9.花街 9
本日二話更新です。
「9.花街 8」をお読みでない方は、そちらからお読みください。
「そんな……仕組みだったのか」
呆然としてオスレイルはつぶやいた。自分が祭の初日に返した花を思い出す。
太陽の光を受けて浮き上がり、自分に望みを問うたあの花の姿。
「他門のお前たちが知るべきことではなかったな。……お前たちを立ち会わせねばよかった」
その言葉にアマドは身を固くした。
火の神殿の神官補である自分が、太陽神殿の機密を知ったのだ。ただで返してもらえるはずがない。
火の神殿に潜り込んだ密偵がどういう末路を辿ったか、アマドは知っていた。
顔を歪め、一歩後ずさった。
「お、おれ……」
「お前たちが彼を運んでくれたと聞いた。お前たちがいなければ、彼は命を落としていただろう。協力、感謝する」
すぐ近くまで来ていたセイファードは、深々とアマドに頭を下げた。
「オヤジさん……?」
「ただ、祭が終わるまではここにいてもらわねばならん。あと数日、我慢してくれ」
数日……。祭が終わったあともここに拘束されることになる。オスレイルもアマドも顔を見合わせた。
祭が終わって町の封鎖が解かれれば一般の参拝客は帰国の途につく。
オスレイルはともかくアマドはそこから神殿への帰途の日数しか休みがない。こういう事情が事情ゆえ、理由も説明できず、無断欠勤することになる。
「それは……」
「アマド、火の神官補であるお前に不利なようにはしない」
その言葉にアマドはため息をついた。
シャイレンドルを助けるため、仕方がなかった。
――確かに自分の身分や地位に拘りがないわけじゃない。でも、そんなの、関係ない。もし、結果的にこうなると知っていたとして、あの時シャイレンドルを助けないなんて選択肢、あるはずがないんだ。
だから、仕方がない。そう、これは事故なのだ。
「セイファード様、頭を上げてください。わかりました。お言葉に従います」
アマドはそう言い、神殿での最上級の礼でセイファードに返礼する。
顔を上げたセイファードは、その姿に重々しくうなずいた。
「父さん……」
オスレイルの声にセイファードは視線を移した。久しぶりに会った息子の顔を見て、少しだけ目尻を下げる。
「一年ぶりか。大きくなったな」
「いえ……」
オスレイルは父親からのあたたかい視線に耐えられずに自ら目をそらした。
父の期待に沿えずにいまだにゴーラにいるのだ。あわせる顔はなかった。
「お前の話はゴーラの神学校長から聞いておる。……心配せずともよい」
目を見開き、オスレイルは父に向き直った。
知られていたのだ。……全て。
「……わかり、ました」
「では、アマド、オスレイル。お前たちは外に出ていなさい。案内する者が待機しておる。彼に従うように」
二人はセイファードに深く礼をすると、入ってきた扉から出て行った。
「お疲れ様でした」
黒いローブに身を包んだ男が立っていた。白い顔が薄暗い廊下でも目立つ。
「……セグニール?」
「なんで君がここに……」
アマドとオスレイルは同時に声をかけた。
セグニールは眉根を寄せた。
「お願いだから同時に喋るのはやめてくれないかな。……君たちの部屋に案内するよ」
こっちだ、と踵を返すセグニールに、二人は顔を見合わせた後、あわてて後を追った。
「それから、質問はあとにしてくれ。ここは声が響きすぎる」
追いついて口を開きかけた二人に、間髪入れずにセグニールは告げる。
ぐるぐると廊下をめぐってたどり着いた部屋の扉を押し開けて、セグニールは二人を促した。
「ここ?」
扉はずいぶん重厚そうで、赤い革が張られている。
足を踏み入れた部屋は、フカフカの絨毯で足音も吸収してしまう。シンプルな寝台が三つ並べられていて、ソファとテーブルが置いてある。
「着替えはタンスに入ってる。まあ、神官用の黒いローブだけだけど、ここから出るときにはそれを身につけて。……正神官でもない者が着るのは本当は禁止されてるけど、ここで見習いや神官補の服を着てるほうが目立つからね」
あからさまな嫌味に眉をひそめて、アマドはセグニールを振り返った。
「で、なんでお前がここにいるんだよ。カラの宿に泊まってたんだろ?」
セグニールは二人に構わずソファに腰を落ち着けた。
「ああ。……セイファード様に手伝いを頼まれたんだ」
相変わらず感情も揺らさず表情も変えず声音も同じままで平坦な調子でセグニールは言う。
二人は唇を噛んだ。これが正神官とそうでない者の差なのだ、と。
「もちろん、私も他門の人間だ。祭が終わるまではここに軟禁される。食事はここで食べることになる。風呂とトイレは奥の扉の先にある」
「……軟禁か。まあ、独房に入ったと思えばいいか」
アマドはそう言い、くすっと笑った。
「独房って……お前、入ったことあるのか?」
オスレイルが怪訝そうな顔で言う。アマドはニヤリと笑った。
「俺が神官補だからっておとなしくしてると思うか?」
それを見てオスレイルは盛大にため息をついた。
「お前なあ……」
「だってよ、ここにだってあんな隠し通路があったんだぜ? 火神殿にないはずがねえっての。あんな、海沿いで潮風にまみれるような場所でさぁ」
「ほう、で、通路は見つかったのか?」
「それがよぉ、入り口は見つけたんだ。見つけたところで見つかっちまって、あとで行ったらもう埋め立てられてたんだけど……ってお前、興味あるのか? こういう話」
アマドはぎょっとしてセグニールを振り返った。表情はいつもどおり氷のままだが、目の光は違って見える。
「……水神殿でもあるのならば非常時のために知っておくのは悪くないと思っただけだ。どうせ同室なのだし、お前たちが喋るせいで眠れないと愚痴をいうよりも建設的だろう?」
アマドとオスレイルは顔を見合わせた。物言いは刺々しくて皮肉たっぷりなのだが、かつてのやんちゃなセグナの欠片が見えて、二人とも頬を緩ませる。
「おう、教えてやんぜ。時間はたっぷりあるし、いくらでもな」
アマドは嬉しそうにソファに腰を下ろした。




