあとどこへ行くのか、どこから来たのか、ということを考えたことがないわけではないし、どこぞの神殿では巫女は常に同じ魂をもつ転生体が選ばられる、という話も耳にしたことはある。

 だが。

 今自分が担いでいるこの男がそうだという言葉は理解し難かった。

 眉間のしわを深くしながら考えを巡らせるユレイオンに、長はぽんと肩を叩いた。


「そなたはわかりやすいのう、ユレイオン。シャイレンドルがそうである可能性を解こうとしておるな?」


 顔を上げると、塔長はいつもの柔らかな笑みに戻っていた。


「わしはそなたに、もしそうだとしたら、そなたはどうする? と尋ねたのじゃ」

「申し訳ありません」


 ユレイオンは素直に詫びた。長が問うているのは、彼が本当に転生体なのか、ということではなく、そうだとしたら自分はどうするのか、という部分だ。

 どうだろう、と再び自分に問うてみる。

 シャイレンドルが聖獣の生まれ変わりだとして、何の影響があるだろうか。彼が塔の魔術師である限りはその位置は変わらない。

 転生体としての記憶と力が戻り、その結果階位を大幅に上げるとしても、あくまで同級または上位下位の魔術師、というだけのものだ。


「……どうもしません」

「ほう?」


 足を前に運びながら、塔長とユレイオンは先導する黒いローブにしたがって角を曲がる。


「彼が何者であれ、シルミウムの塔に住まう魔術師であれば、そのように応対するのみです」

「なるほど。そなたらしい答えじゃの」


 塔長はちらりとユレイオンをかえりみる。面白そうにこちらを見ている、とユレイオンは認識した。


「聖獣の生まれ変わりが近くにいると聞いて普通でおられる者はそう多くない。欲に目がくらみ、道を失う者も出るじゃろう。だからこそ、可能性のある彼は閉じ込められておったのだよ。そなたも聖獣については多少知っておろうに、そういうことは微塵も考えぬのじゃな」


 髭をしごきながら、塔長はにこにこと歩を進める。それからいきなりピタリと足を止めた。


「ふむ。……やはりそれがよいかのう」

「塔長様?」

「いや、なんでもない」


 再び歩き出すと、すぐ前で足を止めた黒いローブの少年が振り向いた。


「こちらです」


 鈍い金の扉が開かれる。二人はそのまま足を進めた。





 部屋の中央には金聖獣をかたどった金の獅子が鎮座している。その前に空の台がおかれ、すでに神官や他の師たちが準備を終えて経っていた。

 台の上にシャイレンドルの体を下ろす。花落としの儀式と同じように全く意識が戻らない。聞いている限りだと、魔法や薬で眠りについているわけではないはずだ。

 花落としの儀式の影響もあるのかもしれない。


「ユレイオン、お前も位置につきなさい。金聖獣の召喚の儀式だ。分かるね?」

「はい」


 指定された位置に立ち、燭台の蝋燭に火を灯す。

 神官たちも儀式の位置についている。ちらりと視線をやると、こちらを睨んでくる視線とぶつかった。自分の顔を見て忌々しげに表情を歪ませている神官に、ユレイオンは密かに深くため息をついた。

 扉から新たに三名の黒いローブを着た神官が入ってくる。そっと顔を向けると、ここまで誘導してくれた白髪の少年と、シャイレンドルを運ぶ時に手伝ってくれた二人だ。

 先だっての儀式の際にはいなかった。今回は見学なのだろうか。他の神官に連れられて壁際の席に腰を下ろすのが見える。

 神官長がいつも立っていた位置に大神官が立つと、ざわついていた室内が静寂を取り戻す。大神官セイファードは場を見渡すと重々しくうなずいた。

 言葉の代わりに呪文の詠唱が始まる。雰囲気ががらりと変わってピリピリした緊張感が肌に伝わってくる。

 今日の儀式は日の出前から行っていない分、長丁場になる可能性がある。深夜まで及ぶのを覚悟しなければならないだろう。

 塔長たちは表情を変えず緻密なステップを踏み続けている。

 台の上のシャイレンドルが身じろぎしたように見えた。

 うめき声のようなものも聞こえてくる。

 神官が台に近寄って額の汗を拭っているのが見える。今までの二回の儀式では、依代となる子どもたちにこんな変化はなかった。金聖獣の魂の一部を受け入れるため依代の魂を一時的に封じ、金聖獣の魂を降ろす儀式だと以前説明された。

 となると、シャイレンドルの魂が封じの儀式を拒否しているのだろう。依代に子供が使われるのはそれが理由なのだ、とユレイオンは気がついた。

 不意に後ろの方で何かが倒れる音がした。

 振り向くと、壁の近くに座っていたはずの神官見習いが床に倒れ伏していた。


「おい……オスレイル?」


 小さな声で黒髪の神官見習いが倒れた少年を揺り起こそうと手をかけた。

 詠唱の中でさえ、バチッと弾ける音がユレイオンの耳にも届いた。


「何……今の」


 蝋燭を継ぎ、振り向いたユレイオンは目を見開いた。

 倒れた少年の体から金色の光が放たれている。時折電流のようにバチッと弾けて金の稲妻が走る。


「これは……なぜ彼に……」


 こぼれた神官長の声が震えている。


「セイファード様……」

「アマド、セグニール。済まぬがゴーラの神学校の学長を呼んで来てくれぬか。緊急だ」

「セイファード様、でもっオスレイルが」

「……息子のためでもある。急いでくれ」

「かしこまりました」


 立ち上がったセグニールは神官の礼を返す。


「学長の宿は知っておるか?」

「……俺が知ってる。オスレイルから聞いてたから」


 アマドも光を発するオスレイルのそばから離れて立ち上がり、セイファードを睨みつけた。


「本当にオスレイルのためなんだな?」

「ああ。……約束する」

「分かった。行こう、セグニール。案内する」


 二人が出ていくと、セイファードは神官たちに詠唱の中止を言い渡した。


「セイファード様、よろしいのですか?」


 神官長の言葉にセイファードはうなずいた。


「シャイレンドルは依代にはならぬ。……シュワラジー殿、お手数をお掛けいたした。彼を休ませて上げてください」


 舞を続けていた塔の重鎮たちは足を止め、塔長は深く腰を折った。


「温情感謝致します。……彼にはまだ越えねばならぬ山がございますゆえ」


 塔長の言葉に大神官は頷いた。


「彼を頼みます」


 塔長はうなずき、ユレイオンを呼んだ。


「ユレイオン、何度も悪いがシャイレンドルを部屋へ連れて行ってくれぬか。部屋の場所は分かるな?」

「はい」


 やはりピクリとも動かないシャイレンドルを担ぎ上げると、一礼して部屋を出ていった。

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